無料経済はバラ色か?
「ロングテール」を流行らせた米誌編集長が、「無料経済」の本を書こうとしている。
しかし、何でも無料というのは無理だという声も上がり始めた。
●「ロングテール」の次は「フリー」
「ロングテール」は、IT流行語大賞とでもいったものがあれば受賞しただろう。提唱したのは米ワイアード誌編集長のクリス・アンダーソンだが、彼はいま『フリー』という本を書いているらしい。アマゾンなどでも、今年6月から7月にかけて刊行されると、事前予約登録を受けつけている。
フリーペーパーにフリーマガジン、ネットでもフリーのソフトがダウンロードできるし、最近は、グーグルが、ワープロや表計算、プレゼンソフトまでネットで無料提供している。ロングテールで一世を風靡したアンダーソンが、次はこうした無料経済について分析するというわけだ。
その予告ということか、アンダーソンは、昨年2月の米ワイアード誌に「フリー! なぜ0・00ドルが未来のビジネスなのか」と題してエッセイを発表している。最終的に刊行される本がどんなものになるかはわからないけれど、その内容の一端は、このエッセイでうかがえる。どんなことを考えているのか、一足早く覗いてみることにしよう。
●「ただのランチはない」か?
デジタル経済は伝統的な経済をひっくり返す。経済学者のミルトン・フリードマンは、「ただのランチはない」と繰り返し言ったけれど、彼はふたつの意味で間違っているという。
ただのランチを食べるとあとでツケを払わなければならないかといえば、かならずしもそうではない。ほかの人が勘定を払ってくれることもある。広告がついて無料などというのはまさにそのパターンだ。「ランチ」を手に入れた本人ではなく、広告主が払ってくれている。
またデジタルの領域では、情報経済の主要な原料である記憶容量、情報処理能力、伝送容量が劇的に安くなっている。希少なために伝統的な経済で生じる生産コストと流通コストがすさまじい勢いでゼロに近づいている。「レストランで、ランチのための食料と労働コストが突然タダになったようなものだ」とアンダーソンは言う。
現代社会では、お金だけが希少というわけではない。
時間や尊敬といったものも希少だ。アテンション・エコノミーとかレピュテーション・エコノミーというと漠然として聞こえるが、ネットでは、尊敬や評判といったものも数値化できるようになってきた。
たとえばグーグルは、ほかのサイトからのリンクが多いウェブページを検索結果の上位に表示する。そういうサイトはアクセスが増え、広告収入を得られるようになる。つまり、他のサイトから尊敬され、評判がよく、注意を惹きつけられるサイトは、お金を得られる。こういう仕組みになって、尊敬や評判は経済学的に計測不可能なものではなくなってきた。
尊敬や評判をお金に換えているグーグルは、この新しい経済世界において、いわば中央銀行の役割をになっているという。
●「ネット保守反動派」の台頭
クリス・アンダーソンが書くこのような無料経済がはたして成り立つのかどうか。「グーグル経済」とでもいったものが浸透し始めたいま、興味深いテーマになってきた。
最近読んだ本の中では、「切り込み隊長」の名前で長文の人気ブログを書き続けている山本一郎氏の『情報革命バブルの崩壊』が、こうした主張に真っ向から対立する論を展開している。
この本の章見出しには、「『無料文化』を支える過剰期待というバブル」とか「本当に、新聞はネットに読者を奪われたのか?――ネット広告の媒体価値の実像が見えてきた」、あるいは「ネット空間はいつから貧民の楽園になってしまったのか」など挑発的な言葉が並んでいる。ネットで情報を送るのはタダだと、グーグルをはじめとするネット企業はネットを利用し、利用者も無料経済を享受してきた。しかし、いつまでもそんなことが続くはずはない。ネット広告と言ったって、グーグルなどわずかな例外を除けばたいしたお金にはならない。広告だけでいつまでもやっていけるはずはないという主張だ。
「そろそろネット業界は虚業や博打(ばくち)経済の具になっている企業をきちんと追放(パージ)していかなければならない局面に差し掛かっている」。全体にブログのノリで本を作ったのではないかというような荒っぽい文章でこう提言している。
