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2009.06.22

ブログを有料化するその理由

ブログの世界に「料金の壁」を持ちこむのは邪道か。
ニュースメディアの未来を考えているうちに、
こうした選択肢もありなのでは、という気がしてきたのだが‥‥

●ニュースメディアの近未来と有料ブログ

 

 ニュースメディアの近未来はどうなるのか。あれこれ書いているうちに自分のサイトを有料化してみようかという思ってもみなかった考えになってきた。
 ここ何回かの話をまとめると、次のようなことになる。

 日本の新聞社は、紙媒体の新規の読者を獲得できればとネットに進出したものの、うまくいっていない。ネットを充実させればさせるほど紙媒体の読者を失っていくようだ。
 またオーマイニュースが行き詰まってしまったことに象徴されるように、市民メディアも経済基盤が脆弱だ。むしろ個人やそれに類似した小さな組織が少数の読者からお金をもらい、有料でサイトを運営するというのが、ネットのニュースメディアのビジネスモデルとしては有望なように思われてきた。実際そういう形で成功しているサイトもある。
 有力なブロガーなどが有料メルマガを出す例も出てきたが、ウェブでは方法がないのかと考えてみると、ブログを有料化するということが考えられる。ただ探してみるとそういうブログ・サービスを提供している会社はほとんどない。「レジまぐ」というサイトのサービスがひとつだけ見つかった、というのが前回までの経緯だった。

 今回は、自分のブログをなぜ有料課金しようと思ったかについて書くつもりなので、このブログのこれまでの有為転変を少しふり返ってみることにしたい。

 私のブログは、週刊アスキーの原稿の保存庫だ。編集部の許可を得て刊行から少し遅れて載せている。
 こうした寛大な対応をしてくれた編集部には感謝しているが、「仮想報道」という週刊アスキー誌面でのタイトルどおり、おもにネットの情報をもとに書いている。少しでもネットに還元したいということを編集部が理解してくれたからでもあった。
 当初は、「週刊アスキーのサイトがあるのでそこに載せましょう」ということで、掲載した原稿を担当の編集者に毎号アップしてもらっていた。原稿を公開するだけではなくて、取り上げた事件を年表化していくなどの工夫もあって、続いていればおもしろいものになっていたはずだ。
 10年以上前にこの連載を始めたころは、日本語のウェブの情報は充実しているとは言いがたかった。そのため海外のサイトを取り上げることが多かったが、かなり苦労して見つけてきた情報源も多く、それを保存してアクセスできるようにすれば役に立つ人もいるだろうと思った。実際、大学の授業などでも使われたりしたようだった。
 しかし、あるとき事件が起こった。編集部のサーバーが壊れてしまいデータが消えてしまったのだ。私も担当編集者も呆然とし、再度立ち上げる元気が起きず、そのままになってしまった。

●ブログをオープンしてみたけれど‥‥

 けれども、そうこうしているうちに、ブログという簡単に更新できるサイトが出てきた。時間を追って公開できるので、週刊誌の原稿を公開するのにも都合がいい。
 ただ、ブログのこうした使い方は「邪道」だったかもしれない。
 公開し始めると違和感もあった。

 言うまでもないことだけど、この原稿は誌面で読むためのものだ。それにあった原稿を書いている。誌面では違和感がなくても、原稿用紙にして8枚は、ネットではかなり長い。おそらくネットでも毎回読んでくれている人はそのつもりで読んでいるのではないかと思うが、リンクや検索経由で初めて来た人のなかには「長すぎる!」と文句を言っていた人もいた。
 さらに雑誌の誌面では、前置きも何もなくいきなり本論を書くと、潤いのない原稿になってしまうことが多い。ところが、ネットでは誰しも先を急いでいる(つまりぱっと読んで、また他のサイトなどに飛んで次を読もうとしている)ので、まだるっこしく感じられる。
 一応プロの物書きの端くれなので、自分の原稿がよく見えない形でわざわざ公開するのはどんなものだろうという気がした。
 少し前に、ウェブというのはデータベースにほかならず、そこで公開するのはデータベースのデータを公開していることになると書いた。こうしたありようを意識し始めたことも、ネットで無料公開することへの違和感が募った。
 また、ポータルサイトなどから「ブログを紹介します」と言ってくれるのも、正直なところ「何だかなあ」という気がした。悪気があるわけではないどころか、紹介してくれる人にはもちろん感謝しなければならないことはわかっている。しかし、この原稿をお金を払って書かせてくれているのは週刊アスキーで、それらのポータルサイトは、金銭的な負担なしに、コンテンツを増やしている。
「ネットというのはそういうもの」と言ってしまえばそれまでなのだけど、そうやってタダで利用されるのが当たり前になっていけばもはや仕事は続けられない。それもまた確かで、「うーん」という気がしたわけだ。

●有料ブログが適している書き手もいるのでは?

 リンクによって相互に強く結ばれているウェブで情報を発信すれば、利用されながら利用し、相互に価値を高めていくということしかできないことはわかっている。ただ有料化してしまえば、問題のかなりの部分が消えてなくなるように思われた。
「料金の壁」を作ってしまえば、アクセスが減り、アクセス集めのためのコンテンツとしてほかの商用サイトが利用する役には立たなくなる。また、やってくる人は、料金を払うというそれなりに大きな決心をしてくることになるので、「ウェブというデータベースのデータ」といった感じではなくなるはずだ。できるだけ早くほかのページに行きたいといった感じでもなくなるだろう。
 週刊アスキーのための原稿なのでできるだけ誌面で読んでもらいたいけれど、ただそうやって使った原稿を自分のコンピューターのなかだけに入れておいても仕方がないので、あとになって読みたい人は「料金の壁」を超えて来てください、というほうが自然な気がする。
 もちろんこうした理屈は私の場合に言えることで、できるだけ多くの人に出会いたいと思ってブログを書いていれば話は違うだろう。また、「データベースのたんなるデータ」はイヤだ、といったことを思ったこともなければ「何のことやら」という気がするはずだ。しかし、数は少ないかもしれないけれど、有料ブログのほうが都合がいい人はやはりいるのではないか。
 たとえば、あちこちのメディアで原稿を書いている人が、こういう形なら書きためた原稿をネットで公開しようとするかもしれない。ネットで公開されなければアクセスしようがないが、料金の壁があっても、ネット上にあれば読むことができる。また、有料ブログのような形で原稿を書きためていって本にするプロの作家も出てくるだろう。
 いろいろな可能性が開けるのだとしたら、実験してみる価値があるのではないかと思うのだが、どうだろう。

afterword
 原稿の内容が挑発的だったりネット世論に反するときもあり、そのままネットで公開するとヤバイかなと思ったことも何度かある。それでも公開したので炎上まがいのことも起きたが、ネットがどういうメディアであるかを理解させくれたという意味では興味深かった。そういうことが起こりにくくなるというのは少し淋しい気もする。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.585)


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コメント

パトロン制度という方法もあるのでは?

例えば・・

ネット利用者が年額1万円を自分の好きなライターに送金する。書かれた記事は無料で公開される。

1万円は、百円単位で小分けにして別のライターに送ることができる。10万人から100円を送金されるライターは、1000万円の稼ぎとなる。

戦争が勃発したとき、無名記者が取材の為の拠出金を募集し、彼を派遣することに賛同する人々が百円、500円といった小金をネットから送金する。というような使い方もできる。

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