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2011.04.25

本の電子化をめぐる「世紀の裁判」のとりあえずの結論

グーグルの本の電子化事業をめぐる和解案が、
米地裁によって却下された。
日本も含めて世界中を騒がせた和解案だったが‥‥

●グーグルは裁判に負ければ306兆円の賠償金?

 本欄で近々書くと予告している「宿題」が増えてしまった。

 ウィキリークスについて書き始めたものの震災で中断しているし、ツイッターについても、たんにひとつのサービスが流行っているということを超えてウェブのありようを変えるのではないかという気がしてきて、今週号あたりで取りあげるつもりだった。けれども、震災後の3月22日、もうひとつ気になる動きがあった。それは、大きな図書館の蔵書をまるごと電子化しネットで有料閲覧させるグーグルの事業をめぐる和解案が、ニューヨーク地裁によって却下されたことだ。

 和解案が打ち出した壮大なプランに圧倒されていまや忘れてしまいそうだが、却下を言い渡した地裁の意見書が的確に指摘しているように、そもそもこの裁判は、世界大のデジタル図書館の誕生の是非をめぐるものではなかった。権利者の許可なく図書館の膨大な蔵書をグーグルが電子化し始めたことについて、米出版社協会、米作家協会が著作権侵害だと訴えた裁判だった。グーグルは、米著作権法の「公正利用」にあたり、権利侵害にはならないと抗弁した。争点はそこにあった。

 ところがその裁判の過程で出てきた和解案では、公正利用についての争点はうやむやになる一方、権利者のはっきりしない本(孤児本)や絶版本などの膨大な本について、グーグルだけが権利者の事前許諾不要で電子化して利用できることになるというものだった。絶版本や孤児本は、流通している本よりもずっと多い。グーグルは、電子書籍市場において圧倒的に有利になる。

 この和解案は2008年10月にまとめられ、それから2年半近く、ニューヨーク地裁で宙づりになっていたが、その間、世界中で大騒ぎになった。作家や出版社を代表して争う集団訴訟という形をとったため、この和解案が認められれば、グーグルは、世界中の膨大な本を電子化し、検索表示や有料閲覧ができるはずだった。

 裁判所の結論が出ないあいだもグーグルはせっせといくつもの大図書館の蔵書の電子化を続け、すでに1500万冊の本の電子化を終えたらしい。その結果、グーグルの著作権侵害が認められれば、賠償額は3兆6000億ドル(約306兆円!)を超えるというすさまじい見積もりを3月28日の米パブリッシャーズ・ウィークリーの記事は紹介している(この金額をどのようにして算出したのかは書いていないが、1冊あたりの賠償額が数十万ドルということになり、これはさすがに高すぎるように思われる)。

 当初の和解案は世界中の本が対象になっていたので、日本やヨーロッパなどから激しい反発が起こった。和解案への反対意見が裁判所に寄せられた。アメリカ国内でも、米ヤフーやマイクロソフト、アマゾン、非営利団体のインターネット・アーカイヴなど多くの企業や団体が、グーグルの独占状態になると反対した。

 こうした批判を受けて、和解案を作成したグーグル、米出版社協会、米作家協会の3者は修正案を翌09年11月にまとめ、英米カナダ・オーストラリア4か国の本に限定した。対象国からはずれた日本などの関心は低くなったが、この和解案によって英語圏に巨大な電子書籍市場が出現すれば、その影響は小さくないはずだ。


●米ワイアードが激怒した地裁の却下判定

 却下を申し渡した意見書で米地裁の裁判官は、「本の電子化と世界大の電子図書館の創造は多くの人の利益になるだろうが、和解案は先に進みすぎている。和解案は、公平で適切で合理的なものとは言えない」と書いている。

