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2008.05.19

「あなたも犯罪者」の日本の司法制度

犯人が刑を逃れてしまうのは困るが、
罪を犯していないのに犯人にされるのは、もっと困る。
犯人扱いされるとなかなか逃れられない日本の司法の実情。

●有罪にしないと「業績」が悪くなる裁判官

 少し前に、誰もが名誉毀損の被害者になりうるのと同様、加害者にもなりうると書いた。『現代刑法入門』(有斐閣)という本を開いたら、冒頭に「あなたも犯罪者」と書かれていた。
 名誉毀損の加害者どころか、簡単に犯罪者にもなるというわけだ。
 人とぶつかってかすり傷を負わせれば過失傷害罪だし、道で500円玉を拾ってそのままポケットに入れれば占有離脱物横領罪。マージャンで現金をやりとりすれば賭博罪。学校をさぼって連日やっていれば常習賭博罪‥‥など「あっというまに犯罪者」の例が列挙されている。

  このように実際に「罪を犯す」ことはなくても、犯人にされてしまう冤罪事件が相次いで発覚している。富山県では、強姦事件で服役し仮出所後になって、別の 人間が犯行を自供して再審が決定、無罪を言い渡された。鹿児島では、買収の選挙違反で摘発された住民12人全員が無罪になり、取り調べた警察官が暴力的な 取り調べをしていたことがわかった。
 痴漢事件でもいくつも無罪判決が出ている。
 取材をもとに制作された周防正行監督の映画「それでもボクはやってない」では、警察ばかりか裁判官までもが有罪にしないと「業績」が問われるということでいいかげんな審理をやっている実態を映し出していた。あまりのことにショックを受けた人は多いだろう。
  さらに、たび重ねて再審請求が行なわれている袴田事件の一審で死刑判決を書いた裁判官が、自分は無罪だと思っていたがほかの裁判官との合議で書かざるをえ なかったと異例の告白をした。この裁判官には良心があったわけだろうが、「迅速な審理」のかけ声のもと、上級審の顔色を見て有罪判決を書く「ヒラメ裁判 官」は増えているという(上のほうばかり見ているので、目がヒラメのようになっている)。

 刑事事件では、起訴された事件は99・9パーセント有罪になる。裁判官は1000の裁判で999回、有罪の判決を書いているわけで、こうしたなかで無罪判決を出すのは常(つね)ならないことだ。
 司法試験に受かった裁判官のタマゴたちは修習所で有罪判決の書き方しか教わっていないとテレビで証言していた元修習生がいたが、裁判官になってからも有罪判決ばかり書いているのでは、どうやって無罪判決を出せばいいのかよくわからなくなっても不思議はない。

 99・ 9パーセント有罪という数字は、日本の警察が優秀で、検察も起訴に慎重だからだといわれていた。しかし、先のような冤罪事件を見ると、警察や検察が優秀だ からではなくて、起訴した事件は何が何でも有罪にすると、検察や警察はおろか大半の裁判官が思っていて、さらに「それでもボクはやってない」が描いていた ように、そうした実態を踏まえて弁護士までもが、無罪を主張するより、罪を認めて早くに保釈を獲得し、情状酌量をねらったほうがいいと思い、ときに被疑者 に勧めさえしているからとしか思えない。

●警察・検察との戦いでは圧倒的に分が悪い弁護側

 警察や検察は、長期に勾留して関係者を調べ、調書を作り裁判に備えるが、弁護士ができることは限られている。
 テレビ・ドラマでは、弁護士が関係者にあたって新証言を得て無罪判決を勝ちとるといったことが当たり前のようにやられている。しかし実際には、こんなことはほとんどないようだ。
 関係者には警察がすでに聞いてまわっており、新証言を引き出すことは難しい。
 物証もすべて警察がおさえている。
 結局、弁護側は、起訴後、検察側が開示する証拠や供述調書の曖昧な点をつくことが中心にならざるをえない。

 経済状態でも、警察や検察と、刑事裁判の弁護側では大きく条件が違う。
 警察や検察は給料が出ているので、生活の心配をすることなく捜査に没頭できる。
  しかし、弁護士のほうは、刑事事件に血道をあげていては食べていけない。金に糸目をつけず弁護料を払える刑事事件の被疑者などめったにいないから、持ち出 し覚悟で、刑事事件にあたることになる。弁護側に比べて、圧倒的に潤沢な資金と人力をかけられる国家機関との勝負では最初からそうとうに分(ぶ)が悪い。
 99・9パーセントという数字は、起訴された裁判すべてに対する有罪率で、無罪を主張している否認事件については3パーセント前後だが、弁護士が無罪判決を獲得できるのは一生のうち一回あるかのものだという。

