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2011.11.28

フェイスブックはストーカー?

世界最大のSNSフェイスブックと、政府の機密情報をあばくウィキリークス。
いまのネットを象徴するこのふたつの組織は、似た信念に駆られている。

●フェイスブックうざい、消えてよし

「ツイッターやフェイスブックのようにリアルタイム性の強いソーシャル・メディアでは、自分が何をしているかが他人に筒抜けになる。なんでわざわざそんなことを伝えなきゃなんないんだ」と以前書いたが、フェイスブックについてあれこれ読むと、どうやらこうした違和感は、フェイスブックというソーシャル・メ ディアをめぐるまさに核心の疑問だったようだ。「よくある疑問」であると同時に、フェイスブックの創立者ザッカーバーグが、いまの社会に突きつけた挑戦で もある。

 ザッカーバーグの思想の源には、情報の透明性についての信念がある。それはひとことで言えば、「透明になればなるほど世の中はよくなる」というものだ。 そして、好むと好まざるとにかかわらず、社会はますますオープンになるし、そうした流れは止められないと考える。そうであれば、その先陣を切るのが先端的 なネット・サービスの正しいあり方ということになる。

 「情報の透明性が高くなればなるほど世の中はよくなる」というのは、政治などについては誰も反対しないだろうし、原理的には正しいと多くの人が同意するだろう。しかし、この原理が個人に適用されると、そう簡単には受け入れられなくなる。

 たとえば、フェイスブックで登録するプロフィールには「交際ステータス」という項目がある。
 独身、交際中、婚約中、既婚などといったなかから選択するようになっている。交際中や既婚から独身に変更すれば、別れたことがわかってしまう。しかも前 回書いたように、フェイスブックは06年にプロフィールの更新を知らせる「ニュースフィード」という仕組みを導入した。「誰々が別れたんだって」といった 話がすぐに友だちに伝わる。傷心の身にはとうていありがたい仕組みではないはずだ。

 実際、ニュースフィードが導入されたときには、激しい反発が起こった。このときにはまだ一般の人は登録できず、大学単位でフェイスブックの会員を増やし ていたときだったが、「フェイスブックのニュースフィードに反対する学生たち」というグループが結成され、たちまち多くの賛同者を獲得した。

 このグループを立ち上げたベン・パーによれば、一晩で10万人がグループに加わり、ピーク時には、当時のフェイスブックの8パーセントにあたる75万人 が参加したという。フェイスブックの発展を追ったカークパトリック著『フェイスブック』は、このときのことを「フェイスブック始まって以来、最大の危機」 と呼んでいる。この問題がいかに激しい反発を呼んだかがわかる。
 この本によれば、アンチ・ニュースフィード・グループは、次のようなメッセージを出したそうだ。

「フェイスブックさん、今回はやりすぎたね。自分の近況 アップデートを自動的にみんなに知らせたいと思っているユーザーなんていない‥‥ニュースフィードうざい、ストーカーすぎ、消えてよし」。

 翌日にはメディアも押し寄せ、抗議デモが呼びかけられたという。


●すぐにでも知りたいニュース
 

 ザッカーバーグらはただちに反応した。その日の夜には反論したものの、3日後には、お詫びのメッセージを出し、利用者が自分の情報をコントロールできる ようにした。いまのように、どの情報をどのレベルのつきあいの人にまで公開するかを設定できるようにした。それによって反対運動はおさまった。


 ただ、反発の広がりの速さは、ニュースフィードの威力の大きさも示していた。中東などで反政府運動がフェイスブックであっというまに広がったのも、情報 を更新すると同時にその情報が伝えられるニュースフィードがあってこそだ。この機能によって情報の伝播がすさまじい速さで起こり、大きなパワーを発揮する。
 この機能は、フェイスブックの経営にとっても大きな意味があった。利用者の見るウェブ・ページが倍近くに増え、活動が活発になったという。

 「離婚した」などという個人情報は、伝えられるほうにはたまったものではないが、聞く友人たちにとっては、すぐにでも知りたいニュースだ。そうしたことがわかる機能が盛りこまれたことによって活性化したのは当たり前だ。

 前々回ニュースフィードというのは政治や経済などの漠然とした「ニュース」ではなくて、友人・知人の「ニュース」を知るための機能だと書いたが、たいて いの人にとってもっとも重要なニュースは政治や経済ではなくて、友達の身に起こったできごとだ。そういう意味で、フェイスブックのニュースフィードは、 もっとも気になるニュースを伝える機能と言える。


●プライバシーについての感覚が変わった?
 

 このニュースフィード事件はこれで終わりではなかった。反対運動を立ち上げたベン・パーはその後、意見を変えてしまう。2年後の08年9月に「ニュースフィードはもうプライバシーの侵害だとは思わない」とこう書いている。

「ぼくはニュースフィードがほんとうに嫌いだった。だから戦ったし、ほかの人たちもぼくと戦った。そして、われわれは望むものを得た。ザッカーバーグと話 す機会も得た。そして人生は続いた。‥‥われわれは最初に公開されたときにはニュースフィードが好きではなかったが、いまニュースフィードなしのフェイス ブックなど考えられるだろうか。ニュースフィードはわれわれの人生を、ネット上の何百万人もの人生を、良いほうに変えた。リスクをとって新しいことを試み ることによって、結局どちらにとっても良い結果になった」。

 利用者は、自分の情報が公開されることにだんだん慣れてきた。それで、ベン・パーは態度を変えたわけだ。

 ザッカーバーグはいろいろな意味で「先に進みすぎて」いた。透明性が高くなっていくのは時代の流れで、反発するのは「古い考え」。時代は明らかに透明性 を高める方向に向かっている。フェイスブックとザッカーバーグは、情報の透明性についてのラディカリズムを体現している。

 こうした考えは、つい最近、激しい議論のマトになった別の組織のことを思い起こさせる。ウィキリークスだ。米政府の外交文書をはじめ、膨大な機密文書をネットを使って暴いた彼らも、透明性について同じような信念を持っていた。

 もちろんフェイスブックは、活動家集団のウィキリークスとは異なる。
 この時代ならではの似た信念を持ってはいても、その適用の仕方は異なっている。企業であるフェイスブックは、顧客である利用者に受け入れてもらう必要がある。たとえ自分たちのほうが正しいと思ったとしても、利用者にこぞって反対されれば、対応を考えざるをえない。
 しかし、その根底に流れているものは、ウィキリークスと共通している透明性についての信念だ。


afterword
 
 9月に改訂されるまで、フェイスブックのプライバシー・ポリシーには次のように書かれていた。「弊社は、各ユーザーが情報を共有する相手の行動を管理する ことはできません。ユーザーの情報が許可された人以外に表示されないという保証はできません。また、ユーザーがFacebookで共有する情報が一般に公開されないことを確約することはできません」

関連サイト

●ベン・パーが立ち上げた「フェイスブックのニュースフィードに反対する学生たち」のフェイスブックのページ(http://www.facebook.com/group.php?gid=2208288769)。
●フェイスブックが変更を打ち出すたびに激しい運動が巻き起こる。これは、「われわれは新しいフェイスブックが嫌いだ、だから変えるのをやめろ!!!」と いうグループのサイト(http://www.facebook.com/group.php?gid=21225988060& v=info)。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.704)

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