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2008.08.29

悪循環に陥っている日本を救う北欧モデル

経済財政白書は、企業も個人もリスクをとらないことが
問題というが、そのほんとうの理由に目をつぶっている。
リスクをとるようになる解決策はあるのだけれど‥‥
 

●グローバリズムに適応しにくい終身雇用

 失業は、当人にとってはもちろん大問題だけれど、社会にとってつねに問題かといえばかならずしもそうではない。たしかにいつまでも仕事が見つから ないのはまずいが、弱い産業から新たな新興分野に人を移そうと思えば、その過程で失業が発生する。失業が発生するのは産業構造の転換が行なわれているか ら、ともいえる。
 北欧の国々は、失業が発生することを前提に、失業者が仕事に就くのをバックアップする体制を整えている。前回紹介したフィンランド経済研究所のレポート「北欧モデル」は、そうやって“失業の痛み”を乗り越え、産業構造の転換を押し進めるので、北欧は、長時間労働しているわけでもないのに、経済競争力をつけているとのことだった。

  こうしたことはOECDのデータからもはっきり見てとれる。北欧は労働時間が少ないのに、1人あたりのGDPは日本を上まわり、購買力で換算した平均賃金やその伸び率が日本より高い。
 また北欧は、日本よりも失業率が高いが、長期間にわたって仕事が見つからない人の割合は、日本よりもずっと少ない。失業が12か月を超える人の割合(PDF、265頁)は日本では失業者の33パーセントだが、スウェーデンは14パーセント、デンマークは20パーセントだ。社会保障が充実しているのでいつまでも職に就かない人が多いのだろうと思いがちだが、そうではないのだ。

  日本で長らく定着していた終身雇用というのは、こうした「北欧モデル」とは正反対のものだった。会社のなかに労働力を抱えこむことで、失業を発生させな い。いいことのように思われるが、会社をつぶせば食べていけなくなるので、産業構造の転換が進まない。生産性の低い分野にいつまでもこだわっているから、 サービス残業も何のその、長時間働いても人も国も豊かにならない。豊かにならないから、ますます働かなければならなくなる。まったくの悪循環だ。

●過去や未来の自分に支えられるのが社会保障
 
「北欧モデル」は、「勝ち組」から「負け組」にお金を配分するだけで はなくて、個々の人間の人生におけるお金の再配分でもあるという。失業者も、以前働いていれば税金を納めているわけだし、仕事を見つけて社会復帰すれば、 また税金を納めるようになる。だから、一生を通してみれば、失業者は過去や将来の自分によっても支えられているというわけだ。

 たしかに言われてみればそのとおりで、病気や高齢化でもう働けないという場合もあるだろうが、そうでなければ、一時は福祉のお世話になっても、新興分野に適応できる労働力になれば、またたくさん税金を納めて困っている人を助ける側にまわることになる。

 その逆に、非正規雇用者をずっと低収入に押しとどめていれば、税金も増えないし、消費も活発にはならない。非正規雇用者ばかりでなく、いつそうなるかわからないと不安にかられる正社員も萎縮する。こうなってしまっているのがいまの日本だ。

  このところ日本では、規制緩和して競争を激化すると格差が生まれると、批判が噴出している。そしてやっぱり規制は必要と揺り戻しが起こっている。前回の フィンランドの経済学者たちの考えに従えば、社会保障が充実していれば、社会全体が生産性を高める方向に動き、冒険的な試みもやれるようになる。失敗した としても、しばらく生活の面倒や、新しい分野に適応するための教育や再訓練が受けられれば出直しを図れる。つまり競争をしないための社会保障ではなくて、 競争をするための社会保障が「北欧モデル」というわけだ。

●日本人はアメリカ人にはなれない
 
 がんがん競争するといっても、いかに要領よくやるか、というところに北欧社会 は重きをおいているようだ。北欧は冬が長く、農産物を育てるには向いていないが、食料自給率が高い国もある。長時間働いているわけではないのに効率よく GDPを高めているのと同様の理屈が、さまざまな分野で実践されているのだろう。
 フィンランドは、教育の面でもこのところ注目度が高い。
  授業時間数は日本よりもずっと少ないのに、OECDの国際学力調査でトップになった。クラスが少人数で、教師になるのがむずかしく優秀な人しかなれないな どいくつかの理由から、当のフィンランド人自身が驚くような結果になったようだが、こうした高評価が出た理由を結局ひと言で言えば、フィンランドの子ども たちが要領よく勉強しているということに尽きるのではないか。

 教育面でのレベルの高さが知れわたるまで、携帯電話機メーカーのノキアやリナックスの開発者トーバルズの名前は知られていても、それ以外の面では、フィンランドはよく知らない北欧の小国でしかなかった。
  よその国がよく見えるというのはありがちだし、北欧が天国かと言えば、冬の長いフィンランドなどは鬱病になりやすく自殺者も多い。経済的にいつも絶好調と いうわけでもない。油断していると高福祉で労働意欲がなくなる危険性があるといったことは、先のレポートでも指摘されていた。しかし、アメリカをモデルに するよりも、北欧をモデルにしたほうがよほど幸せになれそうな気がする。

●リスクをとるためには

 フィンランド経済研究所のレポートに比べて、日本のお役所がこのところ相次いで発表している白書の展望のなさは救いがたい。
 先月の経済 財政白書公表にあたって出された経済財政政策担当大臣名のリリースは、A4一枚32行の文書に「リスク」という言葉が21回も出てくる。1行半に1回出て くる計算だ。白書のサブタイトルは「リスクに立ち向かう日本経済」。しかし内容は、これとはまったく逆で、「リスクに立ち向かわない日本」について書かれ ている。企業も家庭もリスクをとらなくなっていて、そのことが日本経済の足を引っ張っている、リスクをとればリターンも大きい、リスクをとれ、というわけ だが、これを読むと、「書いた人たちは頭が悪いんじゃないか」という気がしてくる。
 白書は、図表などをいっぱい使って分析しているのだけれど、 どうやったらリスクをとるようになるのかさっぱりわからない。常識的に考えて、「きちんとリスク管理されているので大丈夫ですよ」ということがわかればリ スクをとる気もおきるわけだけど、現状を説明しているばかりで、安心できる材料がない。
 リスクをとってもし失敗してもホームレスやネットカフェ 難民になるわけでもなく、そこそこちゃんと暮らしていけるときちんとメッセージを出すことが必要だろう。それもいまや生半可なことではダメで、フィンラン ドのレポートが指摘しているように、リスクを共有することが経済競争力をつけるためにも必要なのだと、これまでの社会保障の論理を一変させる頭の転換を政 府を筆頭にするしかないのではないか。

afterward
 経済財政白書では、しきりにアメリカやイギリスと比較している。しかし、ヨーロッパの中でも「勝ち組」に属する北欧の国々についてもっと研究すべきではないか。

関連サイト
●今年度の経済財政白書「年次経済財政報告――リスクに立ち向かう日本経済」と経済財政大臣名の「平成20年度年次経済財政報告公表にあたって」(http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je08/08p00000.html)。
●企業や家庭がリスクを取らない理由は、経済協力開発機構(OECD)のデータからはっきり見てとれる(http://fiordiliji.sourceoecd.org/pdf/society_glance/35.pdf)。Photo_3  日本は、他国に比べて、民主的プロセスに対する満足度がきわめて低い(一番下の折れ線が日本)。政治に対する信頼がまったくないから、自分で何とかしければならないとリスクをとらないわけだ。‥‥ということを経済財政白書をまとめた人は考えなかったのだろうか。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.546)

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