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2012.03.14

死後も生きているネット上の「私」

ネット上の死は、現実の死とイコールではない。
死んでも情報発信はできる。
そんな不思議な時代がやって来つつある。

●冗談のようで、これほどシリアスなことはないアプリ

 利用者が死んだときにフェイスブックがどう対応しているかについて前回書いたが、ワイアードの記事がおもしろいフェイスブック・アプリを紹介していた。「もしも私が死んだなら(if i die)」というアプリだ。
 死んだ後にフェイスブックに自動投稿してくれるアプリなのだそうだ。このアプリのサイトにアクセスしたら、雲の上に羽根が舞っている「いかにも天国」といったイラストが現われた。

 Q&Aを見ると、のっけに「これは冗談ですか?」と書かれていて、笑ってしまった。
 たしかに、冗談みたいなアプリだ。こう解答している。

「もしも死があなたにとって冗談なら、それならば、そうでしょう‥‥ 実際のところはこれ以上シリアスなことはないです。われわれがユーモアを交えている 理由は、これがとても微妙な問題で、あなた自身の死について語るのはときにとてもむずかしいことを理解しているというシンプルな事実によるものです。だか ら、これは冗談ではありません。もっとも、あなたは最後のメッセージをどのように残してもいいのですが」。

 なかなか含蓄のある答えだ。

 サイトにはこの会社のPR動画が2本公開されている。最初のPR動画はアニメを使い、軽快で明るい感じだったが、2本目はお墓の映像で始まり、バックグラウンド・ミュージックも重々しく、「そんなにすぐに自分が死ぬと思っていなくても、死はいつどこででもやってくる。手遅れにならないうちにメッセージを 残したほうがいい」とシリアスなムードを漂わせている。

 このアプリを使うには、フェイスブックにインストールしたうえで、テキストを残すか動画を録画する。そして3人以上の信頼できる人を選んで依頼する。
 もちろん依頼はフェイスブックでする。
「信託受託者を選んでください」という画面でクリックすると、フェイスブック上の友人の写真と名前がずらっと現わ れる。頼みたい人のところにチェックマークを入れて「リクエストを送信」をクリックすると、相手は、「『もしも私が死んだなら』の信託受託者に選ばれまし た。引き受けますか」と(英語で)尋ねられる。
 いきなりそんなメッセージを送ったら、びっくりされることはまちがいない。

 人騒がせなのでその先は試してみなかったが、ともかく私が死んで、そうやって依頼した人たちのうちの3人から「もしも私が死んだなら」に「○○が死んだ」と連絡が行けば、その人のメッセージや動画がウォールに投稿されるのだそうだ。

 このアプリの説明文は、前回書いたように、フェイスブックが死んだ利用者のプロフィールを保存する仕組みを発表したことも触れている。このアプリは、09年のこの「追悼アカウント」の導入がきっかけでできたようだ。


●死んだあともあいさつは必要?
 

 フェイスブックの「追悼アカウント」で保存されるのは、タイムライン表示されるようになったプロフィールと、友だち登録している人たちの追悼の言葉だ。 本人の死後のメッセージはふつうだったらないわけだが、自分のページに来てくれた人に(死んではいても)ひと言あいさつしたいと思う人はいるだろう。 SNSがなかったときには思ってもみなかった「しきたり」が今後長い時間をかけていろいろできていくのだろうが、死後にメッセージを残すのもやがては当たり前の習慣になっていくかもしれない。

 ワイアードは、このアプリが公開されてから1年経つもののいままた注目されているのはタイムラインが導入されたからだろうと書いている。私も、利用者の 一生を年表形式でたどれるタイムラインが格好の墓碑銘になると思ったことをきっかけに、利用者の死にさいしてネット企業がどう対応をしているかを調べ始めた。タイムラインを見て、死後フェイスブックの自分のページはどうなるのだろうと思った人はやはりいるようだ。


●ありがたがられるか、迷惑がられるか
 

 ワイアードの記事は、このアプリで「子どもの誕生日に毎年お祝いの言葉を寄せるといった使い方もできる」と書いている。これははたしてどうだろう。子どもに喜ばれるとはかぎらないのではないか。

 毎年、誕生日のたびに死んだ父親が出てきて「○○、ちゃんと勉強しているか」とか、高校3年になれば、「いい大学に入らないと就職できないぞ」などとお説教された日には、子どもはうんざりして、「親父、静かに死んでいてくれ」と思うにちがいない。

 ただ、こうした心配はさしあたり取り越し苦労のようだ。いまのところメッセージはひとつしか残せない。もっとも将来はいくつも残せるようにするとのことだから、「死んだあとまでウザイ親父」がいずれは出現することだろう。

 実際にメッセージを保存してみたら、「もしも私が死んだなら」は、私のウォールに次のような投稿をした。

「明弘が『もしも私が死んだなら』にいまメッセージを残しました。われわれは(明弘の友だちの)あなた方がそんなにすぐにそれを見ることにならないように心から望んでいます。ところで、あなたはどうですか。あなたも何か残しませんか?」

 私のウォールに投稿されたので、友だち登録した人たちのニュースフィードにも表示されたはずだ。「いったいこれは何なんだ」と、結局、驚かせてしまったかもしれない。


●死後の後継者の指名までするフェイスブックCEO
 

 このアプリのQ&Aには、「死んだときにフェイスブックがなくなっていたらどうするんですか?」という質問もあった。「フェイスブックはそんなにすぐにはなくなりそうにはありません」と答えていた。このアプリの言うとおり、上場申請して市場から莫大な資金を吸い上げようとしているいまのフェイスブック は、なくなるどころか、株式市場でまさに生まれようとしている。

 フェイスブックの上場申請の書類は、細かい字で200ページもある。読むのはたいへんかなとためらったが、いまの時点でのフェイスブック自身によるもっとも包括的なレポートだ。まあこれだけフェイスブックのことを取り上げてきたのだからと、読んでみることにした。
 この書類の内容はネットなどでもすでに報じられているが、実際に読んでみると、発見がいろいろとあった。

 アメリカのネット企業の上場申請の書類をとりあげるのはこれで2度目だ。前回は04年のグーグル上場のときだった。今回のフェイスブックの上場申請書で は、CEOのザッカーバーグが死に際して後継指名することまで書いている。ザッカーバーグは、グーグルの2人の創立者に劣らぬ強い権限を握ったまま上場す るつもりのようだ。
 というわけで、次回はフェイスブックの上場申請書を読み解いて、「フェイスブックの解剖」をしてみたい。


afterword
 
 上の記事からリンクが張られていた2010年3月のワイアードの記事でも、利用者が死んだあとアカウントがどうなるかを調べていた。ツイッターが何の返事 も寄こさないといらだっている。ツイッターもいまは死後の保存や削除について説明しているが、当時は、ヘルプページに記載がなかったらしい。何の記載もな い日本のネット企業もやがて明記するようになるだろうか。

関連サイト

●イスラエルの新興企業が作ったフェイスブック上の「もしも私が死んだなら(if i die)」のアプリ。サイトはこちら(http://ifidie.net/)。


(週刊アスキー「仮想報道」Vol.717)

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