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2009.01.09

ウェブが街なかに出て行くとき

ネット端末を置けばそこにウェブ情報を表示できるし、
顔認識技術を使えば、どんな人が通ったかもわかる。
こうした技術が組み合わさって、近未来に何が起こるのか?

●普及し始めたデジタル・サイネージ 

 ウェブが街なかに進出するとどんなことが起こるのか。
 湯川鶴章氏の『次世代マーケティングプラットフォーム』では、そうした近未来を予感させる動きが報告されている。
 デジタル・サイネージと呼ばれる広告ビジネスが注目されている。デジタル・サイネージというのは書きかえ可能なデジタル看板のことで、アメリカでは小売店やバー、レストランなどに設置され始めている。
 電子看板そのものは、日本でも珍しいものではない。もっともふつうに目にするのは、駅や空港の発着案内だろう。古い便の案内が順次消えていき、時々刻々更新されていく。駅や空港のいたるところにある発着案内すべてを手動で変えようとすればとてつもない手間だが、瞬時にいっせいに変わるのはいまや当たり前のことになっている。
 こうした装置はいったいいつごろから登場したのだろう。記憶をたどってみても、どうもはっきりしない。そこそこ長生きしているので、私の子どものころにはなかったはずだが、ずっと前からあったような気がするから、不思議なものだ。

 最近では、電車の車内にもニュースや広告を表示するディスプレイが設置されている。電気信号を送ればいっせいに内容を変えられるこうした電子看板の利用価値は大きい。飲食店チェーンなどに設置しておけば、昼と夜でいっせいにメニューを変えられる。また、イベント会場などでは、何台設置していても、予定変更を瞬時に反映できる。

 私がこうした装置の可能性に気づいたのは、10年ほど前にEインクというアメリカの会社が、電子ペーパーを使ったポスターをデパートの天井からつり下げたときだった。客の反応を見ながら表示をいっせいに変えられるなどと説明されていた。客の年齢層や性別に応じたキャッチコピーにすることができるし、客の反応が悪ければ「特価20パーセント引き」などとすることもできる。
 Eインクは、「21世紀のサンドイッチマンが登場する」といったことも言っていた。「21世紀のサンドイッチマン」は、ふつうの板看板を持ってただ歩くのではなくて、電子ペーパーを使った看板とコントローラーを持ち、通行人の様子を見て表示を変える。ヤフーの看板などを持って、サンフランシスコやニューヨークの街を「21世紀のサンドイッチマン」が歩いたりもしたらしい。
 それから10年経ち、人手をかけなくても、表示を変えられるようになった。湯川氏の本の中では、デジタルサイネージの上にカメラをつけて、年齢・性別をリアルタイムに判別するイスラエルの会社のシステムが紹介されている。顔の認識技術はずいぶん進歩したから、デジタル看板を覗きこんでいる人の年齢や性別を認識し、広告内容を自動的に変えることもいまや可能だ。

 広告主などの提供側から一方的に情報を流すだけでなく、ウェブ画面であれば、当然ながら、通行人などのほうから働きかけることもできる。広告を見て、タッチパネルで操作したりケータイで受信して詳しい情報を取り出し、購入したりもできる。10年前のEインクの電子ポスターは、客の手の届かないデパートの天井で舞っていたが、10年たって、消費者が応答もできる双方向的な広告装置に変わり始めている。

