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2007.10.12

ウィキスキャナーで撃退されるのは誰なのだろう?

ウィキペディアに書きこんだ人の情報がわかる
ウィキスキャナーが話題になっている。
ネットとウィキペディアにどういう影響をもたらすだろうか。

●ウィキスキャナー騒動

 新聞社から電話がかかってきた。「ウィキスキャナー」についてどう思うか、とのことだった。
 ウェブ上の百科事典ウィキペディアは誰でも書きこむことができる。多くの人が参加することで記述のグレードが上がっていく。ウィキペディアでは書きこんだ非登録利用者のコンピューター・アドレスを保存・公開しており、ウィキスキャナーという新しく開発されたツールを使えば、どの組織のネットワークから書きこんだかがわかる。個人を同定できるわけではないが、日本も含めた各国で波紋を呼ぶには十分だった。
 ライバル企業の製品の評判を落とす書きこみをする「愛社精神」あふれる社員があちこちの会社にいることがわかったし、対立関係にある政治家をおとしめる書きこみをしたお役人もいるようだった。やんごとなき関係からの書きこみもあり、バチカンからも編集が行なわれていた。オランダ王室は、王子夫妻が書き換えたことを認める発表までしている。
 こうした騒ぎはウィキペディアやネットにとってはたしてプラスなのだろうか。

 もちろん恣意的に記述を書き変えるのがよくないことは明らかだ。また、業務時間に仕事と関係のないことをしているのは企業にとって好ましいはずはない。役所ならば、税金が使われているのに、ということにもなる。しかし、ウィキペディアをただ見て去るよりも、誤りを直すほうがひとの役に立っているとも言える。
 ウィキペディアはガイドラインで、中立性を守るため自分がかかわる事柄について書くことは推奨していない。そうした場合でなければ、少なくとも勤務時間外に誤りを直したり加筆するのは問題がないはずだ。ウィキスキャナーはそうしたことまで躊躇させてしまうのではないか。

●見ているだけのほうがいいのか

 ネットであれこれ見ていると、同じようなことを思ったジャーナリストが海の向こうにいるのを見つけた。
 BBCのオンライン・ニュース部門のトップ、ピート・クリフトンが、BBCの編集者ブログでこの問題を取り上げている。BBCからの編集にはたしかに「くだらない」ものもあったけれど、それ以上にまっとうなものが多かった、と言う。クリフトンはさらに、「ウィキペディアの世界の礼節にはかなっていないが」と前置きして、自分の「不品行」まで明かした。オンライン・ニュース部門のトップが誰かについての情報が違っていたので、それを直して加筆したというのだ。自分のことについては他人に執筆をゆだねることが望ましいというウィキペディアのガイドラインに触れるふるまいで、批判を浴びた。しかしクリフトンは、明らかな誤りだとわかっているのにそのままにしておいたほうがいいのかと、批判覚悟で問題提起をしたかったのだろう。
 自分に関することをなぜ書きこんではいけないのかについて、じつはウィキペディアにはかなり深い思考の蓄積がある。それは次回書くつもりだが、ともかくこのBBCの幹部は、「BBCもウェブの一部である以上、自由にアクセスして知的にふるまうことは好ましい」と主張している。少なくともウィキペディアのルールに抵触しないかぎりは、クリフトンの言いぶんに対して異論がないのではないか。

 取材の電話を受けて、私が思ったのはさらに次のようなことだった。
 企業は内部情報がネットに流れ出すことに敏感になっている。会社のコンピューターから2ちゃんねるにアクセスできないようにしたり、社員のネット活動を見張るようなことまで行なわれている。ウィキスキャナー事件はそうした締め付けを強化することになるのではないか。
 実際、記事の編集が行なわれていたことが発覚した宮内庁は、ウィキペディアの編集ができないようにしたらしい。ウィキペディアだけを対象にするというのであれば、それは「勤務時間だから」ということではなくて、情報の流出や恣意的な情報改竄に対する非難を恐れてのことだろう。
 組織に強く束縛されている日本の社会では、不都合な事実は隠されやすいし、法律も内部告発を促進するには十分ではない。このウィキスキャナーのような騒ぎがあると、ネットで告発しようと思っている人も、(コンピューターやネットの仕組みに詳しくない場合はとくに)躊躇するようなことも起きるのではないか。ウィキスキャナーをめぐる騒動は、内部告発を含めた企業からの個人の情報発信を抑える働きをするように思われる。

●ウィキペディア創立者がウィキスキャナーを歓迎した理由

 ウィキスキャナーの開発者バジル・グリフィスはそもそもどういうことを考えてこのツールを作ったのだろうか。
 彼は、複雑系の研究で有名なサンタフェ研究所の24歳の研究員で、サイトにはFAQページもできている。「なぜウィキスキャナーを作ったのか」という問いには、ちょっとふざけてこう答えている。
「誰もが自分の花火をもちこんで楽しめる広報活動のパニック花火大会をするため」。検索結果で自分のサイトを上位に出すことも目的だったと書いている。騒ぎを起こして名を売ることが目的だったということのようだ。
 メディアの取材にも、「自分の嫌いな企業や団体の広報活動にちょっとしたダメージをあたえること」が目的だったと答えている。このハッカー青年の願いは達成されたわけだが、こうした動機は、ネットではともかく、一般受けはしそうにない。
 しかし、ウィキスキャナーには力強いお墨付きが付いた。ウィキペディアの創立者ジミー・ウェイルズが強く支持したのだ。「ウィキスキャナーによって新たなレベルの透明性を得られる。われわれが広く利用可能にしていた情報[IPアドレスのことだろう]を使ってくれたわけで、こうしたことを待っていた」とまで言った。さらに、編集しようとしたときに、「『編集してくれてありがとう。ニューヨークタイムズからアクセスしたんだね。われわれはそれを知っているし、そのことは公開情報なんだよ』と表示されたらおもしろい」と新たなアイデアも出している。
「企業や団体からのまともな投稿も減ってしまうのでは」という私が感じた危惧よりも、このウィキペディアの創立者には、「荒らし対策になる」というメリットのほうが大きく感じられたわけだ。
 実際ウィキペディアでは、ケネディ兄弟の暗殺に関与したという誤ったプロフィールが放置されるなど名誉毀損につながりかねないことも起きている。そして、新たな記事の投稿は登録者に限るなどの措置をとらざるをえなくなった。
 ウェイルズは、登録が必要になって投稿が減れば記事のチェックがより有効に行なわれるという期待も口にしていた。少なくとも英語版ウィキペディアは、いまや、記事の増加よりも質を保つことのほうがより重要になってきているのだろう。

afterword
日本版ウィキペディアでは、ウィキスキャナーによって記事の書きこみが減ることについて危惧もしているようだ。組織からの編集も、ルールにのっとったものなら歓迎すると「Wikipedia:ウィキスキャナ」の項目には書かれている。

関連サイト
日本語版ウィキスキャナー。開発者のグリフィスは、ウィキペディア創立者と同じく、ウィキスキャナーがウィキペディアの荒らしや情報操作に対抗するためのツールになりうるとも言っている。
●ウィキスキャナーの開発者バジル・グリフィスのサイト。「破壊的テクノロジスト」という呼称があることをメディアから引用する形でサイト冒頭で紹介している。グリフィスは、03年のハッカー大会でセキュリティホールを指摘しようとして訴えられるという有名な事件の被告の一人でもあった。
●自分についての記述を編集したことまで明かして波紋を呼んだBBCのオンライン・ニュース部門のトップ、ピート・クリフトンのブログ記事

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.503)

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