 デジタル系メディアの急先鋒「ワイアード」などは、どのみち検索はグーグルの独占状態になっているではないかと、却下を激しく批判する記事を載せた。とはいえ意見書は、言われてみればもっともなものに思われる。
 大規模な電子書籍市場の誕生は歓迎するとしても、絶版本の有料閲覧などを無許諾でできるのが、この和解案の対象であるグーグルだけというのは、やはり妙な話だった。米司法省もこうした問題点を指摘していた。

 ほかの企業や団体が同じことをしようと思えば、また新たに集団訴訟の裁判を(対立する関係になるはずの権利者側に)起こしてもらって和解案をまとめ、裁判所に認めさせる必要があるだろう。法的に認められた和解案の作成がほんとうの目的で権利者たちに裁判を起こしてもらうというのは話がメチャクチャで、そもそもそんなことができるのかも疑問だ。グーグル以外が同じことを始めるのはそうとうにむずかしい。

 却下した米裁判官も、著作権侵害という過去のできごとについて判断するはずの裁判が、未来の電子書籍市場創設を決めるものにすり変わっていることを懸念した。米地裁の意見書の「先に進みすぎている」というのはそういう意味である。


●グーグルは今後どうする?

 この意見書では結論として、事前に許可を得た本だけを対象にする形で和解案を修正することを提案している。いまの和解案は、権利者が自分の著作を利用されたくなければ申し出てはずしてもらう必要がある「オプト・アウト方式」だが、著作物を利用する側(つまりグーグル)があらかじめ権利者の許可を得る「オプト・イン方式」にしろと言っている。
 許可を得た本を電子化し、有料閲覧させるのであれば、明白に著作権法の枠内で問題はない。却下後、米作家協会も、グーグルや米出版社協会と話し合ってオプト・イン方式の和解案をあらためてまとめるつもりがあることを示唆している。

 しかし、あらかじめ許可を得るのは手間がかかるし、権利者のわからない孤児本を対象にすることもできない。グーグルは、オプト・イン方式を採用する気はなさそうだ。

 グーグルがとりうるほかの選択肢としては、和解案をあきらめて裁判で白黒をつけるという方向がある。しかし、同じ裁判官のもとで裁判を続けて有利な判断が出ることは望めない。現在の和解案の承認を求めて上級審に控訴することもできるが、この裁判を担当しているデニー・チンは、昨年、上級審の裁判官に昇進した。控訴審で担当するとはかぎらないが、グーグルに有利な情勢とは言いがたい。

 4月25日に当事者が集まって、裁判を今後どうするか話しあうことになっているので、そこで方針が明らかになるだろうが、チン裁判官も意見書に書いているように、絶版本や孤児本の電子化をしやすくするためにどうするかは、和解案ではなくて、本来、議会が決めるべきことだ。グーグルとしては、議会に働きかけて、電子化した1500万冊の資産が活きる法律をできるだけ早く作ってもらい、その法律のもとに新たな和解案をまとめるというのが、さしあたり取り得る唯一でもあり最善でもある方策なのではないか。


関連サイト

●グーグルの図書館の蔵書の電子化事業をめぐる和解案を却下した3月22日のニューヨーク地裁のデニー・チン裁判官の意見書(
http://thepublicindex.org/docs/amended_settlement/opinion.pdf)。日本も含めて世界中から500にものぼる(大半は批判的な)意見書や、6800の集団訴訟からの離脱者の存在が大きく影響したようだ。
●和解案の却下を受け、グーグルはこの裁判所の判断について「とても失望したが、裁判所の判断を検討して選択肢を考える。(略)裁判の結果にかかわらず、より多く世界中の本をオンラインで見つけられるようにする仕事は続ける」とグーグル・ブックのサイトで宣言している(
http://books.google.com/googlebooks/agreement/)。

afterword
予告したテーマについては、いまのところ次のようにする予定。来週から数号にわたってウィキリークスをとりあげ、その後ツイッター。ツイッターについてはなかなかおもしろい調査レポートがいくつも見つかった。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.676)

追記
4月25日のミーティングは、6月1日に延期されたようだ。

Google Status Conference is Delayed.

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