グーグルの新たなビジネス――グーグルは「広告会社」を脱皮する?
グーグルは、本の電子データ閲覧ビジネスに乗り出そうとしている。
こうした分野は、現在は注目度が低いが、
いずれかなりの規模の市場になるかもしれない。
●グーグルによって生まれる新たな電子データ市場
グーグルが、アメリカで膨大な絶版本データの有料閲覧サービスを始めるつもりだと前回書
いた。大図書館の蔵書をごっそり電子化し始めたグーグルに対し、米出版社協会などが著作権侵害だと訴えた訴訟の和解案で、そうしたことを明らかにしている。500万冊ほどの絶版本がすでに電子化されているとのことなので、6月に開かれる最終審理を経て和解案が裁判所に認められれば、アメリカでは、グーグ
ルのブック検索で続けて5ページまでは無料で表示され、それ以上は有料で閲覧できるようになる。
この取り決めの最大の問題点は、あまりにもよくできていることだ。争っている両者が譲り合い、たんに妥協点を見つけたというにとどまらず、テキストベースのデジタル・コンテンツの流通が1歩も2歩も前進する。そしてこの和解案は、誰もがハッピーになるように見える。
出版社は、絶版本を復活させてお金にできる。電子化そのものはグーグルがやってくれるし、閲覧されたくないとか、有料課金ではなくて広告収入を得ることで無料にしたいといった細かい要望を登録するデータベースもグーグルが作ってくれる。
有料閲覧の値段をいくらにすればいいかはけっこう難しいが、グーグルは利益が最大になるよう価格設定するプログラムを提供し、出版社が希望すれば値付けも行なうという。膨大なデータを使って最適値をはじき出すなどというのはいかにもグーグルが得意そうなことだ。
大学図書館などは一部無料、また契約すれば、企業などもオンラインで閲覧できる。本を購入するのに比べればずっとわずかな費用で、膨大な本のデータが閲覧できるようになる。
このように一見いいことずくめだ。しかし、あまりに素晴らしいので競争相手が生まれにくい。
前回書いたように、アマゾンやオープン・コンテンツ・アライアンスなども本を電子化し横断検索しようとしている。しかし、これらはいずれも著作権の切れた
本や出版社の事前許可を得られた本が対象で、図書館の本をごっそり電子化しているグーグルほど包括的ではない。和解が成立すれば、グーグルが圧倒的に有利
だ。書籍データの閲覧サービスにおけるグーグルの地位は、少々のことでは揺るがないものになるだろう。
絶版本データの閲覧ビジネスなど
というものは、いまはマイナーなものにしか思えないから、「グーグルがやりたいならば好きにすればいい」ぐらいのイメージかもしれないが、電子書籍の閲覧
が普通になってくれば、こうした領域はいまは考えられないぐらいの規模に発展する可能性がある。そもそも流通している本よりしていない本のほうがずっと多
いから、グーグルは絶版本を手始めに、書籍全般、さらには新聞・雑誌その他のコンテンツの電子データの閲覧や販売ビジネスにまで手を広げていくことも考え
られる。
現在のグーグルの収入はほとんど広告によるもので、収入源を広げることはグーグルの課題でもあった。電子書籍の有料閲覧はその糸口にもなりうる。
●グーグルの経営がうまくいかなくなったら、どうなる?
