グーグルはなぜブラウザを開発したのか
グーグルがまたまた驚くことをやってのけた。
ウワサはあったものの、
いかにもグーグルらしいブラウザの配布を突然始めた。
その理由は何なのか。
●初心者が使えないブラウザ
9月初めにグーグルが配布を始めたブラウザ「Chrome(クロム)」は、アドレスバーで検索もでき、動きも速い。
「さすがグーグル」と思ったけれど、ただこのブラウザ、使ってみると、けっこう不思議だ。「インストールしてみたけれど、印刷どころか閉じることもできない。困った」とひそかに思ったネット初心者もいるのではないか。
クロムには、「ファイル」とか「編集」「表示」といったメニューバーがない。
URLが表示されているアドレスバーの横のアイコンに気づいてクリックすればメニューが現われるが、右クリックしてメニューを表示させたり、キーボード・ショートカットを使うほうが、これまでのブラウザ以上に楽だ。
「CTRLと
Pを押して印刷するなんて、いまや誰だって知っているさ」とすでに知っている人は思うが、はたしてそうだろうか。印刷プレヴューの機能もないが、まさかプリントアウトなんていまや時代遅れだと思ったわけではあるまい。
また、ウィンドウ内にいくつもの画面が開くタブブラウザも、すでに一般化していると、使っている人は思うだろうが、私のサイトにアクセスしている人のう ち3人に1人はタブ機能のないIE6を使っている。タブ機能のあるブラウザを使ったことがある人は、タブ上の「×」をクリックすれば閉じることができるのを知っているが、使ったことがなければ戸惑うだろう。
「いかにもグーグルらしいブラウザ」という上のリードは、ネット最先端企業らしく初心者の存在が眼中にないブラウザという皮肉の意味もある。しかし、いく らネット・エリート集団のグーグルが作ったにしても、「メニューバーがないと初心者に使いにくいのでは?」という疑問が浮かばなかったとは考えにくい。
●初心者の不便と交換に求めたものは?
インターネット黎明期のブラウザはもっぱら文字を表示するためのものだったが、いまはウェブ上のさまざまなソフトを使うようになった。だから新しいブラウザを一から作り直す必要があったとグーグルは説明している。
グーグル自身も、ネット越しに使う電子メールやワープロ、表計算、プレゼンなどのソフトを無料で使えるようにしている。こうしたソフトを使うのでも動画
を見るのでも、画面は広ければ広いほどいいし、ブラウザの存在も意識されないほどいい。そのためにはメニューバーは邪魔で、初心者の不便を顧みずなくして
しまった、ということらしい。
またこれまでのブラウザでは、検索ウィンドウとアドレスバーは別になっていた。それをひとつにしたのも、上部のスペースをすっきりさせ、表示画面を広くするための工夫でもあるようだ。
クロムでは、タブをショートカットにしてデスクトップなどに置ける。それをダブルクリックすると、アドレスバーもないページが開く。ますます画面が広く
なり、ブラウザの存在は希薄だ。
これまでは、パソコンのソフトを使ってネットにアクセスしていたが、ネット上のソフトがまずあって、それをリンクなどの形
でパソコンに持ってきて使うというぐあいに順序が逆転している。グーグルが推し進めている「クラウド・コンピューティング」と呼ばれる、ネット上のソフト
を使う次世代のコンピューティングの発想だ。
このブラウザを説明するためにグーグルが公開したコミックで、「われわれは、ユーザーがしようとしていることを邪魔したくない。ブラウザがないように思ってくれるなら、うまくいったことになる」と開発メンバーが語っている。
これまでのブラウザでも全画面表示にはできたが、たとえばテレビには画面にメニューバーはない。テレビに匹敵する動画表示装置にするためには、ブラウザ
が意識しないものになっているほどいい。動画だけでなく、ワープロや表計算その他これからさまざまに開発されるウェブ上のソフトのためには、表示部分は広
いほど使いやすい。
またクロムのすぐれている点は、タブ画面がそれぞれ独立した作りになっていることだ。ドラッグしてタブの順番を変えたり、ブラウザから切り離したりでき るが、ひとつのタブが固まっても閉じるのはそのタブだけ。ブラウザがまるごとクラッシュすることは(原理的には)ない。こうした機能も、重いソフトを動か すためには必須のものだ。
「ネット初心者に使いにくいのでは?」と書いたが、初心者でなくてもさしあたりクロムは使いにくい。「お気に入り」はいままで使っていたブラウザから移せるものの、あまりにシンプルで、ツールバーにいろいろな機能を組みこんで使っている人には不便だ。
しかしグーグルは、クロムがそれほど普及しなくても、ほかのブラウザが技術を活かして発展してくれればそれでいい、と言っている。自分たちを脅かす可能性のあるマイクロソフトのブラウザのシェアが落ちてくれればそれでいいのだろう。
米ワイアードの記事によれば、CEOのシュミットが入社した01年には、グーグルの創立者2人はすでにブラウザの開発をしたいと言っていたそうだ。シュ ミットは、ブラウザ戦争を戦う力がグーグルにはまだないと止めた。しかし、06年6月頃から少人数での開発を始め、そのときにはもう止めなかった。グーグルは 十分に力をつけたというわけだ。
●ブラウザの次はいよいよパソコンOSの無償配布か?