山本一郎氏も、ネット企業への投資をしてきたネットのいわばインサイダーだが、少し前に取り上げたウェブ2・0批判の本『グーグルとウィキペディアとYouTubeに未来はあるのか?』も、ネット・ビジネス・インサイダーが書いた本だった。こうした人々がいまのネットのありようを猛然と批判し始めたというのが、このところのネットをめぐる状況のようだ。
クリス・アンダーソンのように、現在のネットを肯定する立場の人を「進歩派」とすれば、こうした批判者たちはいわばネットの裏切り者、「保守反動」ということになるかもしれない。
切り込み隊長は少々のことでは議論に負けないだろうが、アメリカのウェブ2・0批判本の著者は、「進歩派」からそうとうにたたかれたらしい。
●値段を決めるのは消費者・利用者
さて、このように対立するふたつの主張を紹介したので、私自身がどう考えているかも書いておかないとフェアではないかもしれない。
無料経済などというものがほんとうに成り立つのか、まやかしではないかという疑問はたしかによくわかる。
ウェブ2・0と称してコンテンツを自分で作らず、流通させているだけのネット企業がかぎりなく虚業に近いという主張はその通りだと思うが、コンテンツ産業が虚業であるはずのネット企業(たとえばグーグル)に負けつつあるというのが現実だ。
ネット企業のなかでも、無料ではやっていけないと思っている会社は多い。一部の企業がひとり勝ちの状態になりつつあるし、今後ますますそうなるだろう。そうした流れを押し返せないでいるネット企業が「こんなことが続くはずはない」と思う気持ちはわかるし、現実に続かなくなるネット企業も続出するだろう。
しかし、テレビや新聞のような従来のコンテンツ産業が生き残りやすくなり、ヤフーやグーグルが困る規制を敷きでもしないかぎり、こうした流れは変わらないのではないか。
なぜならば、流れを決めるのは、企業ではなくて、一般ユーザーだからだ。一般ユーザーが「有料ならばいらない」と思ってしまえば、いくらコンテンツ産業が「それではやっていけない」と悲鳴をあげてもどうにもならない。到来した「ネット社会」というのは、そうしたかなり徹底した利用者主導・消費者主導のものだと思う。クリス・アンダーソンが言うようなバラ色の無料経済になるとは思わないが、「フリー」であることの魅力はきわめて大きいし、こうした流れは、「オープン化」を指向する世の中の流れにも合っている。
afterword
熱心な読者というわけではないので誤解しているところがあるかもしれないが、「切り込み隊長」に対して抱いてきた印象では、山本氏はこんどの本で批判しているようなネットで仕事をし、書き手としても認められてきたと思われるのに、突然それを切り捨てるような論を展開しているのは不可解に感じられた。
関連サイト
●米ワイアード誌編集長のクリス・アンダーソンによる昨年2月の同誌の記事「フリー! なぜ0・00ドルが未来のビジネスなのか(Free! Why $0.00 Is the Future of Business)」(http://www.wired.com/techbiz/it/magazine/16-03/ff_free?currentPage=all)。
●山本一郎『情報革命バブルの崩壊』(文春新書)。ひどい作りの本は読みたくないという人には勧めない。文芸春秋社がこんなにいい加減な本を作る出版社だとは思わなかった。ウソだと思う人は、読んでみればすぐにわかる。
追記
「進歩派」と「保守反動派」と書いたけれど、かならずしも進歩派がよくて、保守反動派が悪いわけではない。私にしても、ウェブ2・0批判の本『グーグルとウィキペディアとYouTubeに未来はあるのか?』の主張には納得している部分もあるし、最近とみにネットの「保守反動派」になりつつあるような気もしている。
上に書いたように、あくまでも、現在のネットを肯定する立場の人を「進歩派」とすれば、その批判者たちは「保守反動派」というにすぎない。
有料と無料の問題については、あと2,3回とりあげる予定。
(週刊アスキー「仮想報道」Vol.575)
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