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2012.07.02

グーグルに対して怒りまくったスティーブ・ジョブズ

邪悪にならないというグーグルの題目はうそっぱちだと
激しく怒った人物がいる。スティーブ・ジョブズだ。
ジョブズはなぜそんなに激しい怒りを抱いたのか。

●「崇拝者」に手ひどく裏切られたジョブズ

 このところ創立者2人や最高幹部たちの取材を踏まえてグーグル内部を書いたスティーブン・レヴィの『グーグル ネット覇者の真実』という本をとりあげている。この本でとくにおもしろかったのは、スティーブ・ジョブズを激怒させたくだりだ。

 グーグルの創立者サーベイ・ブリンとラリー・ペイジは、ジョブズを崇拝していた。大学院生のときにグーグルを創立し、会社経営に長けた人間をCEOとして迎え入れることになり、結局はソフトウェア企業ノベルのCEOをしていたエリック・シュミットに白羽の矢が立ったが、そもそもブリンとペイジのお眼鏡にかなっていた候補者はスティーブ・ジョブズただひとりだったという。アップルに戻って立て直しにかかっていたジョブズが引き受けるわけはなかったが、彼らはそれぐらいジョブズを崇拝していた。にもかかわらず、結局は、ジョブズを激怒させてしまった。

 そうなったのは、いうまでもなくアンドロイドの開発のせいだ。ますます熾烈になってきたスマートフォン市場で、iPhoneとアンドロイド端末は激しく争っている。このライバルどうしがとても仲がよかったというほうが、今では信じにくくなっている。

 ジョブズの怒りはそうとうなものだったらしい。昨年秋に刊行されて日本でもベストセラーになったウォルター・アイザックソンの『スティーブ・ジョブズ』も、そのときの様子を触れている。ジョブズは10年1月の社内ミーティングで、われわれは検索事業に首を突っこんでいないのに向こうは電話事業に踏みこんできたと激怒していたと書かれている。「邪悪にならないという連中のお題目、あんなのはうそっぱちだ」と言い、「ジョブズは人として裏切られたと感じていた」というのだから、そうとうの怒りだ。

 長年ジョブズを取材してきたアイザックソンも見たことがない怒りようで、特許を侵害されたとグーグルを訴えたジョブズは、彼らは泥棒だと次のように憤慨していたという。

「この悪を糺(ただ)すためなら、アップルが銀行に持つ440億ドルを残らずつぎこむつもりだし、必要ならぼくが死ぬときの最後の一息だってそのために使ってやる。アンドロイドは抹殺する。盗みでできた製品だからだ。水爆を使ってでもやる」。

 水爆を使ってでも抹殺してやるとは何ともすさまじい。翌年死んでしまうジョブズが「最後の一息」まで使ってたたきつぶすと言っていたと聞くと、アンドロイドには、ジョブズの呪いがかかっているのではないかという気さえしてくる。

●マイクロソフトとの闘いの二の舞

 アイザックソンはこのようにジョブズの怒りを描写したあと、これはマイクロソフトとアップルの対決の再現の意味もあったと解説している。

 パソコン・ビジネスで先行していたアップルは、ハードとソフトを一体化させたクローズドなビジネスを続けた。一方、マイクロソフトは、いろいろなメーカーのパソコンに自分たちのOSを載せるオープン戦略をとり、アップルに圧勝した。
 アップルはいままたiPhoneでクローズドなビジネス展開をし、グーグルは、アンドロイドを各メーカーのスマートフォンにゆだね、iPhoneと競っている。

 完全主義者のジョブズはすべてをコントロールしたいと思い、オープンなビジネス展開をしない。その結果、苦汁をなめる。感情的な行き違いに加えて、この問題はジョブズの生き方・考え方の根幹にかかわっている。


