テレビの電波はじつは余っている?
テレビに参入しようと楽天は四苦八苦しているが、
番組枠が埋まらないのではないかという放送もある。
わかったようでわからないテレビの不思議な実情。
●「ほんとに誰か見ているの?」というテレビ放送
あらためて考えてみれば見るほど、テレビというのは奇妙なメディアだ。楽天がテレビ参入をめざしてTBSと争っているが、じつはテレビの電波が引 く手あまたで余っていないのかといえば、どうもそんなふうには思えない。電波の割り当てはもらったものの有効活用ができなくて、持て余しているとしか思え ない放送や、やる気が疑われるチャンネルがけっこうある。それも全国放送できる電波で、である。今回とりあげるBSデジタルなどはとくにそうだ。
誰でもテレビはもの心ついたときからあって、よく知っているように思っているが、じつはいまテレビの実態は、多くの人にとってよくわからないものになっているのではないか。
放送の種類にしてもありすぎるぐらいにある。地上波と呼ばれる放送以外に衛星放送があって、それもBSとCSがあり、さらにアナログとデジタルの 放送がある。CSアナログ放送はすでに停止しデジタルだけになったが、BSは地上波同様、アナログとデジタルの放送をしている。そして、アナログとデジタ ルでは、見ることのできる番組が違う。
アナログのBSはNHKと有料のWOWOWだけだが、デジタルのBSは、NHKひとつとってみても、アナログと同じ2チャンネル以外にハイビジョ ン放送をやっている。BSデジタルはそのほか在京キー局系の5局による放送、有料のWOWOWとスターチャンネル、データ放送などがある。地上波と同じく BSアナログも11年7月に停止する予定だが、さしあたりいまはこのように、デジタルとアナログで違った番組が流れている。
BSデジタルの在京キー局系5局は、ハイビジョン放送でなければ同時に3番組を流すことも可能だ。とはいえ、地上波とはまだ比べものにならない視
聴者しかいないことに加えて、あとで書くような、地上波とBSデジタルの「食いあい」の問題が潜在的にはあるからだろうが、3番組どころか、1番組でさえ
も、昼間などはテレビ・ショッピングを延々とやっている。
BSデジタルは以前はラジオ放送もやっていたが、次々と撤退し、最後に残った局も、資金の手当がつかないのか、放送休止の状態が続いている。
こうした様子を見れば、電波がじつは余っているんじゃないかと邪推したくもなってくる。実際はBSデジタルも、新たな放送提供者を募れば枠以上に手が挙が
るので余っているわけではない。しかし、放送時間のかなりの部分がテレビ・ショッピング番組で埋まっているのを見ると、「テレビは膨大な数の人びとに一挙
に映像を届ける巨大メディアで‥‥」というのはもはや神話ではないか、と思われてくる。
●急速に普及しているBSデジタル受信機
試聴者が少なければ、テレビ・ショッピングを延々と流そうが何を放送しようが「この放送はいったい何なんだ」と不思議に思う人も少ないわけだけど、放送開始から6年半経ったBSデジタルは、そういった段階は過ぎつつある。
BSデジタル放送の受信機の出荷台数は、この4月末で2474万台。05年4月末には、858万台に過ぎなかったから、2年で3倍近くになったわけだ。
地上デジタルとBSデジタル、110度CSデジタルの三波共用チューナー内蔵の薄型テレビやハードディスク・レコーダーが売れ、受信可能世帯は急速に増えてきた。
もっとも、チューナーがあっても、アンテナが設置されていなければ見ることはできないから、実際に見ている人はもっと少ない。アンテナは設置したけれど見
ていない人もいるだろう。わざわざアンテナを付けた世帯はともかく、共用アンテナがあるマンションなどの住人には、視聴できる環境だけど見ていないという
世帯もかなりあるに違いない。物珍しさ半分で、ごくまれにBSデジタルを見てみる程度の人もけっこういると思う。
とはいえ、受信可能世帯がここまで増えてくれば、その存在は無視できない。BSはとにもかくにも全国放送だ。県域単位の地上波放送を尻目に、衛星 放送を使えば、番組もCMも全国に届く。いくら全国に届くといっても、見る人が限られているあいだはさしたる威力はないが、デジタル放送への移行という 「デジタル特需」のなかで三波共用受信機が売られ、受信可能世帯がさらに急増していくことは確実なわけだから、その可能性は大きい。
実際、赤字続きだったキー局系のBSデジタル放送の経営は、ついに黒字転換し始めた。
この3月の06年度の決算で、BSフジとBSジャパン(テレビ東京系)はわずか1億円ではあるが黒字になった。残る3局も赤字幅は減少。好転したのはコスト削減によるところも大きいが、07年度には全局が黒字になると見られている。
民放は、地上波では若者を主要ターゲットにしているが、BSでは中高年の視聴者を意識した番組を編成し、差別化を図っている。BSデジタルの民放
のなかで制作能力があり、もっともやる気があると見られているTBS系のBS-iなどは、「大人になったらBS-i」とさかんに自社CMを流している。
BS-iに限らず、BSデジタルは、地上波とはまた違った視聴層に向けて訴求できるとスポンサーにアピールしている。
広告の獲得にあたって、受信可能世帯の増加は何よりの追い風だ。そして、黒字が拡大すれば、制作費を増やすことができ、おもしろい番組も作れる。それならば見てみようという人も出てくる。黒字転換は、そうしたプラスのスパイラルのきっかけになりうる。
●地上波とBSで視聴者の食いあいが始まる?
ただし問題はいろいろある。まず次回詳しく書くように、BSデジタルのチャンネルは、さらに大幅に増えようとしている。広告の奪い合いが激しくなっていくだろう。「せっかく黒字転換し始めたのに」という既存テレビ局の嘆きも聞こえてくる。
しかし、根本的な問題は、在京キー局がBSデジタルに出資しているということだろう。
テレビを見る時間は限られている。パソコンやケータイに向かう時間が増え、「テレビ離れ」も始まっている。BSデジタルを見る時間が増えれば、地上波の視
聴時間が減る。BSデジタルと地上波は視聴者の「食いあい」になる。BSと地上波両方にかかわっている民放キー局は、BSが黒字になっても、万々歳という
わけにはいかない。
こういったことはテレビ局にとっては大問題だろうが、一般の視聴者にはどうでもいいことかもしれない。しかし、じつは11年
以降のBSデジタルのチャンネル数の増加は、一般の視聴者にとっても新たな問題を投げかけている。というのは、新しく増えるBSデジタルのチャンネルは、
いまの受信機では見ることのできない方式が採用される可能性が高いのだ。それを知っているのと知らないのでは、テレビの買い方が変わってくる。次回はそれ
について書くことにしよう。
afterword
11年以降のBSデジタルのチャンネル増加にともなう新方式の導入は、総務省の報告書にも書かれていることだが、メディアではなぜかあまりとりあげられていないようだ。
関連サイト
衛星放送協会のサイト。仕組みなどのページのほか、年表はけっこう詳しい。
(週刊アスキー「仮想報道」Vol.488)
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