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2008.03.21

低価格を追い求める消費者の声に応えて行き着く先は?

ネットで価格を簡単に比べられるようにもなって、
安売り競争は熾烈になる一方だ。安さを求める消費者の
欲望が雇用を失わせ、地域経済を破壊しているという。

●史上最大の企業の裏側

 消費者とすれば、ものを安く買えればありがたい。同じものを売っている店が2軒あれば、安い値段のほうで買おうとするのは当然だ。消費者としてはきわめて合理的な行動だが、その行き着く先はどこなのか。

 だいぶんまえに買っておきながら時間がなくて手に取れないでいた本を読んだ。『ウォルマートに呑みこまれる世界――「いつも低価格」の裏側で何が起きているのか』で、その本には、こうした疑問に対する答えが、すでに起こっている現実という形で提示されていた。ビジネス書の流通業界のコーナーに置かれていることが多いが、業界の話にとどまらず、いま何が起きているのか、さらにはグローバル経済というものがどういうものかを教えてくれる好著だ。

 ウォルマートというと、日本では、西友を段階的に子会社化し日本に進出しようとしているもののなかなかうまくいかない会社といったイメージしかないかもしれない。しかし、アメリカの食品市場の20パーセントほどのシェアを占め、アメリカ最大の小売りであるばかりでなく、ここ10年間、

「ほとんど常に世界最大の企業であると同時に、史上最大の企業でもあり続けた」。

 石油価格の急上昇で、05年にはエクソンモービルにその地位を譲ったが、06年にはまた逆転してウォルマートが一番になった。
 この本では、エクソンモービルの従業員が9万人であるのに対し、ウォルマートの従業員は160万人であることからも、実質的にはその地位は揺らいでいないと書かれているが、そのとおりだろう。

●史上最大の企業とのつきあいは「死のスパイラル」
 
 スーパーはしばしば特売と銘打ち、期限を限って安売りをする。しかし、価格が変動するのでは、消費者も納入業者も安定した売買はできない。
 ウォルマートは大量に仕入れるかわりに、価格をつねに下げることに成功した。そういう意味では、消費者にとっても納入業者にとってもありがたい存在だが、問題は、「いつも低価格」を維持するための方法である。
 
 メーカーなどにとって、全米最大の小売りチェーンで大量に売ってくれるウォルマートはかけがえのない存在だ。ウォルマートが「商品をあつかいたい」と言えば、断わる業者はほとんどない。しかし、こうしてウォルマートと商売を始めるとあとは泥沼ということになりかねないというのが、このショッキングな本が描くウォルマート商法である。

 「いつも低価格」を維持するために、次の年には5パーセント価格を下げろといった交渉を、ウォルマートは納入業者とやるそうだ。メーカーや卸しなどの納入業者は、ウォルマートに切られては困るから必死になってコストダウンをはかる。最初の何年かはそうした努力で価格の低下を吸収するが、いずれは限界に達する。
 さて、そのとき、どうするか。何年も経てば、その会社はウォルマートに卸すことが前提になっている。ウォルマートと縁を切るなどという選択肢はもはやない。当然考えられるのは、生産拠点を海外、とくに中国や南米などに移すことだ。こうしてアメリカのメーカーの海外生産がどんどん進んでいく。
 
 しかし、「いつも低価格」は簡単なことでは維持できない。
 ウォルマートの要求には限りがなく、さらに価格引き下げを求められた業者は、商品の品質を落とすしかない。こうしてブランド価値を誇っていたメーカーが、ウォルマート向けの低価格商品作りに手を染めていく、ということも起こる。

 ウォルマートで安く売られているのを知ったほかの大手小売りも黙っているわけはない。ウォルマート向けだったはずの低価格商品が、いつのまにかそのメーカーの中心商品になったりもする。量を売ることを最優先で事業再編を迫るウォルマートとの取引は「死のスパイラル」だという。

 こうしたウォルマートを批判するのは簡単だが、低価格を求めているのは消費者だ。ウォルマートは、そうした消費者の声を代弁しているともいえるのだ。
 メーカーなどの納入業者も、ウォルマートの要求に応えられず切られてしまったとしても、それは、ウォルマートが無慈悲なのではない。価格引き下げを求める消費者の声に応えられなかった納入側の責任とも言える。

 ウォルマート自身も「努力」している。従業員一人あたりの利幅はきわめて小さく、マイクロソフトの30分の1だ。納入業者にコストぎりぎりの価格を求めるだけでなく、自分たちもそうしている。しわ寄せは、当然ながらウォルマートの従業員にも行き、賃金は低く、福利厚生は不十分、仕事は単純でつまらないと犠牲を強いられる。ウォルマートはその地域の雇用を拡大しているというが、ほかの小売りがつぶれて国内産業が空洞化していくことを思えば、差し引きマイナスという調査もある。

 ウォルマートがこれほど巨大でなければ、それほど問題ではなかっただろうとこの本は繰り返し述べている。しかし、あまりに大きすぎるので、出店先の地域に甚大な影響をあたえてしまう。史上最大の小売りの行なう価格の引き下げは、ときとして従業員はもちろん、地域全体の貧困化をもたらすという恐るべき結果さえ生むことになる。安さを求める消費者の欲望が、雇用を破壊し、地域経済を破壊する、というわけだ。

●低報酬の企業は社会全体に迷惑をかけている

 この本で書かれているようなことは、部分的にはすでに日本でも起こっている。巨大な小売りが価格交渉力を握り、メーカーなどに強力な価格引き下げを求めるとともに、低価格を武器に中小の小売りを呑みこんでいる。
 
 ウォルマートへの批判で興味深いのは、従業員の賃金が低くて暮らしが成り立たないようだと、結局のところ社会全体に負担がかかるという点だ。
 日本でも、ワーキングプアの存在が注目され、健康保険を持っていない人が増えていることが問題視されている。とはいえ、当事者以外には、どこか「人ごと」といったふうである。
 しかし、じつはそうではないということが、ウォルマートに対する批判でははっきりと示されている。派遣や請負などの非正規雇用が増え、世帯の維持ができなくなったり、長時間労働で健康をそこなう人が増加すれば、生活保護や医療保険などの支出が増える。その結果、納税者みんなが困ったことになる。暮らしていけないような報酬しか払っていない企業は、社会に負担をかけ、社会的責任を果たしていないというわけだ。

 大企業が低賃金労働者を放置していることにはこういう問題がある。ウォルマートに対して突きつけられているこのような視点が、日本ではしばしば抜けていることに気づかされる。

 この本が日本で出版されたのは昨年夏だが、原書は06年で、じつはこのあとウォルマートは苦境に陥っている。そして、この苦境にはネットとコンピューターが大きく関係しているという。
 次回はそれについて書くことにしよう。

afterword
 大量に仕入れて低価格で売ることのできる巨大小売りが有利になるというのは、価格の比較が容易なネットでは、もっと顕著に起こるのではないか。このところそうしたことが気になっていて、ウォルマートの本もそういう関心で読んだ。

関連サイト
●ウォルマートのサイト(http://www.walmart.com/)。アメリカの景気が怪しくなってきて、ウォルマートは低価格路線を一段と強化している。サイトでは、テレビやパソコンなど電化製品が目立つ。
●チャールズ・フィッシュマン『ウォルマートに呑みこまれる世界――「いつも低価格」の裏側で何が起きているのか』(ダイヤモンド社)。ウォルマートの創立者サム・ウォルトンによる流通革命は、小売りの模範例としてかつて日本でももてはやされた。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.525)

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