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2010年2月の5件の記事

2010.02.22

インターネットはマスメディアではない

ネットではいろいろな出来事が無秩序に起こっているように見えるが、
少し引いて眺めてみると、
日米の違いやメディアの性格が浮かび上がってくる。

●報道機関がターゲットになって世論形成が行なわれる

 このところ90年代以降にアメリカで起こったジャーナリズム運動の流れをたどっている。
 報道機関が市民と向き合ってその意見を積極的に採り上げ世論を作る「シビック・ジャーナリズム」という運動は、全米で少なくとも2割の新聞社がやったと報告されている。しかし、コストも手間もかかることからしだいに衰退し、ウェブを使った市民記者の運動に変わっていった。さらにジャーナリズムということを意識しないブログやSNSなどによる情報発信がさかんになって、CGM(消費者が生んだメディア)などと呼ばれるようになった。その一方で、新聞の衰退にともなって、ハイパーローカルなメディアが地域の報道を担い始めた。
 アメリカでのこうした流れをたどってみると、日本のウェブで起こっていることがよりはっきり見えてくる。

 シビック・ジャーナリズムは、必要とあれば市民がアクティヴな役割を果たし変化を起こす活動だったが、いまでは報道機関を介さずに行なわれている。こうしたことを象徴する日本での事件は、08年に起こった毎日新聞の英語サイトをめぐる出来事だろう。とんでもない性風俗が日本では一般化しているかのような記事が載っていたことから2ちゃんねるの既婚女性のスレッドなどで批判が始まり、広告主の企業に「電凸」が行なわれて広告掲載が見あわされるまでに拡大していった。

 これと似たことはこの年の前半、韓国でも起こっていた。
 米牛肉の輸入に激しい反発が起き、韓国の三大紙が「冷静な対応」を呼びかけたところ猛反発が起き、広告企業がターゲットになって掲載広告が激減した。
 日本でも韓国でも、「報道機関をよそに」どころか報道機関がターゲットになって世論形成や実力行使が行なわれた。世の中を変える世論形成がマスメディアを経なくても可能であることが、ショッキングな形で実証された。

 続きは、こちらです。
 この原稿は有料化しました。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.618)

2010.02.17

ハイパーローカルなジャーナリズムの時代がやってきた?

アメリカでは、衰退していくマスメディアをよそに、
焼け野原に立つ小屋のようなジャーナリズムが生まれ始めている。

●地道な草の根メディアの誕生

 90年代のアメリカで、ジャーナリストたちが市民と積極的にかかわり世論づくりをする「パブリック・ジャーナリズム」の運動が広がったが、結局この運動は失敗してしまったと語る、この運動の中心人物ジェイ・ローゼンのインタヴューを前回紹介した。考えてみれば、この結果は当然かもしれない。
 世論作りもジャーナリズムの仕事と思われているが、報道機関は、世論作りによってお金を得ているわけではない。ニュースを送り届けることによって成り立っている。世論づくりではお金にならず、手間もお金もかかる活動が続かなかったというのは不思議ではない。

 ローゼンの自虐的な感じさえする前回のインタヴューはいささかショッキングだったが、では、こうした運動はほんとうに雲散霧消してしまったのだろうか。

 そうではなかった。
 読者減と広告減の二重苦に見まわれ、アメリカの新聞ジャーナリズムは「焼け野原」状態になりつつある。しかし、こうした焼け野原に立つ掘っ立て小屋のようなメディアがネットを使って生まれ始めている。


続きは、こちらです(この記事は登録等は不要です)。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.617)

2010.02.08

報道機関に絶望したジャーナリズム運動の理論家

90年代のアメリカで燎原の火のように広まったという
パブリック・ジャーナリズムの運動は、
ネットの手荒い洗礼を受けて、意外な展開に‥‥

●ショッキングなシビック・ジャーナリズムのその後

 続きは、こちらです。
 この原稿は有料化しました。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.616)

2010.02.02

原口大臣「問題発言」の意外な文脈

 「あらたにす」のサイトに、「原口大臣「問題発言」の意外な文脈」を寄稿しました。
 大臣会見などの記者会見に、記者クラブ外のフリーランスなどの人が参加できるようになったことがもたらした興味深い現象のように思います。

 また、新聞・テレビを横断したマスメディア・グループに対して牽制することを原口大臣(もしくは民主党政権?)が考えているらしいというのも、今後どうなるのか興味深いところだと思います。

2010.02.01

ジャーナリストと呼ばれることなんか望んでいないジャーナリズムの時代

「市民のためのジャーナリズム」から市民記者ジャーナリズムの時代を経て、
ネットの情報流通は、さらなる混沌のなかの活況の時代に突入し始めた。

続きは、こちらです(この記事は登録等は不要です)。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.615)

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