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2008.11.17

「拷問が普通」になったアメリカ

米人気ドラマ「24」は2話に1回行なわれる拷問に
軍やFBIの取り調べ官からも批判が寄せられた。
このドラマの第2の主人公は「拷問」かもしれない。

●オバマと混同された「24」の黒人大統領 

 アメリカの人気ドラマ「24」の決断力に富んだ黒人大統領の登場がオバマの支援になったのではないかと前回書いた。こうしたことはアメリカのメディアでも言われている。
 黒人大統領デイビッド・パーマーを演じたデニス・ヘイスバート自身も、オバマ支持を明確にしているばかりか、レストランに行くと、「あなたに投票するよ」と真顔で言われてびっくりしたなどと、インタビューで答えている。

 とはいえ、「24」がオバマの味方をしたという批判がメディアで出ているわけではない。
 パーマーが大統領になったのは02年の「シーズン2」で、そのときには、オバマが大統領候補になるなどと思っている人は誰もいなかった。彼が注目されるようになったのは、04年の民主党大会での演説からだ。
  おまけに「24」は、ブッシュ政権の強硬な対テロ政策を支援するドラマと見られてきた。制作したフォックスは、イラク戦争報道のあいだ画面の片隅に星条旗 をはためかせ、中立的な報道をしていないと批判されながらも視聴率を獲得してきたテレビ局だ。そして、国のためなら法を無視して残虐な拷問をする主人公 ジャック・バウアーは、イラクのアブグレイブ刑務所やキューバのグァンタナモ基地での虐待を正当化するものと見られた。

●「24」の拷問がアメリカの評価を落としている?

 「ペアレンツ・テレビジョン・カウンシル」の調べでは、アメリカのテレビに登場する拷問シーンは、96年から01年までの6年のあいだに102シーンだっ たのが、02年から05年までの4年で624シーンになったという。年平均で10倍になったわけだ。「24」には最初の5シリーズで67の拷問シーンが あったそうで、テレビ番組のトップ。計120話中67回、つまり2話に1回以上、拷問をしたことになる。
 また、このテレビ監視組織は、かつては拷問をするのが悪役だったのに、いまはヒーローがやっていることも問題視している。
 「24」はまさしく主人公のバウアーが拷問をしている。指を折るとか刃物で突き刺すなどといった古典的な方法から、さまざまな電器器具を使ったり、ひど い痛みが走る薬物注射をしたりとアイデアが駆使され、タフなわれらの主人公バウアーは、「テロ攻撃が迫っているので何でもあり」とばかりにためらいもなく 拷問をする。見ている我々もいつのまにかその行為を応援している。

 こうした拷問シーンのオンパレードに対しては、人権団体ばかりか、軍やFBIの幹部までが制作者たちに抗議に来たそうだ。安全保障のためには法律を無視していいという「24」のメッセージはきわめて危険で有害であり、アメリカの国際的な評判を落とすというのだ。
 昨年2月の「ニューヨーカー」誌が06年11月の彼らの訪問のようすを詳しく伝えている。

 抗議に来たうちの一人はイラクで取り調べをした軍人で、「24」を見てそのまま取り調べのブースに行き、見たとおりのことをやろうとする兵士もいたと証 言している。通訳に拷問されているかのように悲鳴をあげさせ、それをほかの収容者に聞かせて怯えさせ、情報を引き出そうとした。直接に肉体的苦痛を与えた わけではないにしても、これは心理的な拷問にあたり許されないと言っている。
  この日やってきた陸軍士官学校の教官を務めている准将は、拷問に寛大になってしまったのは「24」のせいだとまで言っている。「24」のような人気ドラマ のDVDは戦地のアメリカ兵のあいだでも人気があるそうで、「国のため」と法を無視して命がけで戦うバウアーを見て、自分もその気になってしまうというの はきわめてありそうなことだ。末端の兵士ばかりでなく、いまや幹部候補生にも「法律を守るべき」と納得させるのがむずかしくなっていて、それは「24」の 影響だと非難している。

 実際の取り調べ現場では、熱狂的なイスラム原理主義のテロリストに拷問をしても効果がないという。
 1万2千人もの取り調べをやったというFBIの専門家は、彼らは殉教者になりたいと固い決意を持って行動しているので、痛めつけられるのをむしろ歓迎し 望んでさえおり、おまけに「24」のようにもう少し我慢すると目的のテロが起こることを知っているとなれば、なおさら白状したりはしない、たとえ情報を漏 らしたとしてもそれは信用できないと言っている。
 現場の人間はこうしたことを体験的に知っている。
 理解していないのは政府で、ブッシュは、テロ容疑者に「強い手段」を使えるようにすべきだと言ったが、それは現場を知らない人間の発想ということになるらしい。

●新シリーズの隠れた主人公は「拷問」?