グーグルは、ネットを使いやすくすれば自分たちの利益につながると考えているが、いくらブラウザの動きを速くしても、肝心のパソコンが立ち上がるのが遅
ければ、ネットがほんとうに使いやすくはならない。やはりOSそのものを開発しなければ目的を達成できないはずだ。
06年初めに、グーグル社内で「Goobuntu」と名づけたリナックスベースのOSを開発し使っていると報じられ、グーグルもそれを認めた。しかし、配布する予定はないとのことだった。
マイクロソフトの売り上げを直撃するパソコンOSの配布を始めれば、戦いはずっと激しくなる。また、ネット上のソフトを使うようになればなるほどOSに
依存しなくなり、OSの重要性も下がる。OSの開発や維持には莫大なコストがかかるし、そうまでして乗り出すのは割に合わないということなのだろう。
しかし、パソコンのOSをマイクロソフトに握られていたのでは、グーグルは、自分たちのビジネスに対する潜在的な脅威を取り除くことはできない。また利
用者のほうも、パソコンを使ってネットにアクセスしているかぎりは、OSの機能に制約される。
パソコンを立ち上げっぱなしにしているグーグルの社員はパソ
コンの起動の遅さが気にならないかもしれないが、家庭のパソコンはそんなふうには使われていない。ネットとメールぐらいしか必要ない人にも、あるいはその
まったく逆に、テレビ替わりに動画を見るなど、さまざまな用途に使っている人にも、パソコンの起動はあまりにも時間がかかる。
すぐ立ち上がりますます強力になっていくケータイという「ネット端末」に加えて、ネットにつながったテレビやゲーム機など「新興勢力」が次々と出てくるなかで、パソコンがいまの地位を守るためにも、
まったく発想の異なったパソコンOSはますます必要になっている。
マイクロソフトと戦う力もつけたし、ケータイのOSにも乗り出したし、時期は熟したのではないか。
afterward
私は、さしあたりおもにFirefoxを使っている。クラッシュ時に復元してくれるばかりか、アドオンを使って、開いたタブ画面群をいくつも保存しておくことができる。複数の仕事を並行させて進めても、開いたページを保存しておけるので便利だ。
関連サイト
●グーグルが9月2日に配布し始めたブラウザ「Chrome」のサイト(http://www.google.com/chrome)。
●9月1日、グーグルから送られてきたメールにChromeを説明するコミックがあったのでまもなく公開されるだろうと、「Google
Blogoscoped」というブログがスクープした(http://blogoscoped.com/archive
/2008-09-01-n47.html)。グーグルもすぐに認めて翌日のダウンロード開始が発表された。
●ダウンロード開始当日、米ワイアードがアップしたChrome開発の詳しいインサイド・ストーリー「Inside Chrome: The
Secret Project to Crush IE and Remake the
Web」(http://www.wired.com/techbiz/it/magazine/16-10/mf_chrome)。
(週刊アスキー「仮想報道」Vol.550)
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