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2011.05.18

米メディアの不安――反ウィキリークス・ムードのなかで

ウィキリークスと組んだニューヨークタイムズは、
世論の厳しい批判にさらされるのではないかと
ジレンマと不安感に苛まれている。

●ウィキリークスはパートナーたり得ない

 ウィキリークスの情報公開にあたっては、欧米のメディアが文書の提供を受け、真偽の確認や情報の分析をした。共同作業に参加した欧米の3メディアの記者たちの著作を読み比べると、ウィキリークスに対するスタンスの違いに驚かされる。

 シュピーゲルの記者が書いた本は、「本書は、いま世界でもっとも注目されている政治活動家の物語である」という文章で始まっている。創立者のジュリアン・アサンジュは、しばしば語られたイメージと違い、「傲慢でも、アンフェアでも、相手を傷つける人物でもなく、並はずれたアイディアをもった並はずれた話し相手であると一度ならず確信させられた」とほめている。そして、ウィキリークスがここ数年で公開した素材は「ジャーナリストとして報道に携わっていくうえで非常に役に立ち、その一部はじつにすばらしいネタだった」と高く評価している。

 一方、ニューヨークタイムズのビル・ケラー編集主幹は辛辣だ。
「われわれは終始一貫、アサンジュをパートナーとか協力者ではなく情報源と見なしていた」と言い放ち、記事中でもアサンジュという名前を書かず、たんに「情報源」と呼んだりもしている。「アサンジュは人形使いでいくつかのニュース組織を狩り集め、仲良くさせてそれぞれ役割を振り付けたと自慢しているという。これは大ボラだ」ともケラーは批判している。情報源にはそれぞれ思惑がありアサンジュも同様だが、思惑に乗ることなく、独立したニュース組織として情報の真偽を確かめ、自分たちの文脈で何を記事にし何をしないのか責任をもって判断したと、言わずもがなのことまで言っている。


●「すべて公開しろ」vs「なぜ公開した」


 ただそれは、「アサンジュに操られていると思われるのは我慢ならない」という子どもっぽい憤懣からではないだろう。アサンジュやウィキリークスと距離を置いていることを明確にしておかないと、アメリカ社会のなかで生きていくことがむずかしくなるという現実的な判断もあったのではないか。

 ケラーは、「ヨーロッパよりもアメリカのほうがウィキリークスに敵意を持っている」と、ヨーロッパとアメリカではウィキリークスに対する世間の反応が大きく違っていると言う。
 アメリカでは、米軍や米政府の秘密をあばいたウィキリークスには、戦争遂行やアメリカの利益をあやうくしたと反発があった。一方ヨーロッパでは、「最後の超大国が高慢ちきな鼻をへし折られるのを喜ぶ傾向がある」とケラーは分析している。
 アメリカの外交公電を公開し始め、ケラーとガーディアン編集主幹のラスブリジャーは読者からの質問にネットで答えた。ウィキリークスよりの読者の多いガーディアンには、対米協力者の名前を伏せるなど文書を編集したことに対して批判が寄せられた。どう検閲したのかとか、何を隠したのか、すべて今すぐ公開しろなどと言われた。それに対しニューヨークタイムズには、おまえたちは何の権利があって公開したんだなどと真逆の批判メールが来たという。

 アサンジュがもう少し地味な人間で、アメリカへの敵対心をべらべらしゃべったりしなければリークに対する反発がそれほど激しくなかっただろうにという同僚の言葉もケラーは紹介している。「アサンジュがもう少しおとなしくしていてくれれば」というのはニューヨークタイムズの本音だろう。アサンジュの攻撃的な姿勢は、ニューヨークタイムズの立場を危うくしかねない。こうした違和感もアサンジュと同紙の関係をどんどんむずかしくしていったようだ。