●特別の場所ではなくなってきた裁判の世界

 冤罪で一生を棒にふらなければならなくなるようなことは何としてもやめてもらいたいが、人間のやることだから、警察でも裁判官でも誤りはあるだろう。
  しかし、先の事例から見えてくるのは、警察や検察が過失で罪のない人を起訴したり有罪にしてしまったわけではないということだ。犯罪を犯していないと感じ ながらも、きちんと捜査をしなかったり、証拠を握りつぶしたりしている。つまり、組織ぐるみで証拠のねつ造をやっている確信犯的なやり方なのだ。

  前にも少しそうしたことを書いたが、アメリカはこうした日本の司法の仕組みを知っていて、日本で犯罪を犯した米軍兵士をなかなか引き渡そうとはしない。法 的な根拠は日米間で結ばれている協定だが、日本の司法制度が非人道的で信用できないと知っているからこそこだわるわけだ。逮捕されてもなかなか弁護士を呼 んでもらえず、呼べても接見の時間は十分にとれない。調書も勝手に書かれてサインを強要される。
 アメリカ政府が米軍兵士の円滑な引き渡しをしないのを横暴だと日本人は怒るが、それは、われわれが非人道的で信用できない司法制度を当たり前のものだと思っているからだ。

  これまで、刑事事件というのは特別な人々がかかわるもので、大多数の人々は無関係だと思っていた。しかし、冤罪事件が相次いで発覚し、とくにふつうのサラ リーマンが痴漢事件の犯人と誤解されて検挙されることがあるとなってくると、特別の世界の話とは言っていられなくなる。99・9パーセント有罪という数字 は、警察に対する信頼度を示す数字というよりも、日本の司法の恐るべき実態を示すものだと多くの人が気づき始めた。民主主義国ということになっている今の 日本で、罪を犯していないのにそう扱われてしまうことほど理不尽な話はないだろう。

 来年5月からは裁判員制度が始まることが4月15日の閣議でいよいよ決まった。
  最高裁判所のパンフレットによれば、その年に裁判員に選ばれる確率は3500人に1人。一生のうちで裁判員になる人は60人に1人ぐらいだ。ただ、50人 から100人の候補者のなかから最終的に6人を裁判員として選ぶので、候補者になる確率はもっとずっと高い。5~10人に1人ぐらいは候補者として裁判所 に呼ばれることになる。自分が呼び出されなくても、呼び出されたという知人の話は耳にするはずだ。
 これまでは問題があっても、司法にかかわる限られた人々のあいだでうやむやになっていたことが、それではすまなくなるだろう。

afterword
 アメリカの陪審員制度みたいなものが日本でも始まると思われているが、陪審員と裁判員では違う。裁判員制度には大きな問題点があることも指摘されている。そうした点についても近々とりあげる。

関連サイト
●地方裁判所での判決の分類リスト。平成18年は、75370の裁判のうち無罪判決が出たのは92件で、割合は 0.12パーセント。前年は、79203件中63件で、わずか0.08パーセント。1000件に1件もない。裁判官が無罪判決の書き方をわからなくなって も無理はない。裁判所のサイトの「司法統計」のコーナーにある(http://www.courts.go.jp/search/jtsp0030?action_id=search&sihouTokeiSrchKbn=3&sihouTokeiSrchScrKbn=01)。「3-5 刑事通常第一審事件の終局区分別人員(実人員)【地方裁判所】」と題されている。
●最高裁判所が作成した裁判員制度の解説サイト(http://www.saibanin.courts.go.jp/)。意識調査の結果が公開されている。参加したくないという人が大半だが、女性より男性、高齢者より若者層のほうが、参加に積極的な傾向が見てとれる。
夏木栄司『でっちあげ――痴漢冤罪の発生メカニズム』(角川書店)。痴漢事件の被疑者とされたことで、たいへんな目にあった人が、その顛末を詳細につづった本。唖然とするメチャクチャな捜査と不可解な司法の世界が書きとめられていて、読み物としてもおもしろい。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.532)

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