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2011.09.08

デジタル・ジャーナリズムのビジネスについてわかったこと

オンライン・ニュースメディアの現状を冷静に見つめ、
ネット広告や有料化についてマトを突いた提言をしている
米コロンビア大学のレポートが出ている。

●新聞社の適正な記者の数

 米コロンビア大学ジャーナリズム・スクールの「これまでの物語」というレポートがおもしろい。「デジタル・ジャーナリズムのビジネスについてわれわれが知っていること」という副題で、この5月に公表された。

 新聞をはじめとする従来のメディアがデジタル時代にいかに苦境を脱するかというレポートは、これまでアメリカでいくつも出た。しかし、日本では参考にならないものが多かった。解決策として、政府の援助や寄付に頼ることが提案されていたりしたからだ。

 こうした提案は日本では役に立たない。こんどのような大震災ならば寄付も集まるが、「新聞社を救うために寄付を」などと街頭募金をやれば、酔っぱらいにからまれるのが落ちだろう。
 新聞社がほんとうに全滅して、まともにニュースを伝える組織がいよいよなくなるというときにでもなればいざ知らず、税金を使うことについても、少なくとも当分は納税者の理解は得られない。

 そもそも日本の全国紙は、アメリカの新聞社よりもケタがひとつ違うぐらいに発行部数が多い。しかも新聞料金が高い。アメリカの新聞は広告収入の割合が高いとはいえ、こんなに部数が出ていてどうしてやっていけないのか不思議なぐらいだ。

 このレポートによれば、危機的状況以前のアメリカの新聞社は、1000人読者が増えると記者を1人増やせる計算だったそうだ。100万部の新聞で記者1000人といったぐあいだ。
 読売新聞や朝日新聞はそれぞれ1000万部、800万部の発行部数で従業員は5000人ぐらいだ。この従業員数にはもちろん記者以外の営業職や管理部門なども含まれているが、右のアメリカの新聞社の理屈でいえば、記者だけでこの従業員数の倍近くいてもおかしくはない。アメリカよりも従業員数が多いわけではないようだ。それでも苦しいとすれば、通信社の記事への依存が少ない「自前主義」などアメリカ以上にコストがかかる要因があるからだろう。

 日本の新聞社でももちろん苦境に陥るところは出てくるだろうが、このようにリストラ余地は大きいし、アメリカほどすぐに「新聞崩壊」が起こるとは思えない。とはいえ前々回見たように、「新聞紙離れ」は、若い世代から着実に広がっている。このレポートは、日本も含めてあちこちの新聞サイトで始まった有料化についても「幻想」なしに見つめていて興味深い。


●サイトで重視すべき利用者は?

 このレポートがおもしろいのは、ネット広告に対する過大な期待が醒めかかっている現状を如実に反映していることだ。

 新聞社にかぎらず、ネット広告に期待して多くのメディアがネットに進出し、コンテンツを無料で公開した。
 05年にポインター・インスティテュートの研究者は次のような予測をした。オンラインの収入はさしあたり少ないが、年33パーセントの割合で成長すれば、14年で印刷版の収入に追いつくというのだ。
 この研究者は良心的に、年33パーセントの成長が続く保証はないし、そもそも14年もかかるとも言っていたのだが、14年たてば印刷版とオンライン版の収入が逆転する予測と受けとめられた。

 この計算では、印刷版は毎年4パーセント成長する前提になっていた。印刷版は成長するどころか縮小したが、オンライン版も、これほどの成長はしなかった。たしかに05年と06年のネット広告は30パーセント以上伸びたが、その後、成長幅は縮小し、印刷版の収入に追いつく気配はない。

 さまざまな関係者に取材してまとめられたこのレポートでは、いろいろな意見が飛び交っているが、結局、サイトのページヴュー至上の安いネット広告では、いつまでたってもメディア企業が十分にうるお
うことはないと見ている。
 情報量の少ない小さなバナー広告は、利用者にも魅力がとぼしい。企業のブランドが高まるような広告ビジネスにもっと積極的に乗りだして、広告料金もそれなりのものにする必要があると言っている。

 また検索などを経てやってきて、その記事だけ見て去る「一見(いちげん)さん」の利用者以上に、コアな利用者を大事にすべきだという。ネット用語で言えば、利用頻度や滞在時間数などで表わされる利用者の関わりの深さ(エンゲージメント)を、ページヴューよりも尊重すべきというわけだ。
 こうしたことは日本でも言われているが、「このサイトは利用者数がこれぐらいいて、これぐらい閲覧されている」といった「数」がいまだに広告料金の指標になっている。「数」ではなく、利用者のサイトとの関わりの深さ、つまりそのサイトを大事に思っている利用者がどれぐらいいるかが重要というわけだ。


 コアな利用者を重視したほうが結局はページビューも稼げる。このレポートに載っている中規模サイズの新聞サイトのデータでは、コアな利用者は、「一見さん」の50倍近いページを見ている。コアな利用者は、利用者全体の4パーセントにすぎないのに、56パーセントのページヴューをはじきだしている。

 コアな利用者ならば、課金しても応じてもらえる可能性は高い。広告を出す企業にとっても、サイトの閲覧者は誰でもいいわけではなく、自分のブランドの客になってくれる人たちだとわかったほうがいい。ターゲットを絞りこんだほうが、広告主にとっても魅力が増す。結局、やってくる「みんな」にいい顔をするよりも、コアな利用者に満足してもらえるサイトにしたほうがいいはず、という理屈だ。

 ページヴュー至上主義、アクセス数稼ぎの現在のネット・ビジネスの「常識」をくつがえす提言だが、まともな意見のように思われる。


●有料化も抜本的な解決策にはならない

 このレポートは、課金に対しても「幻想」を抱いてはいない。収入減に対する補完程度にはなるとしても、やっていけるほどにはならないのではないかと懐疑的だ。無料のサイトによって印刷版の読者を減らしてしまうのを防ぐためといった消極的理由から課金する場合が多いと見ている。

 またニュース・サイトなどの動画についても厳しい見方をしている。
 動画がないと、サイトの魅力がとぼしくなるが、コストがかかる。広告料金は高く設定できるが、サイトに来ても動画を見る人は少ない。人気ニュースサイトの「ハフィントン・ポスト」でも、動画を見るのは利用者の5パーセントぐらいだそうだ。

 結局ネットでは、コスト削減を徹底し、他サイトのコンテンツを積極的に紹介したりリンクを張ったりするアグリゲーションを駆使すべきだし、そうするしかないといったことも指摘されている。
「幻想」を抱かずにいまのニュース・メディア・ビジネスを見ると、いささかミもフタもないが、こういう結論になってしまうようだ。

関連サイト
米コロンビア大学ジャーナリズム・スクールのレポート「これまでの物語――デジタル・ジャーナリズムのビジネスについてわれわれが知っていること」(‘The Story So Far; What We Know About the Business of Digital Journalism’)(
http://www.cjr.org/the_business_of_digital_journalism/the_story_so_far_what_we_know.php

afterword
ローカル・テレビ局などのサイトの競争も激しいらしい。上のレポートによれば、動画広告収入がサイトの広告収入全体の1パーセント程度のところも多く、投資に見あわず、十分な展開ができないでいるという。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.692)

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