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2008.10.31

「オバマ大統領」を準備したもの――米人気ドラマ「24」

11月4日に迫ったアメリカ大統領選挙の勝敗を分けるものは何なのか。
7年にわたって放映されてきた人気テレビドラマも大きな影響をあたえたにちがいない。

●黒人政治家のイメージを大きく塗り替えたドラマ

 11月4日に迫ったアメリカの大統領選挙は、オバマの勝利が有望になってきた。
 世論調査で当選確実と見られていた黒人知事候補が負けたことがあり、今回も最後までわからないというが、アメリカの人気テレビドラマ「24」は、アメリカ史上初の黒人大統領誕生への原動力になったのではないか。

  「24」は、背が高く決断力に富んだ黒人大統領デイヴィッド・パーマーが信頼を集める一方で、ウォーターゲート事件で失脚したニクソン大統領に似た白人大 統領が、何とも優柔不断で無能、おまけにテロリスト一味に荷担していたという衝撃的な展開で進んでいく。日本でもフジテレビ系列などで放送された。

  この白人大統領は、顔は不人気なニクソンに似ているが、名前は「ローガン」で、ブッシュ同様、超保守派の大統領と見られてきたレーガンを思い浮かべさせも する(それぞれLとRで始まるので同じなのは語尾だけだが、名前ということでいえば、オバマとパーマーも韻を踏んでいる)。

 息もつかせ ぬ展開というのはこのこととばかりの意表を突く場面が次々と繰り出されるが、ドラマずれしている妻は、「わかりきった展開」などとバカにして途中で見るの をやめてしまった。というわけで、誰もが「意表を突く展開」と思ったわけではないようだが、でもまあ純真な夫のほうはそう思った。

 それ はともかく、このドラマを見続けた全米の膨大な視聴者が、「あの頼りない白人大統領と比べて黒人大統領の決断力はすばらしい。黒人大統領でも何の問題もな いじゃないか」と、黒人政治家への信頼感を潜在意識に強く植え付けられただろうことは容易に想像される。黒い肌の色はネガティヴな要素というより、むしろ まったく逆で、薄汚れた感じのする白人大統領の外見と比べて、崇高な雰囲気が漂っていた。

 こうした人気ドラマに黒人大統領ではなくて女 性大統領が登場し、その能力を存分に発揮して見せていたら、ヒラリー・クリントンに対する根強い反発も少しは和らぎ、民主党予備選で、オバマに勝てたかも しれない。「24」に出てくる大統領夫人たちは、頭はいいが精神不安定、あるいは悪役で、臨時支部長になった女性も誤った判断をするなど、「24」では、 女性の登場人物の指導力は、男性陣に比べていまひとつぱっとしなかった。そういう意味で、「24」の人気は、マケインやヒラリーのプラスにはならず、もっ ぱらオバマを利することになったはずだ。

 

●9・11以後の世相に重なったドラマ

 アメリカの開放的な社会風土を愛してきた人々にとって、ブッシュ政権下の8年はそうとうに重苦しいものだった。ブッシュが当選したときには、アメリカに見切りをつけて「亡命」してしまった人々までいたという。

  自由な気風を好むハリウッドもまた、おおむねブッシュ政権を苦々しく思ってきたようだ。この8年間のあいだにハリウッドが作った映画やドラマには、明らか にブッシュ政権への抵抗の意図をこめて作られたとおぼしきものが多数見られた。ブッシュ政権下のハリウッドがどのような動きをし、どのような作品を送り出 してきたかについては、おそらくすでに分析も始まり、今後も研究されていく興味深いテーマであるにちがいない。
 「24」を見ていない人には少々わかりにくいかもしれないが、このドラマだけを分析しても、この時代のドラマ制作者の複雑な心理がわかるように思われる。今回は少しそうしたことを試みてみよう。

