新聞収入はネット版に完全移行すると現状では1/10以下
ネット利用者は、メディアがネットに移行するのは当然すぎる話と思うが、
メディアは、みずからの「死」を受け入れながらでしか進行しないのかもしれない。
●ネット版に移行すればするほど苦しくなっていく新聞
新聞が、ネットに進出して何が起こっているか。数号前にとりあげた『グーグルとウィキペディアとYouTubeに未来はあるのか?』という本は興味深い数字を載せていた。
ニューヨークタイムズ紙の印刷版の有料購読者数は平日版が110万人、日曜版が170万人なのに対し、無料オンライン版の利用者は月4000万人いるそう
だ。しかし、印刷版の年間収入が15億ドルから17億ドルあるのに、オンライン版は2億ドルしかないという。オンライン版の収入が少ないことは容易に想像
できるが、具体的な数字を目にすると、いろいろなことを考えさせられる。
アメリカでは日曜版だけ、あるいは平日版だけの定期購読者もいる。平日版を30倍、日曜版を4倍して印刷版の購読者数を月間延べ換算するとサイト
の月間利用者数とほぼ同じ4000万人になる。印刷版の発行をもしいまやめると、ネット版の利用者が倍になり、収入が倍になったとしても年20億ドル弱か
ら4億ドルに激減することになる。
ニューヨークタイムズは少なくとも当分は印刷版の発行をやめないだろうし、ネット版と印刷版の読者は重複もしているからかなり荒っぽい計算だが、いずれにしても、読者のネット版への移行が進むほど、ニューヨークタイムズ紙が経済的に苦しくなっていくことは確かだろう。
こうした事情は日本でも同じだ。同じというよりも、日本の新聞社のネット版からの収入の割合は、ニューヨークタイムズ紙よりもはるかに少ない。日 経のデジタル収入はもっとも多くて全体の1割ぐらいあるようだが、これは有料データベースなども含んでいる。有料データベース収入がないほかのほとんどの 新聞社の収入は1パーセント程度で、ネットの経済的貢献度はそうとうに低い。だから、いま印刷版をやめたときのダメージは、ニューヨークタイムズ紙をはる かに上まわる。どんなに控えめに見ても、現状では1/10以下にはなるだろう。
●ニューヨークタイムズがアバウト・コム化する?
冒頭の本のニューヨークタイムズ紙に関する数字の出典は、米ヴァニティフェア誌06年9月号の記事だ。探して読んでみたら、次のようなことが書いてあった。
印刷版の収入15億ドルから17億ドルをオンライン版で稼ぐためには月4億人から5億人の利用者、つまり現在の10倍の利用者が必要だ。そんなこ
とはまず不可能で、できないのであれば、内容をもっと広告主の興味を引くものにする必要がある。特大サイズの靴を売っている広告主は、イラク戦争の記事で
はなくて、特大サイズの靴についての記事ならもっとお金を払う。
あるいは巨大SNSの「マイスペース」を参考にする手もあるという。ニューヨー
クタイムズのサイトは4000万人の利用者が月間4億8900万ページを見ている。マイスペースは、月5000万人の利用者が290億ページ見ている。ど
ちらも同じぐらいの数の利用者だが、マイスペースのほうは60倍のページにアクセスされている。ページビューが多いので、広告媒体としての価値が高い。マ
イスペース化すれば収入が増えることになる。
この記事を書いたミッシェル・ウォルフのほかの記事も読むと、彼は、実際にマイスペース化すればいいと思っているわけではないようだ。きちんとし た報道機関が必要だと考えているものの、新聞社が生き残るにはどうしたらいいのか、ネット・ビジネスの現状を踏まえていろいろなアイデアを出している。印 刷版と同じようなことをネットでやってもうまくいかないが、3億ドルかかっている取材費の大胆なコストカットに成功すれば「運よく」専門的なネット企業に 変身でき、ニューヨークタイムズはアバウト・コムになれるかもしれない、と皮肉っぽく書いている。
アバウトは、日本でも06年6月にリクルートと組んで、オールアバウトというサイトを作っている。「案内人」がいろいろな分野についてガイドを
し、広告を集めやすい。米アバウトは、ニューヨークタイムズが買収したが、日本でも、毎日新聞社と提携しており、新聞社との関係を深めている。
