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2008.08.01

ゼロサム・ゲーム時代の「革命」

めざましい経済成長が望めないとなれば、
「持てる者」からお金を取るしかないのかもしれない。
そうした声が上がるのは時間の問題か?
 

●年収1000万円以上は没収

 「ロスジェネ」という雑誌が創刊されている。就職氷河期に社会に出た20代後半から30代半ばまでの「ロストジェネレーション」の雑誌ということで、「超左翼マガジン」と銘打たれている。「蟹工船」ブームに火を点けた雨宮処凛とか、「希望は、戦争」というセンセーショナルなフレーズの入った論文で話題を呼んだ「31歳フリーター」の赤木智弘など、いま注目されている就職氷河期世代の人々が執筆者として並んでいる。
 奥付の刊行日は6月10日だが、6月8日の秋葉原の殺傷事件より前に編集されている。しかし、まるで事件を予期して出されたかのようだ。たとえば巻頭の座談会でも、このところの無差別殺傷事件を解くキーワードとしてそのまま使えそうな言葉が見てとれる。あまりにタイムリーに書店に並んでしまい、事件と重ね合わせて読まれることになって困惑している執筆者もいるかもしれない。
 
 巻頭の座談会では、赤木智弘が過激なことを言う一方で、この雑誌の編集長で労働組合で非常勤職員の組織化をしている浅尾大輔が「連帯」の必要性を語るといったバランスで議論が進んでいくのだが、司会役の批評家・大澤信亮が言った発言は意表を突いていた。
 大澤は、北一輝の「日本改造法案」を引き合いに出して、年収1000万円を超えたら全部没収して国庫に入れ、弱者救済にまわすといったアイデアを口にしている。「少なくとも経済的なレベルでは多数の支持がとれる。だから共産党がそれをやってみたら、と言ってみたんですけどね」。ただし「(笑)」となっているので、どこまでほんとうに信じて言っているのかはわからない。しかし、少なくとも思考実験としてはあれこれ考えさせられる。

●将来的にも大半の人が無縁の金額なら?
 
 実際的な組合活動家である浅尾は、「正社員や公務員程度ではなくせめて年収3000万円以上の会社役員クラスからとるのが筋」と言っている。現実的な戦略にするならそのとおりだろう。いまは年収1000万円以上なくても、将来的に超える可能性のある人はけっこういる。しかし、3000万円となると大半の人は可能性ゼロだろう。それで増税もされず、もしもの時のセーフティネットが張られ、将来の年金不安がなくなるのであれば、たしかに賛成する人はかなり出てきそうな気がする。
 3000万円以上没収がいいのか1億円以上没収がいいのか、あるいは浅井が言うように、所得税の最高税率を上げるほうが、もっと現実的にはちがいない。起業した経営者については基準をゆるめ、ベンチャー・マインドを損なわないようにするといったやり方もあるだろう。
 方法や金額についてはいろいろなことが考えられるが、ともかく困窮している人が増える一方で、使い切れないほどのカネを稼いでいる人がいるのは事実で、格差は広がるばかりだ。アメリカのように自己責任の考えが浸透している国ならばともかく、「みんな同じ」と同一化への志向の強い日本で格差が広がれば、不公平感が強まっていくことは避けられない。

●一挙に達成されるワーク・ライフ・バランス
 
「どうせ没収されるなら、頑張って働く意味がない。早く家に帰って子どもの相手でもしていたほうがいい」ということになれば、いっこうに実現しそうにない仕事と生活(ワーク・ライフ)のバランスを取り戻すことができるばかりか、仕事を分けあって格差を縮小させるワーク・シェアリングもたちどころにできてしまう。グローバル時代に鎖国をするように感じられるかもしれないが、このようにいい面もある。

 「どうしても高収入を得たい人は、どんどん海外に出て行ってもらってけっこうです。日本国内は、まったく違った論理でやります」ということははたしてまったく不可能だろうか。富裕層が出ていけば、彼らが確保していた人的・物的リソースは解放される。また実際のところ、収入が減っても日本にいたいと思う富裕層もいるだろう。もしこうしたことをやると、結局のところどれぐらい経済成長が止まるのか。経済が停滞するとしても、どれぐらい困ったことになるのか。
 こんな大胆なことを思ってもみなかった人々は最初はあっけにとられるだろうが、共産党でも社民党でも、シンパの学者を動員してシミュレーションをし、説得力のあるビジョンを示すことができれば、それなりに票は集められそうに思う。

●年収1億円以上没収でも、ビル・ゲイツは働き続ける?
 
 さらに、「年収1億円以上は没収」となったとき、ビル・ゲイツは働くのをやめたり、アメリカを出て行くだろうか、などと考えてみるのもおもしろい。
 慈善活動に専念すると実際に実行に移したゲイツのことだから、使い道に納得すれば、アメリカを出て行くこともなく、没収に応じるということも、ひょっとするとあるかもしれない。まあアメリカ人はこうした考え方はしにくい人々かもしれないが、仕事中毒のようなゲイツのことだから、少なくとも収入が得られないからといって働くのをやめたりはしないだろう。
 
 ビル・ゲイツはともかく、ITの世界では、ほかの人からの賞賛や認知といったことだけでも働く人々は予想外にいた。リナックスなどのオープンソースのソフトはそうやって開発された。誰もが改良に加わることができるので、知的所有権でがんじがらめになったソフトよりも早く進化した。生活の不安がなくなれば、こうした流れも加速されるのではないか。
 どうせ収入を得られないのだったらと、著作物の共有化を承諾する人も出てくるかもしれない。そうした著作物を使って、ほかの人間が新たな著作物を作ることができる。
 これはもはや資本主義の世界ではないと思うかもしれないが、とはいえ、私有財産をすべて禁止するわけでもないので、共産主義というわけでもない。言ってみれば、超資本主義とでもいったものだ(あるいは、「超左翼」なのかもしれないが)。
 いままでの人間の生産活動の報酬はお金だった。いまの時代、とくにお金がたりている人々がほしいのは時間だろう。生活の安定と自由な時間が得られるのであれば、あまり多くの金銭的報酬は望まない、という人も多い。超資本主義は、お金ではなく、自由な時間を報酬として分け与えるといったことも考えられる。
 こうした体制に移行していない日本以外の国は、新興国の成長にともなってますます競争が激化し、社会の格差が大きくなり、犯罪も多発するだろう。こうした世界の中で、日本だけは、かつてのように「一億総中流」の社会になる。もしそうしたことが可能だとしたら、それはそれでハッピーなのではないか。大多数の人にはいまはまだ極端な話しのように思われるかもしれないが、将来への不安を感じる人が増えれば増えるほど、こうした考え方が支持を集める状況になっていくと思われる。

関連サイト
●『超左翼マガジン ロスジェネ』のサイト(http://losgene.org/)。
●7月22日に公表された平成20年度の『労働経済白書』(http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/08/index.html)。短時間パート以外の非正規雇用者のうち、正社員を希望しながらなれない人の割合が、この5年で大幅に増加し、44パーセントを超えたとレポートされている。

afterword
 実際のところ、税負担が高くて手もとにほとんどお金が残らないが、それでさしたる不満も出ず、「鎖国」することもなくやっていけている国もある。北欧の国々だ。それらの国がどうしているのかについては次々回取り上げてみたい。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.543)
 

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