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2009.03.16

グーグルの黒船がやってきて、日本語の壁が壊れ始めた

日本語の本が言葉の壁に守られ、グローバリズムの嵐とは無縁だった時代は過ぎ去ろうとしている。
グーグルという黒船がやってきて大砲をぶっ放した‥‥

●突然出されたグーグルの「公告」

  

 2月24日に、グーグルが新聞に公告を出した。かなり大きなスペースだったが、文字ばかりで、気がつかなかった人もいるだろう。冒頭に「法廷通知」とあって次のように書かれている。
 

「米国外にお住まいの方へ:本和解は米国外で出版された書籍の米国著作権の権利も包含しているため、貴殿にも影響することがあります。書籍または書籍中のその他の資料等の権利を有している場合には、適時に除外を行なわないかぎり、本和解に拘束されることになります。」
 

 日本の新聞に載せておいて「米国外にお住まいの方へ」というのはいかにも空々(そらぞら)しいが、米国外で同じ文章を一律翻訳して出したのだろう。日本の本がグローバルな世界に呑みこまれようとしていることを感じさせる。
 機械翻訳にでもかけたのではないかというぐらいの直訳調で、いきなり読んだ人は、何のことやらわからなかったかもしれない。しかし本欄の読者なら、数号前のあの件か、と思いあたったはずだ。
 ブック検索のために、グーグルは英米の大図書館の本をそっくり電子化し始めた。アメリカの出版社や著者が著作権侵害だと訴えていたが、その和解案がまとまった。出版社や著作権者が拒否しないかぎり、グーグルは絶版本を電子化しブック検索の対象にするとともに、全文閲覧の課金ビジネスを始められる。裁判所は、6月に公聴会を開いて和解案を認めるかどうかを決めるが、承認する方向のようだ。
 この法廷通知では、和解に異議があれば、5月5日までに書面を出せと書かれている。
 
●日本の本の電子データもグーグルが所有

 グーグルは、将来的には和解の恩恵を世界中に広めたいというものの、さしあたり有料閲覧を始めるのはアメリカだけで、和解もアメリカ国内だけに適用されると、和解案などには書かれていた。
 しかしこの公告によって、米国外で出版された本の扱いがはっきりした。ベルヌ条約に加入している国の住人はアメリカの著作権を所有していると考えられ、この和解の対象になるという。つまりアメリカ国外でさしあたり有料閲覧を始めないにしても、電子化する本はワールドワイドというわけだ。グーグルは、日本の本についても膨大な絶版本の電子データを作成し、所有することになるだろう。

 グーグルは、電子著作物の使用について用途ごとの許諾を登録するデータベースも作成する。運営は非営利団体が行なうことになっており、グーグルとこの団体が、実質的に世界の本の電子データの運命を決めるようなことになっていくのではないか。

 日本語の著作物は、良きにつけ悪しきにつけ言葉の壁に守られ、グローバリズムの嵐とは無縁だった。しかし、電子化された本はグローバル企業に所有され、言葉の壁を越えてグローバルに一括運用されていく。

●意外なほどあっさり受け入れられ始めたグーグルの和解案

 本の電子データがネットで検索・閲覧できるようになるのは基本的には私も大賛成だ。
 グーグルのブック検索に関してはすごいプロジェクトだと思ってきたし、いまでもそう思っている。
 しかし、法律をバックに、「われわれはこうします。文句のある人は、アメリカに文書を送ってください。期日までに文句を言ってこない場合は認めたものと見なします」というのだから、いきなり黒船でやってきて、「開国」を迫ったようなものだ。こんな調子でうまくいくとはちょっと思えなかった。

 しかし、新聞報道によれば、文芸家協会は、和解を受け入れるかどうか作家の意思表示を代行することを決め、事実上グーグルの申し出にそって対応することにしたようだ。
 日本の本の運命を決めるようなことになっていく可能性があるにもかかわらず、驚くほどスピーディーな反応だ。5月5日までにどうするか決めろと期限が切られているから、早急に対応せざるを得なかったのだろう。