●バウアーがためらいもなく拷問する理由

 このドラマは、CIA傘下のCTU(テロ対策班)と呼ばれる架空の組織 が、アメリカを脅かす核や神経ガス、生物兵器などのテロに立ち向かうという設定で、人気を呼んだのは、9・11以後のリアリティに支えられたからだ(アメ リカでの放送は9・11のテロの約2か月後の01年11月6日に始まっている)。
 最新作のシーズン6では、報復のための核攻撃を押し進める副大 統領や、令状なしの拘束を勝手に推し進める補佐官(いずれも白人)と、冷静な対応をする黒人大統領(暗殺されたデイヴィッド・パーマーの弟)の対比が鮮明 だ。ブッシュ政権下のアメリカでは、テロ対策という名目のもと、イスラム系住民の拘束が行なわれたが、そうしたことに対する批判の意図もこめられているよ うに見えた。

 位置づけが複雑でなんとも興味深いのは、主人公のジャック・バウアーだ。1年半も中国で捕らわれて拷問されていたのに屈し なかったりと、ともかく超スーパー・ヒーローなのだが、この人物は「リベラル」とは言いがたい。国を救うためなら、身内も含めて誰であろうとためらわず残 虐な拷問をし、殺すこともいとわない。ひたすら国を愛し、そのためなら超法規的な行動をとる(というと聞こえはいいが、要するに法にのっとらずに暴力をふ るっているということだ)。
 まあ、「法律があるからといって人殺しをしないようなスパイや特殊部隊のドラマはないよ」と言ってしまえばそれまでだが、バウアーは常軌を逸している。バウアーの暴力は、ブッシュのとった超法規的措置とどこがどう違うのか。
 どのように考えればいいのか、あれこれ思いあぐねて、結局、次のようなことを思った。

●世論のスケープゴート、ジャック・バウアー

 バウアーがひとり(ありえないような自己犠牲の精神のもとに愛国心あ まりの超法規的行動をして見せていれば、「テロの危機感をわかっていないドラマ」という非難は避けられる。黒人大統領が、「憲法の精神がだいじ」みたいな 「甘っちょろい」ことを言っても、バウアーが過激な行動をとり続けていれば許される。テロへの危機感が浸透している9・11後のアメリカを描くには、この 時代に過剰適応ともいえる適応ぶりを示しているバウアーのような人物が欠かせず、彼を登場させないことには、シーズン6で「市民的自由を擁護すべき」と いったことを黒人大統領に主張させることもむずかしかったのだろう。
 などと思いながら、ネットで「24」に関する文献をあれこれ探していたら、こうした見方をしていた私には、衝撃的な記事が次々と見つかった。

  「24」を作ったプロデューサーはかなりの保守派で、「24」は保守派の思想を広めるプロパガンダ・ドラマだというのだ。たしかにバウアーが、テロリスト たちに白状させようと執拗に行なう拷問の演出は、ブッシュ政権下で行なわれた「超法規的措置」に免罪符をあたえるものといえる。とはいえ、ブッシュ政権支 持の保守派が作ったドラマが、アメリカ史上初のリベラルな民主党黒人大統領を生む助けになったのだとしたら、何とも皮肉な話だ。
 このドラマの背後では予想以上にさまざまな政治力学が働いて番組外でも波瀾万丈な展開があったようだ。それについては次号の「シーズン2」で詳しく書くことにする。お楽しみに!

afterward
 肌の色や性別で大統領の適性が決まるわけでないのはもちろんだけれど、黒人や女性の大統領の誕生を偏見が邪魔をしているのだとしたら、そうした感情を払拭するポピュラー・カルチャーは、少なくない威力を発揮するはずだ。

関連サイト
●米フォックスの「24」のサイト(http://fox.com/24/)。24時間のあいだに起こったことを24時間かけて放送する「リアルタイム・ドラマ」なので、毎分ごとの詳細な動きが追えるなど、手のこんだサイトができている。
●こうしたサブカル分野は、ウィキペディアがパワーを発揮する。主要な登場人物はもちろん、「24」批判についての項目まで、詳細な記述がある。これは米ウィキペディアの「24」関連ページを集めた「カテゴリ」ページ(http://en.wikipedia.org/wiki/Category:24_(TV_series))。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.555)

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