ウィキペディア批判の急先鋒が作ったネット百科
ウェブ2・0はあっという間に流行語になり、
さらには批判の声も上がり始めたが、
ウィキペディア創立者の一人が、
ウェブ2・0の欠点を補う試みを開始している。
●ウェブ2・0批判
不特定多数の人が参加してコンテンツやサービスを作るウェブ2・0はあっという間に流行語になり、早くも手垢が付いた言葉になり、さらにはウェブ2・0批判の声も上がり始めた。
ウィキペディアの創立にもかかわったラリー・サンガーは、ウェブ2・0批判派などと呼ばれれば心外だろう。実際ウェブ2・0に理解を示す文章も書いてい
る。しかし、ウェブ2・0の代表的なサイトと見られているウィキペディアの現状にはきわめて批判的で、異なったコンセプトにもとづくネット百科を立ち上げ
た。
実際のところ、一括りにオープンソースとかウェブ2・0と言われているものにも微妙な違いがある。
オープンソースのOSとして知られるリナックスは、ネットで結ばれた多数のプログラマーが無償で協力して、マイクロソフトのOSにも対抗しうるソ フトになった。しかし、プログラマーがみな平等な権限を持っていたわけではなかった。最終的にどのアイデアを取り入れるかは、創始者のリーナス・トーパル ズを始めとするコアメンバーにかかっていた。彼らが、参加者が納得する公平な裁断をくだしたことでリナックスのプロジェクトは成功した。
ウィキペディアもまた、参加者がみな同じ権限を持っているわけではない。
記事の執筆や編集を行ない、信頼を得て選ばれた「管理者」が、記事の凍結や削除・復帰を行なう権限を持っていて、ウィキペディアを荒らす利用者にも、ブロックなどの強い措置をとれる。
管理者の任命ができる「ビューロクラット」と呼ばれるさらに強い権限を持ったメンバーもいる。
これらの人々はみなボランティアだし、彼らの執筆した記事も必要なら誰でも直すことができる。だから、管理者は特別な存在ではないと、ウィキペディアは権
限の差を過大評価されたくないようだ。しかし、争いごとが頻発する開放的なネット百科が荒れ放題にならずにすむかどうかは、管理者の力量にかかっている。
「2
ちゃんねる」にも削除などの権限を持っている人間はいるが、その権限の行使の仕方は違っている。品質保持をはかる必要があるプロジェクトでは、少なくとも
これまではある程度の権限の集中がやはり必要なようだ。そして、リナックス同様、ウィキペディアも、今のところはかなりうまくいっているプロジェクトと言
えるだろう。
●ウェブ2・0と専門家の和解
しかし、そうは考えない人もいる。
ウィキペディアの創立にかかわりながら、いまやその辛辣な批判者になったラリー・サンガーもその一人
だ。「ウィキペディアは修繕不可能なほど壊れて」おり、運営に深刻な問題を抱えていると手厳しいことを言っている。彼が批判者になったのは、ウィキペディ
アが専門家に対する敬意を欠いている、ということかららしい。
不特定多数の匿名の人がかかわるウィキペディアでは、誰が書いたかは問題ではない。書いたのがその分野の専門家であったとしても、遠慮のない罵倒が飛ぶ。そして、時間的余裕もあってネットのコミュニティを仕切るのがたくみな人間が議論に勝つ。
そのようなネットのありようにうんざりし、ウィキペディアから離れていった専門家たちを、サンガーは運営者としてずいぶん見て不満を募らせたようだ。
彼は、ウィキペディアの前身のネット百科「ヌーペディア」の編集長で、ウィキペディアの誕生にもかかわった。ヌーペディアの執筆者は博士号を持った専門家
が望ましいとされ、そうした人々が書いた原稿をさらに専門家が査読して掲載する学術誌なみの仕組みだった。しかし、この方式では記事が増えず、誰でも書け
る現在のウィキペディアに移行することになったわけだが、昨年秋サンガーは、両方の特徴を取り入れたネット百科をまた新たに立ち上げた。
「シティ
ズンディウム」というこのネット百科は、誰もが登録して執筆することができる。ただし、実名を名乗って書くというのが条件で、書いた原稿は専門家がチェッ
クし、必要な手が加えられて承認されるプロセスをとる。専門家からなるエディター以外に、「保安員」もいて、荒らしなどのイタズラに対処する。ひと言で言
えば、ウェブ2・0から「衆愚」的な部分を取り除き、信頼性の高い記事と安心できる執筆者のコミュニティにするというわけだ。
●新しいネット百科のゆくえは?
