« 良識を発揮できるのは政治家ではなくて素人(しろうと) ――討議型世論調査 | トップページ | 民主主義を救うのは抽選によって選ばれた「ふつうの人びと」 »

2012.05.09

政治家が決められなければ市民が決める――「ふつうの人びと」がまとめた財政赤字削減策

この人たちとはとても折り合えない、と思うこともある。
しかし、意見対立が激しい問題でも、
うまくまとまる方法が編み出されている。

●アメリカ伝統のタウン・ミーティングの活用

 日本では、消費税値上げの法案が、国会以前に与党内で揉めて行き詰まりかけている。アメリカでもオバマ政権は、財政赤字削減のため高所得者層へ課税したいが、議会は野党の共和党が多数派で承諾しない。共和党は「増税ではなくて支出を減らせ」というが、社会保障などを充実させたいオバマ政権はそれには反対だ。こうして日本でもアメリカでも、政治が行き詰まっている。

 解決策がないのかといえば、なくはないようだ。「ふつうの人びと」に考えて結論を出してもらえばいい。
 えっ、それなら政治家はいらないじゃないかと思うかもしれないが、実際そのようだ。

 前回、「ふつうの人びと」を集めて年金について議論したうえで考えを聞いたところ、世代間の差などが縮まっていた。慶應大学の研究者などがやったこのような「討議型世論調査」をとりあげたが、こうしたことはアメリカでも行なわれている。

 アメリカ・スピークスという団体は、タウン・ミーティング方式で世論形成をしている。具体的な活動を見ると、政治的決定の方法が大きく変わる可能性が感じられる。

 彼らのやっていることは、前回の討議型世論調査と似ている。集まってもらった人を10人程度のグループに分けてテーブルを囲んで議論させる。各テーブルには、参加者みなが自分の意見を言い、円滑かつ公平に議論を進められるようにするファシリエーター(進行役)がつく。この団体はこうしたファシリエーターの訓練にもエネルギーを注いでいる。
 参加者にはみなリモコンが配られ、そのボタンを押して、選択肢の中から選ぶ形で自分の考えを伝えられる。各テーブルの議論や途中経過はフロアの大画面に映し出され、それを見て議論を進めることもできる。
 東浩紀氏が『一般意志2・0』という本で、審議会など政府の議論をすべてニコニコ動画で流し、そこでのコメントを参照しながら議論を進めることを提案しているという話をVol.720で書いたが、そうしたやり方をも思わせる。

 日本でもホットな問題になっている財政赤字をどうやって削減するかについて、一昨年、「われわれの予算、われわれの経済」と題してアメリカ各地で大がかりなタウン・ミーティングを開いた。アメリカ・スピークス自身が開いた公式タウン・ミーティングは19個所だが、それ以外にも38の小さなコミュニティで集会が開かれ、そのデータも寄せられた。「セカンド・ライフ」でバーチャルな集会も行なわれたらしい。


●話しあえば行き着く結論に大きな差はない?

 アメリカの政府予算は、このまま行くと2025年には毎年2兆4600億ドル(約200兆円)の赤字になるそうで、半分の1兆2000億ドルにするためにどうすればいいかを集まった市民に検討してもらった。
 社会保障とか医療、国防、増税、課税控除や手当など6つの分野についてどれぐらい削減するか、あるいは増税するかについて42の選択肢が示され、その中から選ぶ。集計されたタウン・ミーティングのデータは、ハーバード大学などの研究者なども加わってレポートにまとめられた。

 前回の日本の年金調査でも、議論を経て世代間の差が小さくなったが、アメリカのこの試みでも、議論をしたことで当初の意見の開きが小さくなっている。
 日本の年金の場合は、世代間の意見の差が大きかった。世代間で利害の対立があるのはいずこも同じだが、アメリカでは、小さな政府を求める共和党保守派と、社会保障の充実を求める民主党リベラル派が対立している。この両派の対立はブッシュ政権下で激しくなった。オバマは、アメリカ社会の和解を進めると期待されたが、分裂はむしろ激しくなっている。
 大きな政府につながる増税は、保守派がもっとも嫌うもののひとつだ。しかし、高所得者への増税は、当の高所得者以外には「他人ごと」だから、反対は少なそうに思える。少なくとも日本ではそうだろう。けれども、アメリカでは違うようだ。
 100万ドル以上の年収がある人の税金を5パーセント上げるという控えめな増税案に対して、最終的に、自称リベラル派の賛成は74パーセントで、全体では54パーセントが賛成している。増税プランのなかでもっとも賛成が多かった。ところが、保守派だと自認している人の賛成者は20パーセントしかいない。