●社会が生むメディアの「自信」の違い

 さらに、ハッカー相手の共同作業独特のむずかしさもあった。
 アサンジュたちの仕わざとはっきり名指しているわけではないが、ケラーは、「ニュースメディア側とウィキリークスの関係が険しいものになったとき、このプロジェクトに携わっている少なくとも3人のeメールで、彼らのアカウントに誰かがハッキングしていることを示唆する説明不能な出来事があった」と指摘している。
 同じ部屋で仕事をしている人びとのコンピューターに仕掛けをして、たとえばキーボードの操作を把握するといったことはハッカーなら簡単にできる。自分たちが主導権を握るとメディア側がいくら言っても、「あんたたちが何を考えているのかは全部お見通しなんだよ」ということもあったかもしれない。

 結局ニューヨークタイムズはウィキリークスとの共同作業から離反した。
 けれども、「ニューヨークタイムズなしでは自分たちも協力しない」と主張した英独のメディアのおかげで、同紙も、ガーディアン経由でアメリカの外交公電のコピーをもらって記事を書くことができた。
 そのさいニューヨークタイムズは、米政府にあらかじめ公開する文書を見せ、公開を控えてほしい情報を知らせてもらっている。安全保障にかかわる情報や、対米協力者の身に危険が及ぶような内容は伏せた。ウィキリークスと共同作業をしているヨーロッパのメディア・チームにもその情報を知らせている。ケラーは、自分たちのチェックには見落としがあり、公開したら危険が生じる情報を指摘してくれた米政府に感謝するとまで言っている。政府とのなれ合いを批判するのは簡単だが、ガーディアンなどがニューヨークタイムズの参加を強く主張したのもこうした情報が必要だと判断したということもあったのかもしれない。

 ただこうした措置を取っても、ケラーは、自分たちの報道によって不測の事態が起こることを懸念している。
「われわれはみな、外交公電でわからなくしそこねて名前が出た人びとを危険にさらしてしまったとわかっている」と同紙記者は言っているそうだ。ケラー自身も、アフガニスタンでの戦争記録には多くのアフガン人の名前が書かれていて、公開するにあたって注意深くそれを省いたが、ニューヨークタイムズも含めていくつものニュース・メディアが危険な間違いをしでかしたと告白している。数か月後タリバンのスポークスマンがウィキリークスのサイトを精査してリストを作っていると言ったそうで、「これらの文書で名前のわかった誰かが殺されたと知る日が来ることを恐れている」と書いている。

 しかしこの点についても、ガーディアンの回想記は大きく違っている。
 ラスブリジャーは、「戦争関連の機密資料が公開されて半年が経つが、生命や身体に危険が及んだ例は皆無である」と自信を持っている。

 こうした違いが生じるのは両紙に対する社会の支持の度合いが異なるからだろう。社会に支持されているメディアは強く、一方、社会の激しい攻撃の矢面に立つ恐れのあるメディアは不安にかられ、及び腰になってしまう。それでこうした違いが出るのだろう。

afterword
ウィキリークスと共同作業をしたメディアは、当初は米ニューヨークタイムズ紙と英ガーディアン紙、独シュピーゲル誌の3メディアで、外交公電からは仏ルモンド紙やスペインのエル・パイス紙も加わった。日本のメディアは、ウィキリークスから資料提供を受けて報道しないのだろうか。外交公電には日本発のものも多いわけだから、共同作業が行なわれても不思議ではない。原発に関するものなどもあるかもしれない【‥‥などと書いたが、5月始め、朝日新聞がウィキリークスから米公電の文書の提供を受けて報道を始めた】

Reference

●ニューヨークタイムズの記事「アサンジュとウィキリークスの秘密情報の扱い(Dealing With Assange and the WikiLeaks Secrets)」(http://www.nytimes.com/2011/01/30/magazine/30Wikileaks-t.html)。

●ガーディアン紙特命取材チーム デヴィッド・リー&ルーク・ハーディング『ウィキリークス アサンジの戦争』(講談社)。

●シュピーゲル誌のマルセル・ローゼンバッハ/ホルガー・シュタルク『全貌ウィキリークス』 (早川書房)。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.678)

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