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2008.04.18

マスメディアの衰退を促進する判決?

マスメディアよりもネットが自由に書ける
法的裏付けともいえる法律判断が出た。
この判決が確定すれば、
基本的なメディア状況が変わるかもしれない。

●表現の自由とプライバシーの侵害のどちらが気になる?
 

 数年前に、田中真紀子元外相の娘のゴシップが「週刊文春」に出て、同誌の発売差し止め請求が行なわれるという事件があった。
 表現の自由とプライバシーのどちらを重視するか新聞などでも意見が分かれたが、そのとき300人ぐらいの学生に、どう考えるか聞いてみた。
 すると、圧倒的にプライバシー重視派が多かった。
 ある男子学生が、「だって、自分のプライバシー、暴かれたらイヤだもんな」とぼそっと口にしていたが、この言葉がその理由を端的に示している。

 日本ではたいていの人は「表現の自由が脅かされる」という危機感が体験上あまりない。
 しかし、報道被害やプライバシーの侵害については、実際の被害のあるなしにかかわらず、さまざまな事件を通じてかなりリアルに感じられる。
 その結果、表現の自由を重視するのか、それとも名誉毀損やプライバシーの侵害を心配するのかと言われれば、後者のほうをとる人が多くなる。
 田中元外相の娘の場合、週刊誌側は、将来、政治家になる可能性もあり準公人だと主張したが、そうした見方に賛同する学生は少なく、支持されにくかった。
 問題によりけりということはあるだろうが、少々極端に言えば、表現の自由について騒いでいるのはマスコミ関係者だけ、という雰囲気になっていることはけっこうあるように思う。

  前回とりあげた「平和神軍観察会」というサイトがラーメン店チェーンを中傷したということで刑事裁判にまでなっている事件は、とりあえずはネットを舞台にしていることではあるが、構造的には、マスメディアで起こっていることと変わりはない。
 媒体がネットでもマスメディアでも、名誉毀損で訴えられると、訴えられた側は、主張の正しさを信じていたとしても困ったことになる。
 たいていの裁判では、訴えた側が、相手の過ちを証明しなければならないのに対して、名誉毀損では、名誉毀損とされる表現はすでにある。名誉毀損ではないということは、訴えられた側が証明しなければならない。真実であるか、真実だと信じるにたるきちんとした理由を示す必要に迫られる。
 相手に関する事実を証明するのは、自分のことについて証明するよりはるかにむずかしい。その告発が社会的に意味があったとしても、告発した人間が負けてしまう仕組みになっている。

 ネットの名誉毀損訴訟はよくあるし、マスメディアに対しても高額の賠償請求訴訟が起こっている。ほんとうに被害をこうむった人には(少しは)救いになると同時に、メディアの批判を黙らせたい勢力にとっても、都合がいい世の中になりつつある。
 司法制度改革で弁護士の数が増加すれば、お金に困った弁護士が、「この記事は訴えてお金を取れますよ」と“名誉毀損を作る”ようなことも出てくるだろう。
 
●冷たいマスコミの反応

 ネットでもマスメディアでも、それぞれの情報発信の評価は低く見られる傾向にある。
 ネットでは、「だからマスコミは困ったものだ」というムードが蔓延しているし、一方、ネットの外の世界では、ネットは根拠なく人をおとしめる「ゴミための落書き」だと思われている。
 どちらの媒体を使ったとしても、告発者に温かい環境にはなっていない。

 報道内容が問われて刑事事件に発展したりすれば、マスメディアでは大騒ぎになる。
 しかし、「平和神軍観察会」をめぐる事件については、不思議なぐらいにそうしたマスメディアの反応が見あたらない。
 こうした事件で異例の刑事事件として検察が立件したのは「見せしめ」的な意図もあったと思われるが、そうしたことに反応したマスメディアもない。

 この事件を「表現の自由」の問題としてマスメディアがなぜ見ないのかについて、実際のところもうひとつよくわからないのだが、ネットでの誹謗中傷をかねてから深刻な問題として見ていたということはあるだろう。さらに、少々うがった見方をすれば、この裁判で示された判断が定着してしまうと、これから書くように、マスメディアにとっていよいよ困った状況が生まれるということも、多少は関係しているのかもしれない。

 前回書いたように、この事件に無罪判決が出たのは、マスコミと個人では違い、またネットでは対等に反論できるし、個人の情報発信は信頼性が低いと受けとめられているということからだった。 ネットのほうが名誉毀損にはなりにくくなる基準を打ち出した。
 そうしないと、ネットでの自由な情報発信を縛ってしまうというわけで、この事件に関しては、マスコミよりも、裁判官のほうがネットの「表現の自由」の問題を気にしている。

●ネットのほうが自由に書ける?
 
 検察側が控訴したのでまだどうなるかはわからないが、もし上級審でも地裁の判断が認められれば、きわめて興味深いメディア状況が生まれることになる。
 通常は、マスメディアのほうが突っこんだ取材ができ、記事もそれに見あったものができると思われている。しかし、実際は高額賠償訴訟なども続いており、記事にしにくいことは増えてきている。ネットのほうがはるかに自由に書けるということはすでに起こっているが、法律的にも裏付けができることになる。
 誹謗中傷がネットでこれ以上増えるのは困るが、その一方、伝えるべき必要があってもマスメディアで書けないことについては、法的にもネットのほうが書きやすくなり、ネットをそういうぐあいに使うケースはいよいよ増えるだろう。この判決によって、「ディープな話はネットのほうがよくわかる」という状況が促進される可能性があるわけで、オールド・メディアの衰退とネットへの移行を勢いづけるエポック・メーキングな判決ということになるかもしれない。

●信頼性が低くても影響力はあるネット

 とはいえ、判決の言うように、「ネットの個人の情報発信は、信頼性が低いと受けとめられている」としても、影響力がないとは一概に言えない。
 多くの人に一挙に到達する影響力という意味では、たしかに現状ではたいていの場合、マスメディアのほうが上だ。けれども、テレビや新聞で言っていることよりも、いつもアクセスしてその考えに親しんでいるネットの個人の情報発信のほうが心に響くということはある。

 その象徴的な例がケータイ小説だ。
 大作家やベストセラー作家の小説もケータイで読めるのに、人気を呼んだのは、読み手に近いシロウト作家の作品だ。
 どちらが影響力があるかについて、従来とは違うことが起こっている。

 このように、どちらが影響力があるか一概にいえないと裁判官が思いだしたら、こんどのような判決は出ない。ネットの評価が上がったことにはなるが、その場合はやはり、マスメディアとネットは同じ立場に立たされることになる。

afterword
 名誉毀損をめぐる法律そのものにじつは問題があるのだが、上に書いた事件に関連してそうしたことを指摘した記事はどこもなかった。
 「誰もが情報発信者」の時代に、著作権と並んできわめて重要な、そうした法律問題について次回はとりあげる。

関連サイト
●朝日新聞の記事(http://www.asahi.com/digital/internet/TKY200802290352.html?ref=goo
●読売新聞の記事(http://www.yomiuri.co.jp/net/news/20080303nt03.htm
●毎日新聞の記事(http://mainichi.jp/select/today/news/20080301k0000m040062000c.html)。
 時間が経って読めなくなっている新聞社サイトの記事もあるが、これらの記事はまだ読める。しかし、不思議なことに、最初に公開したときと記事のURLが変わっている。

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