 考えの開きは大きいが、議論した意味はあった。
 一日議論したことで、総じて富裕者への課税に賛成する人が増えた。世帯収入が50万ドルを超える富裕者への課税に賛成した保守派は24パーセント増えている。

 リベラル派が嫌う、社会保障や医療などの財政支出削減についても同様で、議論を経て、28パーセントのリベラル派が削減賛成にまわった。両派の開きはまだあるものの、財政赤字の削減という共通の目的のもとに解決策を模索した結果、開きは小さくなっている。

 明確な政治的傾向のある人たちでもこうなのだから、保守派でもリベラル派でもない中間派の考えの変化は大きい。議論の結果、世帯収入50万ドルを超える富裕者への課税に賛成する中間派は48パーセント増、社会保障や医療などの財政支出削減も、賛成が47パーセントも増えている。
 中間派と若者層は総じて柔軟だ。議論によって考えが明確になり、それぞれの対処策に賛成する人が大幅に増えている。

 その一方、全体に中所得者層への課税は賛成者が少ない。また国防費の削減は、反対しがちな保守派でも、議論を経て賛成にまわった人が多い。無駄な海外の基地などはなくせというわけで、アメリカの民意にしたがえば、日本の米軍基地もたちまちなくなるだろう。

 おもしろいのは、個人の意見と、各テーブルで集約した意見には微妙な違いがあることだ。半数以上の人が賛成する意見をグループの意見としているが、個人間の意見の相違よりも、グループ間の意見の隔たりのほうが小さい。いずれのテーブルでも意見集約のさいに極端な意見が排除され、妥当な意見に落ち着いたためのようだ。


●「政治不信」は乗り越えられる?

 選挙でも住民投票でも、ただ投票するのであれば、もともとの考えの開きは補正されない。意見の対立は議会や国会にそのまま持ちこまれ、まとまりにくい。しかし、財政削減のような共通の目的のもとに議論するのであれば、自分の政治的傾向はわきに置き、解決策を模索する。そのためこういう結果になったのだろうとレポートは分析している。

 議論によって副次的な効果もあった。政治への信頼が増したり、自分たちが政治判断できることに自信を持った人が増えている。「政治はもはや解決能力を失っている」という政治不信を乗り越える可能性さえ見てとれる。そういう意味でもきわめて興味深い試みだ。

afterword
アメリカ・スピークスは、それぞれの対応策によっていくら財政削減ができるかわかるようにしていたようで、350のグループのうち65パーセントが1兆ドル以上の財政削減策をまとめたという。次の選挙のことが気になり、支持団体などの顔色も見て、意見をまとめられない政治家よりもよほど有能だ。
政治家のなかには真摯な人もいないわけではない。しかし、政党レベルになると俄然、信用できなくなる。党議拘束というものがあるかぎりは、個々の政治家の出来不出来の問題を超えている。

関連サイト
●タウン・ミーティング方式で世論をまとめ、国政や地方政治に反映させようとしている「アメリカ・スピークス」(http://americaspeaks.org/
)。「市民の生活にもっとも大きな影響をあたえる公的決定に市民がかかわることでアメリカのデモクラシーを生き返らせる」ことが使命だという。911のテロで破壊された貿易センタービルの跡地の開発をどうするかなどの意見集約もしたそうだ。
●「アメリカ・スピークス」が行なった財政削減策をまとめるプロジェクト「われわれの予算、われわれの経済」のサイト(http://usabudgetdiscussion.org/
)。「二極化した政治環境における市民対話」と題したレポートのサブタイトルは、「あらゆる社会的立場の3500人のアメリカ人が財政赤字を削減するためにいかにして共通の基盤を見つけたかの物語」。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.725)

« 良識を発揮できるのは政治家ではなくて素人(しろうと) ――討議型世論調査 | トップページ | 民主主義を救うのは抽選によって選ばれた「ふつうの人びと」 »

政治」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/56597/54578764

この記事へのトラックバック一覧です: 政治家が決められなければ市民が決める――「ふつうの人びと」がまとめた財政赤字削減策:

« 良識を発揮できるのは政治家ではなくて素人(しろうと) ――討議型世論調査 | トップページ | 民主主義を救うのは抽選によって選ばれた「ふつうの人びと」 »

2014年8月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31