 彼らの抗議は制作者たちに受け入れられなかったようだとニューヨーカー誌は書いているが、その後の展開を見ると、そうではなかったことになる。

 昨年前半にアメリカで放送されたシーズン6は視聴率が芳しくなく、制作者たちに衝撃が走った。
 展開がマンネリ化したことも理由のひとつだが、世論が変わってブッシュの支持が落ち、史上最悪の大統領とまで見られるようになり、収容者たちへの虐待も恥ずべきことだという意識が広がった。バウアーの拷問についても批判的な見方が強くなった。
  来年1月にアメリカで放送されるシーズン7は、脚本家組合のストのためということで1年先延ばしにされてきたが、その背景には、軌道修正が必要になって脚 本づくりが難航したこともあるようだ(さらに、これは私の推測だが、大統領選への影響に対する危惧もあったのではないか。少なくとも、特別編の放送を11 月23日と選挙後に設定したのは選挙への影響を考えてのことではないか)。

 脚本家たちが当初考えたシーズン7の案では、バウアーが罪の意識にかられて、アフリカで贖罪の日々を過ごすという大胆なものだったらしい。しかしこれは フォックスの幹部が受け入れなかった。いままでの話の流れとあまりに違いすぎるというわけだ。バウアーがアフリカにいるという設定はそのままで、その地か ら米議会に呼び出され、法律に反した行動をとったと糾弾される。しかしバウアーが、自分の行動は正当だったとあくまで主張するストーリーになったと、今年 2月2日のウォールストリートジャーナル紙は伝えている。

 いずれにしても「24」の路線は微妙に変わり始めているのだろう。このような変化があったせいかどうかはわからないが、強力な共和党支持者である 「24」のプロデューサー、ジョエル・サーノウは、シーズン7制作の途中で降りてしまった。世論が変わり、もはや自分の出る幕ではないと思ったのかもしれ ない。

 取り調べの専門家たちは、異常者でないかぎり、拷問をした人間も心理的なダメージをうけると言っている。バウアー役のサザーランドはさしあたりシーズン 8まで契約しているが、拷問に対する批判がいよいよ高まれば、最後の最後でバウアーが発狂してしまうなどということもありえなくはないのかもしれない。

afterword
 アメリカで来年1月に放映される「シーズン7」では女性大統領が登場する。予告編を見ると、幼稚園の園長先生役にぴったりといった感じの太ったおばさんで、ヒラリーやペイリンとは似ていない。しかし、こんどは女性大統領の誕生に貢献することになるだろうか。

関連サイト
●「24」の拷問シーンなどに対する非難を詳しくレポートしている昨年2月のニューヨーカーの記事「Whatever It Takes」(http://www.newyorker.com/reporting/2007/02/19/070219fa_fact_mayer)。 「マイアミ・バイス」の脚本や「ニキータ」のディレクションなどもしてきた「24」のプロデューサー、ジョエル・サーノウについても焦点を当てている。 トップページの写真がサーノウ。黒いサングラスをかけて葉巻きをくわえているのは演出だろうが、「いかにもハリウッドのプロデューサー」といった雰囲気が 漂っていて、「24」ファンは一見の価値があるかも。
●シーズン7やアメリカで11月23日に放送される2時間枠の特別編の予告などが見れるサイト(http://24fans.net/)。
●アメリカで来年放送されるシーズン7の制作過程をめぐる顛末は、ウォールストリートジャーナルの今年2月2日の記事「Reinventing '24'」が詳しい(http://online.wsj.com/public/article/SB120189888101136151-Z18jWjAG0AjlJLrgenFgng5SJ_U_20090201.html?mod=rss_free)。なぜこの経済紙がかくも詳しく書くのかと思うが、同紙は、フォックス同様マードックの傘下にあり、一般紙入りをねらっていると言われている。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.556)


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