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2007.07.20

「ネットには何でもあり」の時代は終わり?――ユビキュタスネット社会の「情報通信法」

メディアの大再編の引き金を引くかもしれない
「情報通信法」が提案された。
この大胆な法律は、
個人の情報発信にも影響を与える可能性がある。

●政策の変化の源にあるものは‥‥

 6月には、各省の審議会や委員会の報告書が相次いで発表される。これらの報告書の内容が夏の「骨太の方針」などに組みこまれ、翌年度以降の予算や立法化に反映される。だから、6月は、報告書をまとめる目安の時期のひとつになっている。
  もちろん予算化や立法化にあたっては、国会などでも検討される。その過程で修正されることもあるわけだが、そのもとになっているのは、これらの報告書だ。 だから、この国の近未来の仕組みのありようを知ろうと思ったら、これらの報告書を見る必要があるし、さらにそれをまとめた委員会がどのように組織され、ど ういう議論があったかも重要だ。ところがおもしろいことに、というか不思議なことにというか、そうしたことに注目した本は、どうもかなり少ないようだ。
  政策決定過程に関する本は、政党の役割とか国会と行政府の関係といった教科書的な話か、妙に小難しいことが書かれたものがほとんどだ。委員会ごとにありよ うが異なり、どう組織されたかは関係者以外は知らないし、官僚の思いのまま運営されている場合は、明らかにできないことも多いのだろう。

 総務省の「通信・放送の法体系に関する研究会」の文書は、まだ「中間取りまとめ」の段階だが、現在の通信・放送に関する法体系を一本化する「情報 通信法」(仮称)を提案しており、そうとうに野心的だ。これが成立すれば、放送と通信の融合はもちろん、いまのメディア産業の姿が一変する可能性さえ秘め ている。
 小泉内閣時代の最後に竹中総務大臣のもと組織された懇談会が、放送と通信の融合について包括的な議論をし、政府と与党は、昨年6月、 「通信と放送に関する総合的な法体系について2010年までに結論を得る」と合意した。「中間取りまとめ」は、それを受けてまとめられたものだ。今年の 12月に最終報告書が作成され、10年に法案として国会に提出、11年施行という予定らしい。
 まだ先のことではあるが、地上波テレビ放送のデジ タル化が完了する11年に、幅広いサービスがIPネットワークで提供される「ユビキュタスネット社会」が来るという前提で、情報を送るインフラ、情報の流 通を媒介する基盤となるプラットフォーム、コンテンツの三層それぞれについて、通信・放送の枠を超えて同じルールを適用しようとしている。

●朝日新聞と2ちゃんねるが同じ扱いになる?

 大きな声では言えないが、ネットは、ときに危うい物が見つかり、何があるかわからないからこそおもしろかった。しかし、どうやらそうした時代は少しずつ変わっていくのかもしれない。
 「中間取りまとめ」は、ネットの情報発信について、「自殺の方法」や「爆弾の作り方」、「ポルノ」など、違法とは必ずしも分類し難い情報ではあるが、青少年など特定利用者層に対しては一定の規制の導入を検討する必要があると言っている。

 これまでのようにコンテンツを放送・通信などの配信手段によってではなくて、コンテンツの社会的機能や影響力に応じて規制の仕方を変えようとして いる。放送に比べられるコンテンツ配信を「メディアサービス」と位置づけ、いまの地上波テレビに対する規制を適用する「特別メディアサービス」と、衛星放 送やケーブルテレビ、それにネットの映像配信サービスのうち事業性があって影響力のあるものを「一般メディアサービス」とする。「一般メディアサービス」 に対しても、影響力や社会的機能によって扱いを変える。

 さらに、その他のネットでの情報発信を「公然通信」と名づけ、有害図書に関する青少年保護条例のように、公共の福祉の観点から対象をしぼって最小限の規律を導入すべきだという。

 放送でも通信でも同じようなコンテンツを配信できるようになってきたいま、配信手段の違いによって規制のあり方を変えるのはおかしいというのはそ の通りだ。ただ、配信手段で区分けするのは簡単だった。「社会的機能や影響力」は時と場合によって変わりうる。こうしたものを法律であらかじめ規定するの はかなりむずかしいことのはずだ。

 ネットのコンテンツ配信事業のうち映像は「一般メディアサービス」、音声とテキストは「公然通信」とするとのことで、この分類に従えば、朝日新聞 のネット配信と、2ちゃんねる、「きっこの日記」はすべてみな「公然通信」にあたる。「影響力」ということでは、新聞社のサイトの一記事よりも、ブログの エントリのほうが注目度が高いこともときにはある。社会的機能も、新聞社のネット配信と、2ちゃんねるや「きっこの日記」では違いがあるとしても、では オーマイニュースはどうするのかなどと、区分けはどんどん難しくなっていく。

 新聞社のネット配信と個人の情報発信に同じルールを適用するというのは、感覚的には奇妙な気がする。新聞は「公器」なのだから何らかの規制がある のだろうと思うかもしれないが、じつは法律的には新聞について、放送メディアのような規制はない。そういう意味では朝日新聞のネット配信と2ちゃんねるや 「きっこの日記」は(会社組織であることに対するルールを除いて)法的には同じである。情報発信にあたっては、法律に定められている以外の「規律」はそれ ぞれ発信者の自主性にゆだねられている。

●「情報通信法」が想定している規制対象は?

 この「中間取りまとめ」だけではわからないことが多いながらに推測すると、次のようなことになるのではないか。
 影響力の大きいマスメ ディアは規制があってしかるべきと考えがちだが、むしろ逆で、新聞社の情報発信は社会的機能を有しているがゆえに最大限の表現の自由を認めるべきであるの に対し、不特定多数の情報発信は、匿名性については十分に配慮するものの、公共の福祉や安全の点で規制する必要がある。つまり、「自殺の方法」や「爆弾の 作り方」といったことが危惧されているところを見ると、この「中間取りまとめ」が気にしているのは、マスメディアの情報発信よりも不特定多数の人間の情報 発信のほうなのではないか。ネットでのこの種の情報発信は誰ともしれない人間によるものがほとんどだ。だから、規制が必要なのは、どちらかといえば個人の 情報発信と見ているのではないか。
 CGM(消費者が生み出すメディア)がますます力を持ちつつあるいま、政府の委員会が危惧しているのがこのようなことだとすれば、なるほどと言うべきか、おもしろいと思うべきか、はたまた反発を感じるべきなのか。

 たしかにリアルな世界ではしないようなことを、ネットではふつうの人間が平気でしてしまうという側面はある。ネットが基本的なインフラになればなるほど、「何があるかわからないからおもしろい」ではすまなくなっていくのは致し方のないことなのかもしれない。

afterword
6月に発表されたたくさんの報告書のなかには、デジタル社会の未来にかかわる重要なものも含まれている。何回かにわたってそれを取り上げる。次回は携帯電話の近未来の変化について。

関連サイト
総務省のサイトでは、「通信・放送の総合的な法体系に関する研究会 中間取りまとめ」に対する意見の募集を7月20日まで受けつけている。情報通信法を提案している「中間取りまとめ」も読める。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.492)

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