●ライバルの底意を見抜けなかったジョブズ

 こうしたアイザックソンの分析はそれはそれでおもしろいが、ジョブズが「グーグルにだまされた」と気づくまでのいきさつは、レヴィのグーグルの本のほうが詳しい。

 グーグルの二人の創立者がジョブズを崇拝する一方で、当初はジョブズのほうも、自分たちと競合することがなさそうなグーグルと協力関係を続けるチャンスに興奮していたという。とりわけブリンとは馬があった。ともにパロアルトに自宅があったこともあって長時間の散歩を楽しんだ。06年夏にはジョブズは、シュミットに取締役にならないかと誘い、「アップルとグーグルはほとんどひとつの会社のようだった」。シュミットも、「合併したら社名を『アップル・グー』にしましょう」と冗談まで言ったと書かれている。

 しかし、この1年前の05年7月に、グーグルはアンドロイドを買収している。そのことは秘密でも何でもなかった。けれども、ジョブズが裏切られたとはっきり気づいたのは、アンドロイド買収から3年も経った08年夏のことらしい。アップルの取締役になったシュミットは、このころになってようやく、アップルでケータイ関連の話にかかわらないことになった。

 この08年夏ごろジョブズは、アンドロイドを自分の目で見て確かめるために、マウンテンビューのグーグルに乗りこみさえしたという。グーグルは最初は無害に見える携帯電話を見せ、のちにすり替えるというおとり商法のような手段で陥れたとジョブズは憤慨したのだそうだ。
 シュミットがアップルの取締役を辞めるのはそれからさらに1年経った09年8月のことだ。

 ジョブズがだまされたと気づいて強い態度に出るまでにずいぶん時間がかかっている。ジョブズはひとを見抜く目があると自負していて、教え子のように接していた二人の若者にまんまと一杯食わされたことを認めるのはプライドが許さなかった。レヴィは、おおかたの人がそう見ていると書いている。

 この騒動は、IT企業のヒーローたちの内輪もめにとどまらなかった。ジョブズはマルチタッチやピンチといった機能の特許を主張し、当初アンドロイド端末では使えなかった。機能は搭載されていたものの、休眠状態になっていた。そのため「貧者のiPhone」と見られたが、OSをアップグレードしてようやく使えるようになった。

 グーグルの創立者の二人は、ジョブズに対する裏切りについて、どう考えていたのだろうか。シュミットは、少しずつ進展してそういうことになったのだと釈明しているそうだが、ペイジとブリンのふたりがどう思っていたのかは、邦訳で600ページもあるレヴィの本を読んでもよくわからない。
 若い創立者二人はもう少し確信犯的にジョブズを「裏切った」のではないか(そうでなければ、ジョブズがこれほどまでに怒ることはなかったはずだ)。
 ジョブズを尊敬してはいたものの「ビジネスなのだから年長者に義理立てしてはいられない。自分たちのやりたいようにやらせてもらう」そんなふうに思っていたのではなかろうか。

 ジョブズにしてみれば、最晩年に、自分の崇拝者と思っていた若者たちに手ひどく裏切られたばかりか、手塩にかけた製品の将来についても不安な影を投げかけられたことになる。


関連サイト
「合併したら社名を『アップル・グー』にしよう」とグーグルのCEOシュミットが冗談を言うほど仲のいい関係だったのに、わずか数年で激しくシェアを争うことになったグーグルとアップルそれぞれが開発したアンドロイド(
http://www.android.com/)とiPhone(http://www.apple.com/jp/iphone/)。続いてクラウドでもグーグル・ドライブとiCloudでぶつかり、さらに直近では地理情報システムで激突し、両社の争いは激化の一途だ。

afterword
次回は、グーグルの開発している完全自動走行自動車について。ウォルター・アイザックソンの『スティーブ・ジョブズ』は、途中で挫折しかけたが、この原稿を書くためにまた読み始めた。最近の動きとあわせると、アップルの今後についていろいろなことが見えてくる。それについても近々とりあげる。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.732)

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