●最後のマスメディア

 さて、このように街なかのいたるところに置かれるネットワーク端末が広告表示媒体になったとき驚くべきことが起こるというのが、このデジタルサイネージの持つ衝撃的な意味である。
 何が起こるかというと、このような表示媒体は、「最後のマスメディア」になるというのだ。
 テレビも視聴率が落ち、新聞も購読者が減っている。従来のマスメディアがリトルメディア化し始めている。その一方、ウォルマートなどの大手小売りチェーンにこうした装置を設置し、いっせいに情報を流せば、ちょっとしたマスメディアなみの情報媒体になる。湯川氏の本では、6500の店舗に22万5000台の端末を設置している小売りチェーンでは、すべての店舗を合計すると4週間で2億5000万人が来店しデジタルサイネージを目にしている計算になると書かれている。
 さらにいくつかの小売りチェーンを横断してメーカーなどが広告を流せば、あっという間にテレビを上まわる数の消費者に情報を流せる媒体になる。しかも、商品を実際に置き売っている店で情報を流すわけだから、その広告効果はテレビの比ではない。最後のマスメディアにして強力な広告媒体になる。
 商品を売っている店ばかりでなく、バーなどでも、端末を設置した店が広告収入の分配を受けられるようにして事業の拡大が図られているという。
 街なかに設置した端末に情報を流すこうしたやり方は、ウェブの短所も補う。ウェブの情報は、基本的にクリックしないと見てもらえない。ところが、街なかのカメラ付きディスプレイでは、街を行く人びとに応じた情報を流すことができる。レジに並んでいたり、電車の中などではやることがないから、こうした場所では見てもらえる可能性が高い。
 またテレビでは、いっせいに電波を降らせるので、テレビをつけていなければ見てもらえないが、ウェブ情報は蓄積されているから、客層に応じた情報内容をいつでも取り出して表示できる。さらに携帯電話を使えば、その人の好みにターゲットを絞りこんだ情報を表示することも可能だ。

●世界中が広告媒体に

「ウェブが街なかに出ていこうとしている」といったことを私が最初に強く思ったのは、05年にグーグルが店舗情報と組み合わせた地図検索を始めたときだった。グーグルは、自分たちの仕事の使命は「世界の情報を組織化し、広くアクセスし利用できるようにすること」だと説明しているが、地理情報検索にはそうしたことが感じられた。グーグルは、リアルな空間とウェブ情報を結びつけることで広告ビジネスが飛躍的に伸びるとも思ったはずで、デジタルサイネージもその延長上にあるものだろう。
 実際にグーグルは、デジタルサイネージの特許も申請している。グーグルはテレビ広告の配信をすでに始めているし、傘下には、ユーチューブという巨大な動画アーカイヴもある。これらを使うことも当然考えているはずだ。グーグルは、この特許のなかで、小売店側が表示する広告を選ぶ仕組みを提案している。
 グーグルは、他のサイトにも検索機能を提供し、また各サイトのコンテンツに応じた広告を表示するといったやり方で、ウェブ中を自分たちの広告媒体にした。ウェブが街なかに出ていけば、「ウェブ中」どころか、「世界中」に広告を出せる。
 ウェブで広告が溢れるようになってうんざりしている人にとっては、自分をまるで待っていて何に興味があるかまで知っているかのように現われる広告にますますゲンナリし、外を歩く気もしなくなってしまうかもしれないが、そんな未来が来るのはもうそう先のことではないだろう。

afterword
デジタルサイネージはとりあえずは「広告媒体」なのだろうが、この装置を通して商品を販売できるのであれば、ショッピング・ウィンドゥとも言える。街なかにウェブ広告が出ていくというのは、企業にとっては、ディスプレイがあるところがショッピング・ウィンドゥになるわけで、世界中に簡単にサイバー支店を出せるということでもある。

関連サイト
●湯川鶴章著『次世代マーケティングプラットフォーム 広告とマスメディアの地位を奪うもの』(ソフトバンク クリエイティブ)。今後、広告は、いかに表現するかといったクリエイティヴな面よりもテクノロジーが重要になっていくと予言している。
●2006年12月21日付で出されているデジタルサイネージについてのグーグルの特許申請書‘Allocating advertising space in a network of displays’(http://appft1.uspto.gov/netacgi/nph-Parser?Sect1=PTO2&Sect2=HITOFF&u=%2Fnetahtml%2FPTO%2Fsearch-adv.html&r=1&p=1&f=G&l=50&d=PG01&S1=20060287913.PGNR.&OS=dn/20060287913&RS=DN/20060287913)。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.564)

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