« 米ヤフーはどうしてそんなに落ち目になったのか?――米ヤフー衰退の理由(1) | トップページ | ポータルサイトはどこへ行く? »

2008.03.07

米ヤフーの消えた「21世紀型メディア」の夢――米ヤフー衰退の理由(2)

米ヤフーを率いてきた人物は、
「未来のコンテンツ」をデザインするという野心を持っていた。
その望みが消えようとしているが、
そうなった理由はどこにあるのか?

●ヤフーの歴史が消える?

 IT企業の栄枯盛衰が激しいのは日本でも同じだが、ウェブの発展とともにあった米ヤフーの歴史をたどり直してみると、そうしたことがほんとうによくわかる。
 マイクロソフトの買収提案が通ったとしても、アクセスを集めているヤフーのポータルサイトが消えてしまうことは考えにくい。しかし、会社としての米ヤフーの存続は怪しくなってきたいま、ヤフーの発展と失敗の経緯を振り返ってみるのは意味がある。ウェブがどう発展し、いまどういう地点に行き着き、これからどうなろうとしているかが見えてくる格好のケーススタディだからだ。

 ヤフーは、94年にスタンフォード大学の2人の大学院生がサイトのリストアップを始めたことから生まれたが、会社になったのは翌95年の3月。
 サイトはたちまち人気を呼んだものの、創業から何年も財政状態はよくない。
 98年まで赤字。
 ただ95年8月に始めた広告の収入は毎年数倍の増加を示していたし、投資もあったから心配はしていなかっただろう。
 それでも97年の赤字は4300万ドル。
 日本円にして50億円ほどだから、20代の若者たちの会社が抱えた借金はかなりのものだ。

 99年に黒字になったと思いきや、ITバブルが崩壊して、01年にはまた9300万ドルの大赤字。
 ベンチャー・キャピタルからのカネで膨れあがった新興ネット企業の広告が収入の9割近くを占めていたが、それが一挙に吹き飛んだ。
 その結果、売り上げが4割近く減ったのだから、経営陣は真っ青になったにちがいない。米ヤフー最大の危機は(今回を除けば)このときだった。

●バブル崩壊でヤフーが消えなかったワケ

 危機を救ったのは、昨年までCEOだったテリー・セメルだ。
 ワーナー・ブラザーズの元経営者で、01年にヤフーのCEOになったときには、メールも打てなかったと言われている。しかし、ヤフーに入るまでには2年ほどブランクがあり、その間、IT関係の投資をやっていたようなので、ITの世界について無知だったわけではないだろう。ただ、コンピューター・オタクぞろいのヤフーの中では、「メールの打ち方もわからないやつ」同然ではあったにちがいない。

 セメルという人は、ともかく人柄はいいようだ。
 経営が再び危うくなって、セメルは、激怒した株主たちに責め立てられ、文字どおり石をもって追われることになったわけだが、ヤフーの幹部たちは、ほんとうに名ごり惜しそうな、また深い感謝の念のこもった言葉を贈っている。
 アメリカの企業の経営者にしては珍しく、リスクをおかすのも、がつがつ競争するのも好きではなかったようだが、ヤフーの創立者たちとはソリがあったようだ。

 セメルは、会社を建て直すために何か奇策をやったわけではなかった。
 検索連動広告の創始者のオーバーチュアと関係を深め、この広告の導入によって売り上げを回復させた。
 そのほかやったのは、学生同然だった社員たちに、社会人らしい心構えを植え付けたことだ。ネットという新たな分野で注目されていよいよ生意気になった若いスタッフたちはまともな広告営業もできなかった。
 顧客の立場に立った営業をやらせるとともに、きちんと経営管理をした。つまりは会社らしくしたわけだ。

●ハリウッドの住人であることをやめられなかったヤフーのCEO

 メールも打てないと言われたセメルだが、ネットに関して野心を抱いていないわけではなかった。
 彼は、ヤフーを「21世紀のメディアにする」と言った。
 これが運命の分かれ目だった。

