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2012.02.23

フェイスブックは「墓碑銘」に向いている

「タイムライン」が全世界で本格的に導入され始めた。
利用者の一生を記録し、一覧表示できるようになり、
「永久保存」されて格好のネット墓地になる?

●フェイスブックはどうしておもしろいのか

 アマゾンが日本で電子書籍事業を始めるかどうかについて途中1回だけ書いたが、それをはさんで秋からずっとフェイスブックについて書いてきた。この連載は今回で714回目だが、ひとつのテーマをこんなに続けて書いたことはない。グーグルもずいぶんとりあげてきたのでトータルするとグーグルの回数のほうがまだ多いだろうが、こんなに続けてとりあげはしなかった。
 そうなったのは、SNSについてけっこう早くにとりあげたものの、その後あまり興味を持てず放置していたこともある。ところが、少し調べてみると、フェイスブックはほかのSNSに比べてずっとおもしろかった。使ってみておもしろかったというよりも、「思想」がおもしろかった(こんなにとりあげているからフェイスブックでばんばん情報発信しているのかと私のページを覗いてみた人もいるかもしれないけど、熱心でないのはそうしたこともある)。

 フェイスブックが(というより創立者でCEOのザッカーバーグが)一種の社会革命を起こそうとしていることに興味を持った。実際に中東などではフェイスブックを使って革命が起こったが、ザッカーバーグが目指しているのはもっと理念的な革命だ。プライバシーの壁を下げ、情報共有を拡大し、社会をよりオープンにすること。それが彼の目標で、この27歳の若者はそのために戦ってきた。

 この理念のもとではプライバシーについて問題が起こるのは避けられない。プライバシーの問題はいわば起こるべくして起こった。
 プライバシーの壁を下げるたびに激しい反発が起こる。そうしたことを繰り返しながらも、人びとはしだいに慣れて、自分をさらしていく。フェイスブックはそれを意識的にやっている。激しい反発があるとちょっと修正はするものの、(わずかな例外を除いて)根本的な撤回はせず、反発がおさまるのを待つ。押したり引いたりしながら情報共有を拡大し、社会をオープンな方向に向かわせようとしている。

 たいていの人は自分をさらしオープンにすることに慣れていない。だから、ザッカーバーグはしばしば世の中の多くを敵にまわしてしまう。悪戦苦闘しているこの若者は、ずいぶん分が悪い戦いをしているにもかかわらず、世界8億もの利用者を集めるまでの成功をおさめた。じつにしたたかで、その様子は感動的ですらある。そうしたことに興味を持ち、これほど長くなってしまった。
 フェイスブックのプライバシーのあつかいはしばしば批判せざるをえないものだったが、同時にそれは、ザッカーバーグの戦いの跡をたどることにもなった。


●フェイスブックは死者を悼むための装置?
 

 長く続いたフェイスブックの話も、前回のフェイスブックのナンバー2シェリル・サンドバーグの回でとりあえず終わりにしようと思っていたのだが、彼女のフェイスブックのページを見ていたら、またまた書きたいことが出てきてしまった。

 昨年11月サンドバーグは、おばあさんが死んだと追悼文を書いた。
 サンドバーグの祖母は、貧乏な家に育ったものの苦労して大学に行き、子どもを育て、経済危機の時には家族を救い、その後も地域のために働いた。困ったときには誰もが助けを求めてくる存在だったと言い、サンドハーグがこれまで会ったなかでもっとも有能な女性で、目標にもしてきたという。
 SNSでもまたブログでも、追悼文は珍しくない。しかし、若いころのおばあさん夫婦とおぼしき写真を大きく載せて書かれた追悼文は、フェイスブックのコンテンツとしてじつにあっていた。少々大げさに言えば、フェイスブックはまさにこうした文章を載せるためのツールなのではないかという気さえしたほどだ。

 実際、フェイスブックは死者を悼むための装置としてますます格好のものになりつつある。
 1月24日フェイスブックは、今後数週間かけて世界中で「タイムライン」を本格的に導入すると発表した。フェイスブックのタイムラインはコンテンツを一覧表示する。これまでフェイスブックは、最近の情報についてはすぐにわかるが、古いコンテンツはスクロールしていかないと表示されず、情報が埋もれてしまいがちだった。しかし子どものころからの写真がアップされていれば、タイムライン表示で文字どおりその人の「一生」を一覧できる。墓碑銘としてこれほど適当なツールはないだろう。


●死者のコンテンツはどうなる?
 

 そもそもインターネットは死者を悼むためのツールとして向いているのではないかと、じつはずっと前から思っていた。90年代のウェブ創生期にそんなことを思って実際に友人と「インターネット墓地」を作ろうとしたことまである。アクセスできるようになったばかりのインターネットに高校時代の友人がやはり興味を持ち、一緒にアイデアをめぐらせた。
 遺影の前にお線香を立て、クリックすると、チーンと音がして線香の煙がたちのぼる‥‥ 

 墓地めぐりが趣味という友人がもうひとり加わってさまざまなアイデアが噴出し、打ち合わせは盛り上がった。しかし同じようなことを思った人はけっこういたようで、まもなく似たような企画がネットでちらほら見られるようになった。それに反比例してわれわれの熱はさめていき、結局それっきりになってしまったが、利用者がひとり画面に向かうインターネット空間は、死者を弔うのに向いている。

 現実の墓地とは違い、ネットでは、アクセスすればいつどこででも死者と出会える。それほど親しくつきあってこなかった人でも、子どものころからの写真や動画・音声までまじえて生前の姿を蘇らせることができる。ネットは、「遠くから死者を偲ぶ」のにもぴったりのメディアだ。

 素朴な「インターネット墓地」のアイデアで盛り上がっていた私たちが思ってもみなかった問題も、いま死者をめぐって持ち上がっている。
 それは、「死んでしまった利用者のコンテンツをどうすべきか」という問題だ。フェイスブックを始めとしていろいろなソーシャル・メディアがそのことで思い悩んでいるようだ。
 ネットでサービスを提供している企業の悩みのタネであるばかりでなくて、それは、われわれ利用者にとっても切実な問題になりつつある。
 このデジタル時代、手紙などのアナログな形で死者がほとんど何も遺していないということはしばしばある。そうしたときでも、ネットには大量の「遺品」がある。ネットのコンテンツは遺族にとってますますかけがえないものになっていく。もしそれらがすべて消えてしまったら、残された家族や友人たちには大ショックだろう。
 次回はそうしたことについて。


afterword
 
「死んでしまった利用者のコンテンツはどうすべきか」はじつはけっこう以前からある問題のようだ。そのまま残すか削除するかのどちらかしかないわけだが、いずれにしてもそれなりの問題がある。次回はネット時代ならではのそうした問題をとりあげる。

関連サイト
 
フェイスブックに掲載されたCOOのシェリル・サンドバーグの祖母の追悼文(http://www.facebook.com /photo.php?fbid=10150926643895177&set=p.10150926643895177& type=1)。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.714)

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