 このところのグーグルは少しどうかしてしまったのではないかという気もしている。「グーグルの傲慢」というタイトルで前に書いたようなグーグルのマイマップやあるいはストリートビューの問題など、一般の人が気がつくところでも強引なやり方が目につくようになってきた。
「ふつうに話し合いなんかしていたら、いつまでも進まないでしょ」と言いたいグーグルの気持ちもわからないではないが、自分たちの論理をどんどん推し進めていくグーグルには不安も感じる。

●日本語が亡びるとき

 この公告が出たのとほぼ同じころ、アメリカではアマゾンの読書端末「キンドル」の新たなバージョンが発売された。日本でも数年前からソニーや旧・松下電器が読書端末を発売していたがうまく行かず、販売中止になっている。
 日本のはいずれもパソコン経由で電子書籍を読みこまなければならなかったが、キンドルは、携帯電話と同じく、無線接続で直接コンテンツを購入できる。また、ニューヨークタイムズのベストセラーリストのほとんどの本も含めてほぼ一律9・99ドルと紙の本に比べて格安の電子版が売られ、キンドルで読める。キンドルは新聞・雑誌・ブログなども読め、新しいバージョンでは1500冊の電子書籍を保存できる。

 このところ小説家の水村美苗氏の『日本語が亡びるとき』という本が話題になっている。インターネットという技術が最後の仕上げをするように追い打ちをかけ、人類は「英語の世紀」に入り、「叡智を求める人」は国語で書かれたものを読む気がしなくなる、というのだ。
 インターネットでは、英語だけではなく、たくさんの国の言葉が飛び交っている。しかし、この本に書かれているとおり、英語とほかの国の言葉は異なったレベルで通用している。英語は「普遍語」で、ほかの言葉はあくまでもローカルな「国語」である。ローカルな言葉を理解できる人は限られている。いくらネット上ではさまざまな言葉で情報発信されているといっても、広く情報を入手し、コミニケーションを交わせるのは「普遍語」である英語によってだ。だから「開国」しても、情報格差を根本的には超えることはできない。
 膨大な人が加わって激しい競争が繰り広げられ、英語の著作物のレベルは上がる土壌があるうえに、グーグルやアマゾンによって電子化された本が便利に利用できるようになれば、英語の本と日本語の本の格差はいよいよ広がっていく。

 日本で本の電子化が進まなければ、無料のネット情報や電子辞書などを除き、大半の本は、時間をかけてページをめくり、必要な情報を探し続けなければならない。となれば、情報の量や質、利便性において英語圏との情報格差は一段と開いていくにちがいない。
 情報格差の広がりを少しでも抑えるためには、日本語の本も、グーグルによる「グローバル運用」を受け入れていくしかないのだろうか。

afterword
キンドルのような読書端末は、ページを繰るさいに画面が暗くなり、少し時間をおかないと次のページが開かない。「キンドル2」は最初のバージョンより2割速くなったというが、この点が解消されないと、世界有数のうるさ型の消費者の日本では受け入れられないかもしれない。

関連サイト
●ブック検索訴訟の和解サイトにも新聞の「法廷通知」と同じ文章が掲載されている(http://www.googlebooksettlement.com/intl/ja/)。今年初めに見たときにはなかったと思うので、最近アップされたのだろう。
●米アマゾンのサイトの新たな読書端末「キンドル2」のページ(http://www.amazon.com/dp/B00154JDAI/ref=sa_menu_kdp23?pf_rd_p=328655101&pf_rd_s=left-nav-1&pf_rd_t=101&pf_rd_i=507846&pf_rd_m=ATVPDKIKX0DER&pf_rd_r=0DFTHJ91M6N0DK8V6X8K)。PR動画が載っている。
●水村美苗『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』 (筑摩書房)。上に書いたのは、この本の主張のいわば前半分で、結論は「日本語礼賛」である。この本とその反応については次回あらためて取りあげたい。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.573)

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