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2007.11.09

完全に権威主義とさよならできる百科事典の作り方

おもしろいアイデアというのは、あるものだ。
ウィキペディアの記事の信頼性を
ひと目で見分けられるようにする
画期的なアイデアを紹介する。

●ブリタニカにはなくて、ウィキペディアにあるもの

 一昨年、科学雑誌の「ネイチャー」が、ブリタニカとウィキペディアの記事の誤りの数はあまり変わらないと調査結果を発表し、ブリタニカが猛反発す る事件があった。百科事典界の頂点に君臨してきたブリタニカの原稿が、誰が書いたかわからない原稿と同じと言われてはたまらない、というわけで、ブリタニ カは、「調査の仕方がおかしい。記事を撤回しろ」とクレームをつけた。権威ある科学誌の看板を掲げるネイチャーのほうも引かず、調査は妥当なので撤回する 気はないと突っぱねた。
 論争の勝敗はともかく、ひとつはっきりしているのは、ブリタニカの編集の方法は確立しているのに対し、ウィキペディア は、よりベターなものがあればいつでも変わりうるということだ。ウィキペディアは、記事の信頼性を確保するために、出典を明示し、ほかの人がその記事を検 証できるように記事を書くという方針がある。ウェブが充実すればするほど容易にアクセスできる出典が増え、記述の信頼度が高まる。つまりウィキペディアの ほうはまだまだよくなる可能性があるわけだ。
 ウィキスキャナーの開発者が情報の信頼度を測る方法として有望と賞賛しリンクを張っていたサイトに は、記述の信頼性を簡単に見分けられるようにする画期的な方法が書かれていた。ウェブがもたらした「大衆の叡知」の時代には、なるほどこういうやり方があ るのかと目を見開かされるアイデアだったので、今回はそれを紹介しよう。
 ウィキペディアは、「検証可能性」を方針としているとはいえ、すべての記述について出典を明示するのはむずかしい。しかし、今回紹介する方法を使えば、利用者は、情報源のあるなしにかかわらず、記述の信頼度を判別することができる。

●ウェブ2・0的信頼度
 
 伝統的な百科事典は、専門家が執筆や編集をすることで、権威が生まれた。しかし、この方 法はコストや時間がかかる。ウィキペディアは、権威ある専門家のかわりに、評判のいい参加者を管理者に選び、もめごとを調整したり記事のグレードアップを はかりつつ、誰でも記事を書き、直すことができるようにした。その結果、アクセスのしやすさや扱う領域の広さ、スピードアップが可能になった。しかし、管 理者の仕事はとてもむずかしく責任が重い。また、管理者が勝手なことをしていると思われれば、ウィキペディアの持ち味である開放性にも傷がつく。もっと ウェブ2・0的なやり方があるのではないか、というのが提案の趣旨だ。

 ウィキペディアで公開された記事は多くの人の目に触れる。多くの人の目にさらされて異論がなかった記事は信頼できるはずだ。ひとつの記事のなかで も、おかしいということで直される部分とそうでない部分がある。多くの人が見ても直されなかった部分は信頼できるはずだ。このような考えのもとに信頼度に よって記事や文章を色分けし、一目でわかるようにする、というのが基本的な発想だ。

 アイデアを発表したのはトム・クロスという人物で、「ミームストリーム」という共同作業ツールを作った技術者だ。
 クロスによれば、ウィ キペディアを作成するためのソフト「ウィキメディア」には、閲覧回数を記録する仕組みがあったそうだ。けれども、かなりのコンピューター能力が必要だった ので現在は記録できなくなっており、閲覧回数は参照できないという。そのかわり、編集回数で記事の完成度を測る方法を提案している。記事について一定の回 数を超えて編集されても変わらなかった部分は成熟し、完成の域に達したと見なす。その指標を「編集成熟度E-mature」と呼ぶ。
 編集回数だ けで信頼度が測れれば簡単だが、そうはいかない。たとえば人気のない記事はアクセスされることが少なく、編集されにくい。この場合は、編集されないからと いって信頼できるとはかぎらない。少なくとも「成熟した」と見なすには一定の時間待つ必要がある。編集の手が加わらなくなってからどれぐらいの時間、未完 成ということにしておくか、その上限の時間を決めておく。これを「熟する時間T-venerable」と呼ぶ。
 さらに、悪意のある人が記事を編集しまくるということも起こる。ロボットソフトを使って改竄されたりもする。こうしたときには、短い時間で頻繁に改変される。成熟したと判断するための最低時間を決めておく。この最低時間までを「未熟時間 T-fresh」とする。
  たとえば成熟したと見なす編集回数を50回とした場合には、この50回の編集作業を経ても生き残っている部分は完成したと見なす。50回の編集に何日か かったかを見て、それよりも「熟する時間」が短ければ、その時間以上経った記述も成熟に達したものとする。また、編集が50回行なわれても「未熟時間」内 であれば、「未熟時間」以後の記事や文章だけを成熟したと見なす。

「編集成熟度」「熟する時間」「未熟時間」の3つをどう設定するかは、たくさんの記事や編集事例を調べてから決めるべきだとのことで、具体的な数字 は示していないが、こんなふうに3つの指標を使って、完全に完成したと見なされるものは黒字で、それ以前の段階は信号の色にしたがって、完成したと見なす 編集回数もしくは時間の3分の2を超えるものは緑、3分の1を超えるものは黄色、それ以下は赤で表示する。記事全部が黒字になるものもあるし、文章や単語 ごとに色分けされる場合もある。
 ウィキペディアは、ひとつの記事について、記事本文のほかに、編集ページ、記事について議論や提案をするページ、編集履歴のページがあるが、5番目のページを設けてこの色分けしたページを表示し、そこを見れば信頼度がわかるようにする。

●いまのウィキペディアにも権威主義は残っている

 なるほど、これはとてもおもしろい考えだ。
 ウィキペディアは専門家による執筆という権威の呪縛からは逃れることができた。しかし、それ でもまだ管理者の力量に依存しているし、マスメディアや学術文献など権威のある情報源にもとづいて書くという方針も掲げている。不特定多数の人の手でコン テンツを作るウェブ2.0の代表的なサイトと見られているが、そういう意味では依然として権威主義にとらわれている。
 ところが、クロスの方法を採用すれば、多くの人が見ておかしいと判断されなかった記述は正しい可能性が高いというわけで、完全に権威主義とさよならしている。
 クロスの提案を入れたとしても、管理者がまったくいらなくなるわけではないだろうし、採用にあたってはさらに考えなければならないことはありそうだ。とくに閲覧回数が使えないのは残念だ。これが使えれば、成熟のための時間といったあやふやな指標を使う必要はなくなる。
 こうしたことはあるが、人の手を経なくても、記事や文章や単語ごとにどれぐらい信用できるかの目安を得られるのは大きなメリットだろう。

afterword
 本文でも書いたように、クロスの方法を使えば、出典がなくて検証できず削除されかねない記述についても信頼度を測ることができる。検証可能性というハードなルールを緩和することもできるかもしれない。この点でも注目すべきアイデアだ。

関連サイト
 ウィキペディアの記事の信頼度を確認できる画期的なアイデアを提案しているトム・クロスのエッセイ「オープンで共同作業可能なウィキの信頼性を改善する」。現在はウィキペディア全体が信用できるかどうかが議論されているが、もっと細かい単位で信頼度を見きわめられる。そういう意味でも画期的だ。
 トム・クロスはふだんはコンピューター・セキュリティのリサーチをしているそうだ。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.507)

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