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2007.08.31

景気が回復したのに、給料が上がらない理由

物価が上がり、景気が回復したと言われるのに、
給料が上がらないのはどうしてなのか。
日本経済の構造が変化してしまっている。

●会社が株主のものになったのはアメリカの謀略?

 景気が回復したのに、どうして賃金が上昇しないのか。
 8月7日に発表された政府の経済財政白書は、それにはいくつかの要因があり、非正規雇用の増加や高額所得者が多い団塊世代の退職など複合的な要因が関係しているものの、決定的な理由を見つけることはむずかしい、と書いている。
 このところ時間を見つけてグローバリズムに関する本を読んでいるが、そうした本のひとつから、賃金が上昇しない――というよりも、企業が賃金をあげない構造的理由が読みとれた。
 低賃金で生産できる発展途上国と競争しなければならないので、日本の企業経営者が賃金を抑えている、といったことはすぐに思いつくが、賃金が上がらない理由はそれだけではないようだ。
 ノーベル賞を受賞した経済学者ジョセフ・E・スティグリッツの『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』は、邦訳タイトルだけを見ると、アンチ・グローバリズムの本に見える。しかし、スティグリッツは、自由貿易がもたらすグローバリゼーションは、「かならずよい結果をもたらしうると確信するし、グローバリゼーションには世界中の人びと、とりわけ貧しい人びとを豊かにする可能性が秘められていると確信している」と言っている。だから、反グローバリズムの戦士というわけではない。「問題はグローバリゼーションそのものではなく、それをいかに進めるか」にあって、IMFを牛耳る先進国の財務官僚が、困窮している国の実情を無視して過激な自由化を強引に推し進めた結果、大混乱を引き起こしているというのが、スティグリッツの見立てである。
 冒頭の問いに対する回答は、この本の本文ではなくて、野村総研のチーフ・エコノミスト、リチャード・クー氏による末尾の「解説」に書かれていた。

●「賃金よりも配当」の時代になぜなったのか

 クー氏は、4、5年前まで、テレビの経済番組の常連解説者だった。そのころこうしたテレビ番組を見ていた人ならば、グー氏のことは誰でも記憶しているはずだ。クー氏は、景気が回復しないのはお金を使う企業や個人がいないからで、不良債権処理などはもってのほか、そんなことをしたら大量の失業者が出て大変なことになる、政府はさしあたり財政赤字など気にせず、需要を増やすために大盤振る舞いをすべきだ、と論陣を張っていた。ひと言で言えば、小泉・竹中路線とまっこうから対立する主張をしていたわけだ。
 しかし、結局のところ小泉・竹中路線の経済政策は成功したと思っている人も多いのではないか。格差社会や賃金が上がらないことへの不満は根強いが、日本経済が末期的状態からともかくも脱したことは確かだろう。
 クー氏は、最近も新刊を出していて、以前からの主張をさらに補強し自説の正しさを述べている。それを読むとなるほどと思うところはあるが、テレビではさっぱり見なくなった。クー氏を引っ張り出していたテレビ局も、クー氏の提言はマトをはずしていた、と思ったのかもしれない。
 実際のところ、政治家の都合で無意味な道路や橋を造るといったやり方には、私も含めてたいていの人はうんざりしていた。だから、そうしたやり方をどんどん続けろと言っているとしか思えなかったクー氏の言い分は、たとえ経済学的には正しかったとしても、腐敗した政治を持続させるとしか思えず、賛同しにくいものだった。
 しかしクー氏は、スティグリッツの本の解説でこう言っている。
 株の持ち合いがあたりまえだったころの日本企業は、株主のことを考えずに経営できた。利益をあげて株主に分配する必要がなかったから、日本の企業は、利益率が低くてもかまわず、マーケット・シェアを取ることにばかり熱心だった。利益をあげなければ税金も払わずにすむ。資金調達は国内の金融・資本市場でいくらでもでき、そうやって、日本の企業は海外の市場にどんどん進出した。
 それに対し、株主に配当することが重要なアメリカ企業は利益率を重視し、法人税を払って競争している。これではアメリカ企業はまともに競争できない。クリントン政権の財務長官らは、こうした日本的経営が他のアジアの国などにも広まると困ると思い、日本に金融ビッグバンをやらせ資本の自由化に踏み切らせた。株の持ち合いがくずれ、外国人が株を持つようになると、日本企業も利益率をあげて配当しなければならなくなった。日本は、まんまとアメリカの術中にはまった、というわけだ。
 現在、経済界は法人税引き下げをさかんに政府に働きかけている。利益が出ないときには、どのみち税金を納める必要がなかったので引き下げる必要はなかったが、株主に配当するために利益を計上する必要が出てきて、税率が大きな問題になってきた。クー氏の解説には賃金の話は出てこないが、こうしたカラクリは、これから書くように、景気が回復したのに賃金が上がらない理由にもなっている。

●低下したままの労働分配率

 大臣になるなどという話がまったくなかったころから、竹中氏は、「不景気にもかかわらず、労働分配率(賃金にまわる割合)は90年代ずっと上がり続けている」と不満そうに述べていた。竹中氏は企業経営者のまわし者としてそう言っていたわけではない。経済学者として、賃金の決定に柔軟性が欠けていて企業経営を圧迫している、と言いたかったようだ。
 株主のことを考えなくてすんだあいだは、企業は儲かったぶんを雇用者にまわしていた。しかし、21世紀に入って、利益率にこだわる必要が出てきた企業は、もはやこうしたことができなくなった。コストを切り詰めて利益率を高め、株式市場の評価を得る必要が出てきて、労働分配率はどんどん下がっていった。そして、景気がよくなっても、企業は賃金をできるかぎり抑えようとし続けている。かくして景気が回復しても、なかなか賃金が上がらないわけだ。
 スティグリッツはこの本のなかで日本についてはまったく言及していないが、小泉改革というのは、政府が財政支出を増やして需要を喚起することをせず、まさにスティグリッツが非難する「市場原理主義によるショック療法」そのものだとクー氏は述べている。一方、竹中大臣は一時、不良債権処理で失業者が増えたとしても、生産性の高い仕事が生まれて雇用が創出されると言っていた。それに対してもクー氏は、「スティグリッツ教授は、『それほど瞬時に雇用が創出されると信じているエコノミストはほとんどいない』と、ばさっとそれを斬っている」と、竹中氏の主張を否定していた。
 しかし、結局のところ不良債権処理をやって失業率は下がり、社会が大混乱を来たしもせず、海外からの投資も入ってくるようになった。それはなぜなのか。次回はそれについて書くことにしよう。

関連サイト
平成19年度経済財政白書。サブタイトルは「生産性上昇に向けた挑戦」。賃金については、労働組合の問題などについてもかなり詳しく触れている。
ジョセフ・E・スティグリッツ『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』(徳間書店)。トーマス・フリードマンの『フラット化する世界』が話題になったが、4年近く前に出版されて当時話題になったこの本とあわせて読むとおもしろい。

afterword
クー氏の揚げ足を取るのがこの原稿の目的ではない。少し古いエコノミストの主張を振り返ると、経済がどういう道をたどったのかが、いまになってみれば、経済の専門家でなくても見えてくるように思う。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.497)

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