この和解案が発表されると、アメリカでも危惧の声があがった。
問題点はいろいろ指摘されているが、私が見るところで最大の問題は、グーグルの経営がうまくいかなくなったり、経営者が変わるなどして考えが変われば、電
子データがどうなってしまうかわからないことだ。人類の膨大な知的遺産が電子化され、簡単にアクセスできるようになったと言っても、永続するかどうかわか
らない。
「うまくいかなくなったときのことをいまから心配しても仕方がない」と思うかもしれないが、電子化した本のデータはグーグルのものだから、グーグルがなくなれば、元データごとどうなるかわからない。
ウェブ検索についてもグーグルはどんどん強大になっているが、ウェブサイトのオリジナル・データを持っているわけではない。グーグルがたとえなくなって
も、別な会社が検索サービスを提供するだけだ。ところが、ブック検索はそうはいかないのだ。蔵書をグーグルに電子化してもらう図書館もデータの複製はもら
えるものの、ほかの検索サービスなどに勝手に使うことはできない。
もちろん本そのものは図書館にあるが、電子化には莫大なコストがかか
り、参入障壁はきわめて高い。ロボットソフトがウェブ・サイトをまわって自動的にデータを集めてくるウェブ検索とは違う。金持ちのマイクロソフトでさえ
も、割に合わないと見てとって、やめてしまったぐらいだ。
本の電子データの閲覧が本格的に始まれば、アナログの本をあさって探すということは、いまよりもっとしなくなるだろう。そうなったときに、グーグルのデータが消えてしまうダメージはきわめて大きい。
●日本の電子本閲覧プロジェクト構想
そうした懸念がなくなるには、やはりいくつもの組織がこうした電子化を進める必要がある。
アメリカでは、先のような組織がやっているし、ヨーロッパではEUが、加盟27か国の図書館やミュージアムの本、映画、写真、絵画、音声、地図、新聞、マ
ニュスクリプトなどを電子化し、統一的に検索・アクセスできる「ヨーロピアナ」というウェブ・サイトを作っている。11月に200万点のアイテムを公開し
ているが、これはまだ第一歩に過ぎず、2010年までに1000万点に増やす目標だそうだ。セマンティック検索の開発など技術的な研究も進めている。
日本でも、国会図書館などが蔵書の電子化を進めているが、著作権の問題もあってなかなか進まない。しかし、国会図書館長の長尾真氏は、グーグルのブック・プロジェクトにも対抗できるような大胆なアイデアを個人の立場で提案している。
長く電子図書館の研究をしてきた情報工学の専門家、長尾氏のプランは、将来的にはかなりの出版物が電子的な形態になるとの前提に立ったものだ。出版社は図
書館に無料で電子本を提供し、館内で利用者は無料で閲覧でき、自宅などからも国会図書館の作成する全国総合目録データベースを検索して、手数料を払って本
文にアクセスできるようにする。アクセス手数料は出版社の収入になる。現在は、出版社は売り上げが見こめないので携帯電話向けのコミックなどを除いてなか
なか電子本を出さないが、図書館のネットワークを通して電子本市場ができあがる。図書館が積極的に関与して電子本を増やしていこうというアイデアだ。
図書館がそこまで出版ビジネスに荷担していいものかとか、言論の自由にかかわる出版物の流通に国や自治体が関与するのが望ましいかなど、反対意見はいくら
もあるだろう。しかし、何もしなければ、テキスト・ベースのデジタル・コンテンツの流通においてグーグルが圧倒的な地位を築く可能性が出てきたいま、この
ような電子本のビジネスモデルも真剣に検討されるべきではないか。
afterword
グーグルのブック・プロジェクトは、おもに絶版本が対象なので書店と競合するわけではないが、古本屋はちょっと困ったことになるかもしれない。もっとも、紙の本を読みたいという需要はさしあたり根強いから、古本屋業がただちに成り立たなくなるというわけでもないだろう。
関連サイト
●米作家協会の和解についての解説ページ(http://www.authorsguild.org/advocacy/articles/settlement-resources.html)。和解案は、320ページにもおよぶ長大なものだ。
●昨年11月にEUの欧州委員会が立ち上げた図書館やミュージアムの電子データ・ポータルサイト「ヨーロピアナ」(http://www.europeana.eu/)。カタログページが表示され、コンテンツそのものは各館のサイトで見るようになっている。キーワード検索のほか、時間軸でアクセスもできる。オープン当初アクセスが殺到し、ダウンしてしまった。
(週刊アスキー「仮想報道」Vol.567)
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