 検索エンジンのインクトゥミやオーバーチュアを相次いで買収し、検索に力を入れたのだから、セメルには、それをもっと推し進めていくという選択肢もあったはずだ。そうしていれば、売り上げをグーグルに抜かれるようなことはなかっただろう。
 しかし、セメルはそうしなかった。

 SNSなど不特定多数の人々の情報発信を重視すると言いはしたが、そうした方面への目立った投資は、写真共有サイトのフリッカーの買収ぐらいだった。
 むしろ彼が関心を示したのは、「プロのコンテンツ」のほうだ。

 「私はヤフーのことを主要なメディアを動かす21世紀の技術企業だと見ている。ネットのコンテンツがどうなるか未来をデザインすることに手を貸したい」

 セメルはそう言い、ネットを使って茶の間のテレビやモバイル機器に、映画や音楽などヤフーのコンテンツを送りこむことを夢見た。

 ライバルのグーグルのほうは、一貫してコンテンツを作ることには興味はない。ユーザーがコンテンツを見つけやすくするのを仕事にした。
 
 08年のいま、どちらが正解だったかといえば、グーグルのほうということになる。
 お茶の間のテレビや携帯電話でネットのコンテンツを見るということは始まったばかりで、ヤフーのように大きな会社の収益を支えるにはまだ早い。将来はともかく、これまでのところは検索連動広告で地道に利益を上げることを考えるべきだった。
 結局セメルは、ヤフーに移ってからもハリウッドの人間であることをやめられなかったことになる。

 グーグルに売り上げを抜かれたのは05年だが、06年になると収益が伸びていないことがはっきりしてきた。
 07年6月の株主総会では、セメルら幹部に不満が集まった。総会は何とか乗りきったものの、株主たちの信頼を失ったことを悟ったセメルは、CEOの座を創業者のジェリー・ヤンに譲らざるをえなかった。

●ネットの「未来のコンテンツ」はどのようなものか

 セメルがうまく行かなかったのには、彼の言う「未来のコンテンツ」がマトを射ていなかったこともあっただろう。
 ちょっと前までの「ネットとテレビの融合」のイメージは、「ネットを使って、映画やドラマがオンデマンドで見れますよ」といったたぐいのものだった。しかし、利用者が求めているのは、少なくともさしあたりそんな「テレビ化したネット」ではないようだ。ユーチューブやニコニコ動画、あるいはブログ、SNSに見られるように、情報発信にはるかに重きをおいたコンテンツが好まれる。ドラマにしても、もっと双方向性やユーザーからの情報発信を取り入れて、それによってストーリーが作られていくケータイ小説のようなものが「未来のコンテンツ」になっていくのではないか。

 いずれにしても、おそらくかなり長いあいだいろいろな試みがなされ、流行ってはすたれるといったことが繰り返されるにちがいない。ヤフーのようなポータルサイトが、新たなサービスが生まれるたびに自前で作ったり買収したりしていたのでは切りがない。そうした流行りのコンテンツに利用者がアクセスしやすくすることがポータルサイトの未来像なのかもしれない。

 実際、アメリカのヤフーも日本のヤフーもそうした方向にすでに歩み出している。
 巨大ポータルサイトがどこへ向かおうとしているのか、次回はそれについて書くことにしよう。

afterword
 前号で、米ヤフーは、サービスをたくさん作りすぎて収益を圧迫していると書いたが、グーグルと比較してコストがかかっているのはマーケティングの費用のようだ。つまり広告を取るのに、グーグルより手間がかかっているというわけだ。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.523)

« 米ヤフーはどうしてそんなに落ち目になったのか?――米ヤフー衰退の理由(1) | トップページ | ポータルサイトはどこへ行く? »

マイクロソフトの米Yahoo!買収」カテゴリの記事

2014年8月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31