それに対し、ウェブ2・0寄りのメディアやライターからは「エリート主義だ」といった批判が起こった。サンガーは、自分もウェブ2・0のトレンド には肯定的で、シティズンディウムも誰もが書けるようになっていると反論している。しかし、ウィキペディアへの批判によって生まれたその成り立ちからし て、アンチ・ウェブ2・0的な「臭い」が漂うことは否定できない。こうしたプロジェクトでは、不特定多数の人々の支持をどれぐらい得られるかにかかってい るから、こうした「臭い」は致命的なダメージになりかねない。
そんなふうに思っていたら、10月末、設立1周年ということで、シティズンディウムは、「成功への予感」を強く漂わせるプレスリリースと進展状況を報告するレポートを発表した。
それによれば、1年経って2100人が登録し、3200の記事が書かれた。ウィキペディアは1年の時点で2万記事だったので数の上では劣るが、長い記事が多いという。
シティズンディウムが簡単に登録できるようにしたのは今年の3月からなので、数についても、比較するなら来年3月の時点ですべきで、そのときには、6、7
千の記事ができているはずだと予想する。貢献しても意味があるかどうか様子見している人もたくさんおり、一定の規模になるととたんに爆発的な成長が起こる
と考えられ、まもなくそうなるとサンガーは楽観的な見通しも述べている。
記事の執筆は、1月には1日4・3個だったが、7月には7個、10月に
は14個と1月の3倍以上、7月の倍になった。1年に3倍になるとすると、10万記事に達するのは2010年、1年に2倍だと翌11年、5割増しでも13
年にはそうなり、19年には百万記事になると皮算用する。
とはいえ、これはあくまでも編集中の記事の数である。
シティズンディウムが目標とする信頼できる記事というのは、編集者に承認されたも
のだったはずだ。それがどれぐらいあるのか見てみると、なんと39個しかない。トップダウンの古くさいやり方だったとサンガー自身認めているヌーペディア
が、3年半かかって24個だったのに比べればまだましだが、50歩100歩といったところだ。
サンガーは、ネットはいまや2つの総合的なネット百科が成り立つぐらいに成長しているというが、先行きを楽観できる状況ではやはりなさそうだ。
afterword
「管理者」のような存在の責任はあまりに重い。ウェブ2・0をさらに進化させるためには、前に紹介した方法のように、権限の集中によってではなく、システム自体によって品質保持を図れる仕組みが必要なのではないか?
関連サイト
●ウィキペディアを批判して立ち上がったネット百科「シティズンディウム」。同じくウィキを使っているので、サイトのデザインはウィキペディアに似ている。しかし、執筆するには、50語以上の経歴を書き、登録を認めてもらう必要がある。編集者になるには、さらに業績などを示して専門性を証明しなければならない。
●「シティズンディウム」のラリー・サンガーの項目。ウィキペディアの2人の創立者が違う道を歩んだのは、その経歴の影響もあるのかもしれない。ウェイルズが、大学院で博士号をとれずにビジネスの世界に転身したのに対し、サンガーは、博士号の持ち主で、大学でも哲学を教えるなど、アカデミズムへの愛着が強いのだろう。
(週刊アスキー「仮想報道」Vol.510)
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