「ネット失望の時代」がやってきた
「ウェブは進化し、社会の発展をうながす」というのは誤りか?
時代の歯車がまたひとつ回った、ということなのか、
楽天的なウェブ観が消えようとしている。
●ウェブは貧乏人とヒマ人の集まり?
ネットの潮流が変わってきた。
90年代のネットは、ひと言で言えば「解放区」だった。会社などでは上司がネットのことをよくわからず、若い社員が好き勝手にやれる解放区だった。
ネット・ベンチャーの隆盛もこうした流れの延長にあった。ネット・ベンチャーたちは、長髪や金髪で背広やネクタイもつけず、どこでも遠慮会釈なく入っていった。これからの時代はこういったものだと自信満々で、パソコンを駆使してプレゼンし、頭の固い人々を煙に巻き、「時代に遅れてはならない」という「大人たち」の不安感を逆手にとってビジネスを拡大していった。
こうした流れの象徴がライブドアだった。
世の中は「失われた時代」が続き景気は悪かったが、硬直した世の中をぶち壊す可能性がネットにはあった。就職に行き詰まった学生なども、現実に可能かどうかはともかく、「ネットで一旗あげる」希望が残されていた。六本木ヒルズは、そうした「夢のお城」でもあった。
しかし、こうした「ネット・ベンチャーの時代」は、05年暮れのライブドア事件によって粉砕されてしまった。もちろんこれからもネット・ベンチャーは次々と現われはするだろうが、もうかつてのような熱い思いをこめて見られることはないかもしれない。
かわって訪れたのは、ネットの時代史という側面から見れば、「失望の時代」のようだ。
過剰なまでの期待を持って見られていたネット・ベンチャーの時代が過ぎ去ったということだけではなくて、「ウェブは貧乏人とヒマ人の集まりだ」という苦い認識を持った失望の時代が始まった。
●「IT小作農」の失望
『ウェブはバカと暇人のもの』という本は、思いのほか読まれているようだ。私も、本の広告を見て一応買ったものの、まったく期待していなかった。しかし、電車の中で読み始めたら、意外におもしろかった。
現役のニュースサイトの編集者によるこの本は、ウェブに対する失望に満ち満ちている。
「ニュースサイトの編集者」というと格好よさげだが、「毎日ドロドロとしたネットユーザーの正直なホンネと向かい合ってページビュー稼ぎに奔走せざるをえない『IT小作農』」というのが著者の自己認識だ。「ネットニュースの編集者は正直キツい仕事である。制作費は雑誌より少ないにもかかわらず、リスクは高い」。なぜなら「雑誌は次の号が出れば市場からは消え、その話題はなかったことにされる。関係者から見つかり、クレームを受ける可能性がより高いのはネット」だからだ。
これは、ネットにかかわる仕事をしている誰しもが実感することだ。ほんとうにアンダーグラウンドな内容はネットではなく、印刷物に書かれるようになるだろう。
この本の著者によれば、ネットは放課後の教室や居酒屋のような「暇つぶしの場であり、人々が自由に雑談をする場所」で、「日々事件が起こっては、それに対し徹底的に調べる人がいて、次のネタを血眼で探し、それを消費して飽きたら次のネタを探す。そういった意味で、ネット社会はものすごいスピードで動いている。だが、これは何も生み出さない。暇つぶしの材料を与えるだけである」。
ネットで熱心に書きこんでいるのも次のような人ではないかと推測する。
「揚げ足取りが大好きで、怒りっぽく、自分と関係ないくせに妙に品行方正で、クレーマー気質、思考停止の脊髄反射ばかりで、異論を認めたがらない……と、実にさまざまな特徴があるが、決定的な特徴は『暇人である』ということだ。書き込み内容や時刻から類推するに、無職やニート、フリーター、学生、専業主婦が多いと推測できる」。
「『Web2・0』とやらはあくまでも頭の良い人のための概念であると結論づけ」「もうそろそろ『進化』を煽るのはストップしないか?」と呼びかけるこの本は、「ネット失望の時代」の感情をたくみに突いている。
「みんなの意見は案外正しい」などという発想に象徴されるように、みんながネットで情報発信すればハッピーな世の中が来ると思われた。ウェブがもたらす情報共有によって人間は進化するといった「幻想」が広く浸透したが、そうした気分は、たしかにこのところ急速に失われ出している。
少し前までは、ネット批判を書くのは、学者などネット外部の人間が中心だった。このところ、ネットに大なり小なり希望を抱きかかわっていたような人たちがネット批判を始めている(下の梅田望夫氏のインタヴューなどもそのひとつだ)。
