ニューヨークタイムズは生き延びられるのか
ジャーナリズムの最高峰と多くの人が賞賛してきたニューヨークタイムズは、
急速な収入減に見舞われ、いずれ資金がショートしかねない情勢になってきた。
●ニューヨークタイムズが「投機的」の格付けに
10月23日のニューヨークタイムズの決算発表では、CEOのジャネット・ロビンソンが、新聞の広告収入の持続的な低落はもはや免れがたいことを
認めた。ジャーナリズムの最高峰と多くの人が賞賛してきたこの新聞の前途が暗澹たるものであることを感じさせるショッキングなものだった。
第3
四半期の収入は9パーセント減。前年の7億5400万ドルが6億8700万ドルに落ちた。営業利益も2800万ドルが1000万ドルへと65パーセント
減。S&Pによるニューヨークタイムズの投資格付けは3段階さがって「BBマイナス」になり、「投機的」とされるレベルになった。格付けが落ちたことで株
価も低落し、04年の高値の5分の1になった。借金をするにしても、高利で借りなければならない。
ニューヨークタイムズが保有しているキャッ
シュは4600万ドルなのに対し、負債は11億ドル。CEOも負債の圧縮に努めると言い、配当の見直しに言及した。58パーセントの所有権がある自社ビル
や傘下のボストン・グローブの売却などを模索するのではないかと見られている。
印刷版の広告の売り上げの落ちこみが大きく16パーセント減。と
くに大きく減少したのは「クラシファイド」と呼ばれる不動産や求人の小さな広告だ。前年同期から29パーセントも落ちている。クラシファイドは広告収入全
体の3割弱を占めており、アメリカの新聞広告の屋台骨のひとつである。
ウェブが普及し始めてまもない94年ごろ、経営コンサルタント会社のマッ
キンゼーが、「ウェブに進出しなければクラシファイドを小さな広告会社に奪われてしまうだろう」というレポートをニューヨークタイムズに出した。ショック
を受けた経営陣が急遽サイトを立ち上げたという経緯がある。
しかし、そうやってウェブに進出しても結局はダメだったようだ。クラシファイドを奪ったのは「小さな広告会社」ではなくて、「クレイグズリスト」である。このサイトは、アメリカの大都市などの一部の広告は有料になったものの、格安もしくは無料で広告を掲載している。
●ネット部門は大幅増だが‥‥
この第3四半期発表で、明るい点がまったくなかったわけではない。
ネット広告の売り上げは10パーセント増で7400万ドルになった。それにともなってネット部門の収入も7パーセント増えて8500万ドルになり、売り上げ全体の12パーセントを占めるまでになった。しかし、それだけでは新聞の売り上げ減をカバーすることはできない。
大事件が起きるとニュースの需要は増えるが、この時期のネット広告の収入増は、大統領選挙と金融危機による「特需」の面もあるようだ。金融危機の勃発で新聞の広告収入が増えるなどということはありえないが、ネット広告はアクセス増がそのまま収益につながる。
さらに、傘下におさめた「アバウト」からの収入が16パーセント増えて、昨年の2470万ドルが2870万ドルになった。営業利益も71パーセントの大幅
増で、昨年同期の629万ドルが1000万ドルの大台に乗った。アバウトは、利益率も25パーセントから40パーセント近くへと大幅に上がっている。アバ
ウトがなければ、ニューヨークタイムズは利益がなかった可能性があり、その貢献はきわめて大きい。前に、「ニューヨークタイムズはアバウトになったほうが
儲かる」みたいな半分皮肉の記事を紹介したが、儲けだけ考えればまったくそのとおりである。
●印刷版の減収スピードが速すぎる
ここ数年のなかでウェブ版ニューヨークタイムズが行なった重大な決断としては、「タイムズセレクト」と名づけた有料課金の廃止がある。
ニューヨークタイムズは、05年9月、コラムや記事アーカイヴへのアクセスを有料にした。料金は年契約で49・95ドル、月決めは7・95ドル。78万
7000人の登録者のうち22万7000人がお金を払った。「料金の壁」を作られたコラムの書き手たちからは不満の声も出たが、売り上げは年1000万ド
ルになったという。
しかし昨年9月それをやめ、87年以降の記事を無料にした。23年から86年までの記事は有料だが、1851年から1922年のすでに著作権のない記事についても無料だ。ニューヨークタイムズは膨大な記事のアーカイヴを無料公開したわけだ。
利用者としては、こうした方針転換は大歓迎だが、経営が苦しい新聞社が1000万ドルの儲けをみすみす放棄したのはなぜだろうか。
ひと言で言えば、有料課金して得られる儲けよりも、無料公開してネット広告で得られる儲けのほうが大きいと判断したわけだ。ウェブ版ニューヨークタイムズ
の幹部はそう説明している。検索や他のサイトからのリンクを使ってやってきた人々は、お金を払ってまで読もうとはせず、課金の壁にぶちあたればいなくなっ
てしまう。「グーグルやヤフーその他のサイトがもたらすトラフィックがこれほど爆発的に急増するとは思わなかった」とこの幹部はニューヨークタイムズの記
事でコメントしている。
05年頃には、グーグルはもう十分に大きな影響力を持っていた。なのに、それ以後、状況が変化したというのはどういうこ
とだろうと思うが、DiggやDeliciousなど、日本で言えば「はてなブックマーク」のようなネット上で共有できるソーシャル・ブックマークが浸透
したことも影響しているのではないか。
有料課金をやめた直後の1年前の決算発表では、サイトを検索エンジンに最適化させた効果の大きさを幹部が力説していた。ウェブ版の立ち上げから10年以上経って、ニューヨークタイムズはようやくネットでのビジネスの仕方を会得し始めたのだろう。
先月の決算発表でもCEOのジャネット・ロビンソンは、ビジネス関係の記事を充実させたところ経済セクションのページビューが前年同月比66パーセントもアップしたと説明している。
とはいえ、印刷版の収入の減少はウェブからの収益増のスピードを明らかに上まわっている。大規模なコスト削減を急激に行なわないかぎり、いずれ資金がショートしてしまう。
新聞サイトのなかではもっとも多い利用者数を持つというニューヨークタイムズでもこうなのだから、ほかの新聞社の窮状は容易に想像できる。ニューヨークタ
イムズだけが消えてなくなるのであれば問題はそれだけのことだが、新聞が軒並み消えてしまったとき、いったい社会に何が起こるだろうか。
ネット
の時代になって「マスメディア」はすこぶる評判が悪い。しかし少なくとも日本では、ネットがマスメディアの機能を大幅に代替できるようにはまだなっていな
いと思う。マスメディアにいろいろな問題があることは確かだが、新聞が消滅してしまえば、社会の監視機能の停滞は避けられないのではないか。
afterward
ニューヨークタイムズがやったようなウェブの記事アーカイヴの無料開放がもたらす効果について、アメリカではどのように考えられているのか。本格的な崩壊過程に入り始めたように思われるアメリカの新聞の状況とともに、次回以降ももう少し詳しく見てみたい。
関連サイト
●新聞ジャーナリズムにショックをあたえた10月23日のニューヨークタイムズの決算発表(http://www.nytco.com/pdf/3Q_2008_Earnings.pdf)。
●求人や不動産などの広告を無料もしくは低価格で気軽に出せる「クレイグズリスト」。現在は、このように日本の求人や不動産の広告も扱っている(http://tokyo.craigslist.jp/)。
(週刊アスキー「仮想報道」Vol.558)
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