「案
内人」は、新聞記者とは比べものにならないわずかな報酬でコスト効率のいいコンテンツを作成してくれる。ただしウォルフによれば、「ページビューを稼ぐた
めの安っぽい記事を、アマチュアやホビイスト、熱狂的愛好家などにわずかの報酬で書かせて、広告主向けの大量のデータを蓄積し、ニューヨークタイムズの利
用者4000万人のうち3000万人を送りこんでいる」ということになる。アバウトにはもちろん役に立つ記事もあり、「安っぽい記事」という表現には異論
がありそうだが、ともかくウォルフはそう書いている。
どこのデータか書かれていないので、ニューヨークタイムズの利用者4000万人のうち
3000万人がほんとうにアバウト経由なのかはわからない。しかし、アバウトはさまざまなことに「答え」を提供してくれるので、検索などで上位に出てきや
すい。「集客力」があることは確かだろう。
●広告偏重でメディアは変貌する
この記事は、先に書いたように06年9月のもので、そのころはまだニューヨークタイムズのサイトは、コラムや過去の記事などを有料課金していた。 しかし、昨年9月、1923年から1986年までの記事などを除いて無料化した。広告収入でやっていく覚悟を固めたようだ。ウォールストリートジャーナル も、いまのところは有料課金をしているが、同紙を傘下におさめたマードックは無料化したいようだ。アメリカの有力新聞社は、ネットで広告ビジネスに賭ける 方向に向かっている。
ニューヨークタイムズはまた、ケーブルテレビ局のCNBCと提携し、同社の動画もサイトで視聴できるようにするなど、サイトの強化策をとっている。アクセスを集めて、広告収入を増やすつもりなのだろう。
その一方で、08年と09年あわせて2億3000万ドルのコスト削減をするという。この数字には人員削減は含まれていないというが、ニューヨークタイムズ
は、オンライン版や報道部門の記者も含めた人員削減もやっている。ネットのニュースメディアに伍してやっていくためには、新聞社の高コスト体質をあらため
る必要があるということなのだろう。しかし、広告の比重を高めていくことが報道機関としてのニューヨークタイムズにとってほんとうに望ましいことなのだろ
うか。
少し前に私が聞いたある講演で、ニュースメディア・サイトの編集長は、「トラフィックを集めて広告収入につなげるのがメディア」と何のためらいも なく口にしていた。あまりにミもフタもないメディアの定義で、正直なところ私はかなりゲンナリした。こうした流れが、ニューヨークタイムズ紙のような報道 機関を巻きこんで進行していくことには大きな疑問を感じる。しかし、もはや後戻りはできない変化が進行している。
afterward
上の数字は、ニューヨークタイムズ社全体ではなくて、ニューヨークタイムズ紙だけの数字だ。ニューヨークタイムズ社は、ボストン・グローブ紙など多くの新聞を発行している。またサイト利用者数はおそらく延べで、ユニーク利用者は1400万人だ。
関連サイト
●ヴァニティフェア誌06年9月号「Panic on 43rd Street」(http://www.vanityfair.com/politics/features/2006/09/wolff200609)。この記事を書いたミッシェル・ウォルフは、ウォールストリートジャーナルを買収したマードックにインタヴューするなど、新聞関係の記事をいくつも書いている。
●今年出たニューヨークタイムズ社の2007年年次報告(http://www.nytco.com/investors/financials/annual_reports.html)。表紙に、「読む/ブラウズする/クリックする/聞く/投稿する/ダウンロードする/再生する/議論する/…」と書かれている。ネット重視の姿勢がうかがえる。
●アンドリュー・キーン『グーグルとウィキペディアとYouTubeに未来はあるのか?――ウェブ2・0によって世界を狂わすシリコンバレーのユートピアンたち』(サンガ)
(週刊アスキー「仮想報道」Vol.554)
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