みんなが情報発信すれば、いろいろな問題は生じるだろうけれど、基本的にはいいことで、ウェブによって世の中はどんどんよくなっていくと信じられていた。そうした純真無垢な進歩思想の時代はどうやら去り始めた。
●利用し利用されるネット・ユーザー
誰でも情報発信できることがいいことだとは、いまでも私は思っている。しかし、何かちょっと違うなと思い始めたのは、「ウェブはバカと暇人のもの」と思ったからではなくて、CGMという言葉を見たときだった。
コンシューマー・ジェネレイテッド・メディア。
ウェブには消費者が生んだメディアが次々と現われていると、個人の情報発信を利用するビジネスモデルがもてはやされた。私もとりあえずこの言葉を原稿などでは使ったが、どこか抵抗を感じていた。
CGMは、「誰もが情報発信者」の新奇さを、マーケティング分野の人がわかりやすく表現するには適当な言葉だっただろう。けれども、商品を買う人々が情報を発信しているという発想は、情報発信者を、消費者、つまり商品やサービスを売りつける対象と見なしている。利用者が消費者でもあることは確かだが、わざわざそう言うことによって、情報発信を市場経済のなかに位置づけ、最終的には情報発信を商業的に利用してやろうという下心が透けて見えるように思われた。
情報をお金に換えるというのが市場経済的な発想だとすれば、情報共有という無償の行為は、市場経済の発想には馴染まない。しかし、プログラマーたちが築き上げたコンピュータ文化に「普通の人々」が大量に入りこむことによって、ふつうの市場経済の発想が浸透し始めるのは仕方がないことだったのかもしれない。
こうしてネットの情報発信は、市場経済のなかで利用し利用されるものになっていった。もはや以前のような素朴な情報共有はありえず、多くの人が発信した情報は、まわりまわって「誰か」が労せずして儲ける仕組みになっている。ウェブは、社会全体の知的レベルを向上させる革命的な道具とばかりはいえず、市場経済のなかに位置づけられる娯楽ツールの側面が強くなってきた。
私にとっての「ネット失望の時代」はこうしてやってきた。前回までに書いてきたように、私が自分のブログを有料化しようと思ったのは、そうしたこともある。
●「ネット失望の時代」を端的に語っているインタヴュー「日本のWebは『残念』 梅田望夫さんに聞く」(http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0906/01/news045.html)。ウェブについてポジディヴな立場をとってきた梅田氏が、日本のウェブに対する失望を語っている。
●中川淳一郎『ウェブはバカと暇人のもの』 (光文社新書)
afterword
梅田氏は上のインタヴューで、最先端・最高峰の人々がウェブを使ってさらなる高みに上がっていく英語圏のウェブのようなことが日本のウェブでは起こらなかったと語っている。知的ツールとして不十分なものになっているということなのだろう。そういう意味では、「失望の時代」は来るべくして来たのかもしれない。
(週刊アスキー「仮想報道」Vol.586)
追記
「ネット失望の時代」を語る人や本は多い。
たとえば、私がこれまで取り上げただけでも次のようなものがある。
- 坂本龍一氏のインタビューをとりあげた「君たちのためじゃないよ」~ウェブ歴15年の創作活動)
- 切り込み隊長の本をとりあげた「無料経済はバラ色か?」
- ウェブ2・0批判の本『グーグルとウィキペディアとYouTubeに未来はあるのか?』を取り上げた「そうしてすべてはデータベースの項目(データ)になった 」
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つまり、「オープンなネットへの幻想」というものから、そろそろ醒めてきたということじゃなかろうか。
「やっぱりネットであろうと、ニンゲンを無作為に集めればヘンなのが雑じって荒れる」という、残念だけど当たり前の結果になったよね、と。
繁華街のど真ん中で、知的で生産的な議論が行えると思う人はいないだろう。
なのに、不特定多数が集まるネットで、どうしてそれができると思っちゃったんだろうね。
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