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2012.06.18

「悪いことはしない」グーグルがなぜ非難されるのか?

グーグルは「悪いことはしない」を社是にしてきた。
そのグーグルがしばしば悪の権化のように非難される。
なぜそうしたことが繰り返されるのか?

●社会からずれていったグーグル

 ネット・ベンチャーからネットの王者に駆け上がったグーグル内部でどんなことがあったのか。今回は、グーグルの最高幹部をはじめスタッフたちに長時間にわたって密着取材しグーグル内部を描いたスティーブン・レヴィの『グーグル ネット覇者の真実』を手がかりに、そうしたことを考えてみたい。

 グーグルは、「悪いことはしない」をモットーにしてきたにもかかわらず、悪いことをしていると見られることが増えてきた。たとえばわれわれのプライバシーを無視し、周囲の困惑をものともせず、ひたすら自分たちの金儲けを追及しているのではないかとときに見られる。

 その原因のひとつは、まさにこの「悪いことはしない」という自負にあったように思われる。もし自分たちが悪いことをしうる存在なのだと思っていたら、懸念が生まれたときに途中で立ち止まる。しかし、自分たちは正しいことをしているのだと確信しているのであれば、どんどん突き進んでしまう。

 グーグルが生まれたばかりのベンチャーだったときには、冒険的な試みをしても周囲はひいき目で見てくれた。しかし、莫大な利益をあげている巨大企業がいくら「自分たちは善意でやっているんだ」と言ってもなかなか信じてはくれない。グーグルの歴史は、そのように社会と微妙にずれてきた歴史でもある。


●「Gメールの広告は薄気味悪くて異様」

「善意のグーグル」が疑われるような初期の大事件は、Gメールの立ち上げだった。
 無料ながら膨大なメールを保存できるGメールそのものは歓迎されたが、問題は広告だった。メールの内容に応じて広告が出る。メールをグーグルに盗み見られているようで、気味悪がられた。

 グーグル社内でも疑問の声があった。
 最高幹部で再古参のメンバーのひとりマリッサ・メイヤーも、「薄気味悪くて異様な印象を与えるだけ」と批判的だったが、先行して社内で使い始めた。メールの内容に関連した広告が表示されることに便利さを感じ、それで豹変して応援し始めた。
 創立者のサーゲイ・ブリンともなれば、すごい機能だと思い、ユーザーから否定的な反応がある可能性について気にもとめなかったそうだ。
 グーグルのエンジニアたちも機械を信用していたし、動機も純粋だからユーザーはグーグルをもっと信頼すべきだと考えたという。

 グーグルの歴史においてプライバシーの問題が起きたできごとは数知れない。

 そもそも検索そのものが個人のプライバシーを侵害している。名前を入れて検索すれば、その人の知られたくない情報が、ほんとうのことならばまだしも根拠のないことまで出てきてしまう。
 それらの情報を発信したのはグーグルではないが、グーグルのすぐれた検索によって容易に発見できるようになった。

 そのうえ、検索結果からデマ情報を削除してもらおうと思っても、簡単には応じない。こうしたグーグルの対応はしばしば怒りの対象になった。クレームのメールを送っても反応がなかったり、けんもホロロだったり。

 クレームに対する社内の反応はさぞ冷たいものなのだろうと思っていたが、この本を読むと、担当者の女性はじつは胃の痛い思いをしてきたらしい。
「グーグルに掘り起こされた情報がどのように人びとの感情を傷つけ、ときには実害をおよぼしているかに関する話を聞いて、彼女はしばしば胸が張り裂けるような思いがした」と書かれている。

 クレームをともかくも人間が読んでいるのだと知って、少しほっとした。とはいえ彼女が胃の痛い思いをするのは、社内のお偉いさんからクレームが来るからでもあるのだろう。
 つい先ごろまでCEOだったエリック・シュミットまでも、自分の名前の検索結果に不満を持って、何とかしろと言ってきたという。検索結果を作為的なものにするわけにはいかないと断ったそうだが、自分の会社の最高幹部でさえ文句を言ってくるのだから胃が痛くなるはずだ。


●街を歩いている人は見られることに同意している?

 家の中や、キスシーン、不倫の場面などあらぬところまで写して公開してしまい、ストリートビューが大騒ぎになったのは記憶に新しい。「公の場に出かける人は、ほかの人が自分の姿を見ることを暗黙に許可している。その延長で、ストリートビューが街の写真を撮影する際に自分が映り込むことにも同意していると判断できる」というのが担当者の論理だったという。
 街を歩いていることと、写真を撮られて全世界に公開されることでは話がまったく違う。子どもでもわかる理屈だと思うが、「『まずやって、あとで謝る』という哲学こそグーグルが成功をもたらしてきた要因」ということで、プライバシー問題は見て見ぬふりをされてきたという。
 

●絶賛されると思ったのに大罵倒

 これまでグーグルがやってきたことで、自分たちの思惑と公開後の反応がもっともずれてしまったのはブック検索のようだ。

 世界中の本を電子化して検索できるようにすれば大喝采されると思った。しかし、大図書館に所蔵されている本をそっくり電子化したことで、世界中の著作権者や出版社に猛反発され、著作権侵害で訴えられた。「電子化したものを販売したら」という作家団体の提案を受けて和解案をまとめたら、こうしたことに理解を示しそうな人たちまで、グーグルによる本のデータの独占になると激しく批判し始めた。そればかりか、司法省まで待ったをかけてきた。

 このときの反応は、そうとうすごいものだったらしい。
 グーグルの幹部たちは行く先々で批判を浴びせられた。「私たちは完全に善意で行動していたのに、あんな突拍子もない妄想で、あしざまにののしられるなんて」とメイヤーは憤慨したそうだ。
「絶賛されると思ったのに大罵倒」という反応にあえば、いくらグーグルでもまいるにちがいない。この先グーグルがぐれて、よからぬ道に走らなければいいが、などと心配になってくる。

 とはいえ、Gメールの広告にしてもストリートビューにしても、いろいろな曲折があったにもかかわらず、中止はされず、社会に受け入れられ始めている。となれば、「『何を言われてもともかくまずやる』というこれまでのやり方を変える必要はない」とグーグルが考えたとしても不思議ではない。

 以前にも書いたことがあるが、悪であるかどうかは相対的なものだ。自分たちがいくら正しいと思っていても、周囲が悪だと思えばそれは悪だ。――こういう考え方は日本では同意されるだろう。しかし彼らはやはりキリスト教文化圏の人間で、「絶対悪」や「絶対善」が存在していると信じているようだ。

 誰に何と言われようと正しいものは正しいとというのは、簡単にくじけないという意味では強いが、暴走も生む。グーグルについてもっとも懸念を感じるのはその点だ。

●スティーブン・レヴィ著『グーグル ネット覇者の真実――追われる立場から追う立場へ』。レヴィは、グーグル関係者に200回以上インタヴューし、数百時間にわたって社員と行動をともにしたという。グーグルの「インサイダー」として取材することを許された初めての本だそうだ。

afterword
次回は、グーグルが過去少なくとも2回は「甘い誘惑」に負けたのではないかという話。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.730)

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