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2007.12.07

ヤクザマネーがなぜベンチャーに流れこむのか?

怪しげなカネがネットに流れこんでいるのではないかと、
ときに感じることがあるが、そうしたことが起こるのは、
起業をめぐる風土の問題もあるのではないか。

●起業するのは割に合わない?

 この時代、「いかにカネを稼ぐか」を日々真剣に考えたとしても食べていくのは容易ではないが、私は、「ウィキペディアはどういう仕組みで記事がで きあがっているのだろうか」とか、「人間や動物の神経と電気回路を直結させてコンピュータを動かすなんてすごいよな」などと(このコラムに書いているよう なことを)思いながら暮らしている。これでよく食べていけるものだと自分でもときどき思うが、子どものときには、もっとまじめにカネ儲けを考えていた。あ れこれビジネスモデルを思いめぐらせて、けっこう起業家精神もある子どもだったと思う。でも、けっこう早くに、起業は割に合わないと気がついた。
 ライブドアの社長として頂点を極めていたころの堀江氏は、失敗してもゼロに戻るだけで起業しない手はないと「ベンチャー・マインド」をしきりに説いていた。しかし、この言葉を聞いた私は、「そうかなあ」といぶかしく感じていた。
  ビジネスを始めるには資金がいる。通常は金融機関に貸してもらうわけだが、担保が必要だ。自分の住んでいる家や土地、それがなければ親や親戚の財産などを 当てるしかない。ビジネスが軌道に乗り始めてからも、資金繰りが必要になれば、個人保証して融資してもらうことになる。うまく行かなくなってもたいていは すぐにあきらめたりはしないから、倒産時には借金が膨れあがっている。つまり、失敗すればゼロどころか大きなマイナスを背負いこむことになる。

「割に合わない」のはそればかりではない。一時は成功しても、たいていはひとつのアイデアだけではやっていけない。新たなビジネス展開を思いつかな ければ、いずれは敗れ去る。つまり、「失敗の神さま」はじっと待っているだけでいい。成功したと思って浮かれているヤカラも、やがては疲れ、アイデアが尽 きればそれまで。小さな会社では、自分の能力と運の限界がただちに会社の限界になる。「時間相手に勝負しても勝てないよな」と若いころの私は早々に思っ て、ベンチャー・マインドを捨ててしまったわけだ。

●ノーリスクのシリコンバレー・ベンチャー

 そんなことを思い出したのは、『シリコンバレー精神』という本で梅田望夫氏が似たことを書いていたからだ。この本は、ベストセラーの『ウェブ進化 論』以前の原稿を集めたもので、アメリカのITベンチャーがいかにして成り立っているかを、シリコンバレーの風土を間近に感じながら説明している。
  彼の地でコンサルタントやベンチャー投資の会社を設立するにいたった梅田氏も、日本にいた20代のころは、「個人保証付きの借金をしてまで起業したいとは 思わなかった」そうだ。「ビジネスの失敗が原因で、倒産直前に配偶者に借金が及ばないよう離婚を余儀なくされるとか、その後の長い人生、大きな借金を返し ながら生きるなんて絶対に嫌だった」からだ。
 ところが、シリコンバレーには、「失敗しても返さなくていいお金」で起業できる仕組みがあった。ベ ンチャーキャピタルだ。彼らは、投資した中のひとつが当たればもとが取れるので、起業家に個人保証を求めない。アイデアやビジネスプラン、起業家の力量な どを見て出資してくれる。実力があれば、ノーリスクで起業できるわけだ。
 投資を受けた起業家のほうも、個人で借金を抱えるなどということはまっ たく考えず、投資のお金が尽きればそれまでとあきらめ、出直しをはかる。負債もないので、失敗しても何度でもチャレンジできる。だから、優秀な若者がゲー ム感覚で起業する。それによってアメリカのITベンチャーが生まれたのだという。

 アメリカのベンチャーは、「時間相手に勝負する」などといった無理な戦いもしなくていい。うまく軌道に乗ったら会社を売って見返りを得ることをゴールのひとつと考えている。これならば、アイデアひとつで会社を起こせるし、個人でも十分に勝ち目がある戦いができる。
 こうしたことが一般的であれば、個人保証をして人生を賭けるかのような振る舞いは、する必要がないどころか、ばかげたことにさえ見えてくる。
  日本の金融機関も、大手の会社がお金を借りてくれなくなったこともあり、新興企業にお金を貸さなければと思うようにはなってきたし、ベンチャー投資家も出 てきてはいる。ただ、堀江氏も、金を貸してもらえるぐらいのビジネスプランでなければだめだと言っていた。「失敗しても返さなくてもいいお金」で起業する ことを勧めていたわけではないようだ。日本のベンチャーが個人保証のリスクを負わずにすむのは稀だろう。

●失敗すれば人生が終わり、と思えば‥‥

 そうした状況のなか、日本では、思いがけない投資家が出現しているらしい。ヤクザである。先日放映されたNHKスペシャル「ヤクザマネー~社会を蝕(むしば)む闇の資金」がこうした問題をとりあげていた。
 ヤクザマネーは、切羽詰まったベンチャー経営者にも、あっさりとカネを貸す。カネを出す代わりに株券を預かり、会社経営を好きに行なって、利益を吸い取っているのだという。
 いまやヤクザが直接乗り出す必要はなく、ヤクザの「共生者」である金融や投資のプロが企業と交渉したり投資をすることも増えているそうだ。「投資しましょう」と言ってきた投資家のバックにヤクザがついている、といったことも起こっているのだろう。
  実際のところ、ネットでアンダーグラウンド的なサイトを見てまわっているだけでも、この背後関係はどうなっているんだろうと疑問に思うことはときにある。 ベンチャーを食い物にするヤクザマネーが流れこんできている、などと聞いても、「びっくり」というより「やっぱり」と思うぐらいのものだ。

 こうしたことは、アメリカでも起こりうることではあるだろう。カネに困った投資のプロが、闇の組織の資金を、背後関係を隠して運用する、などということはやられているにちがいない。
  ただ、投資を受ける側が、怪しげなカネについてまったく疑問を持つことがないかと言えばそうでもないのではないか。サイトを見てまわっただけで疑問を持つ こともあると書いたが、当事者ならば、怪しいという気配を感じることもあるはずだ(もちろん気がつかないほど巧妙に仕組まれていることがないとは言わない が)。
 怪しげだと思えば、受けとらないでおこうと思うのがふつうだろう。おそらく日米で違うのはその先だ。「ここで失敗すれば人生がなくなる。 あとがない」と思えば、多少怪しげなカネでも受けとってしまいがちだ。一方、ゲーム感覚で起業をめざす風土では、怪しげなカネを受けとって人生を棒に振る ようなことはやめておこう、と考えるだろう。
 ヤクザマネーを排除するには取り締まることも必要だろうが、「失敗すれば家族離散。人生おしまい」のような悲愴な覚悟が必要な起業風土から別れることも重要なのではないか。

関連サイト
梅田望夫『シリコンバレー精神 -グーグルを生むビジネス風土 』(ちくま文庫)
NHKスペシャル「ヤクザマネー~社会を蝕【ルビ:むしば】む闇の資金~」

afterword
 中学生になったばかりのころ、田舎の青竹を都会に持ってきて干しざおにして売れば儲かるんじゃないかとその算段をめぐらせた。まあ、そんな儲かりそうにないビジネスばかり考えていたので、やめておいたのは正解だったのだろう。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.511)

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