グローバル経済では自分の仕事はどうなる?
グローバリズムの進展は、
働く人びとの状況を大きく変えつつある。
日本でも始まっている労働をめぐる問題の
おおもとにはそうした変化がある
●労働環境の根本的な変化
ある仕事の都合で、少し前からグローバリズムに関する資料をあれこれ読んで、考えたりしていた。結論から言えば、いまのグローバリズムの進展は、先進資本主義国で働く人間には、かなり悲惨な事態をもたらすように思われる。
労働力のグローバル化で問題になるのは、少し前までは、安い賃金で働く海外の労働者が国内に入ってくるということだった。ヨーロッパなどで議論されている
移民の問題などはそうしたものだ。日本でも、少子化によって減る労働力を補うために、海外の移民をもっと受け入れるべきだという議論があるが、それもそう
した話だ。
しかしいま、次の段階のグローバル化が進んでいる。オフショアリングと呼ばれるグローバリゼーションは、会社の業務の一部もしくは全
部を海外に移す。子会社を作って業務を移すこともあるし、海外にある別の会社に業務を発注することもある。こうした業務移転が、英語圏では想像以上に広が
り始めている。
インドは英語が不自由なく使える人が多く、政府もIT技術に力を入れ、レベルも高いことから、欧米企業はさかんに進出している。
工場やサポート、ソフト開発にとどまらず、経費や税金の計算などの会計業務、あるいは各種の申請書の作成など、法務も含めた事務一般から人事や総務にいた
るまで、海外のオフショアリング先がこなしてしまう。
海外に工場を作って生産部門を移すなどというのは、日本の会社もやっている。さらに、歴史
認識などでの日中の衝突をよそに、いま大連などの日本語学校は活況を示している。パソコンやソフトのサポートは賃金が安く雇用しやすい沖縄のコールセン
ターでやられたりしているが、日本語の堪能な中国人を獲得できるなら、中国でもコールセンターを作れる。日本人なみに話すのはハードルが高いだろうが、そ
れほど高度な日本語能力を必要としない仕事ならば、もっと簡単にオフショアリングできる。
後進資本主義国の人びとが先進国の企業でこうした職を得ようとすれば、これまでは移住するしかなかった。しかし、オフショアリングによって必須で はなくなった。生まれた国にいながらにして欧米企業の仕事に就ける。欧米で教育を受けたあと、生まれた国に帰って先進国のオフショアリング企業に勤め、い い暮らしをすることもできる。インドや中国、東南アジアと欧米では生活費が違うから、労働者は、欧米ほどの高い賃金でなくても不満を持たない。欧米の企業 は、自国より安い賃金でその仕事をこなせる。
●グローバル経済の「悲劇」
一見いいことずくめのようだが、国内の仕事がどんどん減っていくのだから、困るのは、先進国の労働者である。アメリカはすでに、製造業からサービ
ス業へと産業構造が変わった。国内の業務が海外に移転して、さらなる産業構造の転換を迫られている。「そうなっても、欧米の労働者はまた新たな仕事につけ
ばいい。高収入の必要な先進国の労働者が、後進資本主義国でもこなせる仕事をやるのは非効率だ。先進国の労働者はもっと高度な教育を受け、先進国ならでは
の仕事をすべきだ。産業構造の転換によって、人的・物的資源が世界規模で効率的に利用されるようになる」と、市場万能の経済学者たちは言う。ところが、そ
の知的労働すらもオフショア化、つまり海外移転し始めている、というのが、いまのグローバリゼーションである。
たとえば、仕事がなくなった労働
者が、弁護士や会計士になろうと思う。職を失った労働者がどうやって教育費を捻出するのかということはあるが、どこかからお金を作って勉強し、弁護士や会
計士になったとする。ところが、そういった仕事も海外に行ってしまうということが、いまのグローバリゼーションでは起こりうる。
もちろん、こう
した資格は、それぞれの国で得なければならない。法律の縛りによる一種の「非関税障壁」があるわけだが、このインターネットの時代、海外も含めていつどこ
にいても教育を受けて資格を取れるようになるのは時間の問題だろう。もちろん、その試験に受かるのは、中国人やインド人にとって容易なことではないはずだ
が、中国やインドはことのほか教育に熱心だし、それぞれ13億人と11億人という膨大な人口を擁している。地球の3分の1を超える人々のなかからは、高所
得を求めてそうした難関をクリアする人が少なからず出てくるにちがいない。
医師についても、患者を診るのはその国にいなければできないように思
われるが、遠隔操作技術なども使ったネット越しの臨床や手術がいずれ広がるだろう。CTスキャン画像の分析といった検査部門についてはいまでも海外移転は
可能で、欧米では実際にもう始まっているようだ。高度な専門的職業でもこんな具合だとしたら、たいていの仕事は海外移転できるはずだ。
企業の景気がよくなっても賃金が上がらないとか、一定の年収以上には残業代が支給されない「ホワイトカラー・エグゼンプション」を導入するのかなど日本で議論されている問題の背景には、労働力のグローバリゼーションが引き起こしているこんな変化がある。
●先進国の労働者の不幸は、後進国の労働者の幸福?
ヨーロッパなどでは、移民排斥を唱える極右政党が伸張している。日本では、まだ反対運動が起こるほど移民は増えていない。だから極右政党が力を得
てはいないが、いずれはこうした動きも出てくるかもしれない。しかし、最初に書いたように、入ってくるのを防いだだけでは意味はない。労働者が入って来れ
なければ、企業や仕事が海外に出て行くだけだ。そもそも、仕事や人が国境を超えて容易に移動し、世界が均質化していく「フラット化」と呼ばれる世界規模の
現象のなかで、ひとつの国だけが障壁を張り巡らせて鎖国まがいの状態を作りだし、自由な行き来をさせないようにすれば、それは自殺行為だ。賃金でも物価で
も一国だけ高く保とうとすれば、他国との貿易は成り立たない。
また、後進資本主義国の労働者に対して、先進国の企業の業務に参入させまいとする
のは、南北格差を維持しようとする独善的行為にほかならない。地球的規模で考えれば、非人道的とさえ言える。賃金やモノの価格が高いところは低くなり、低
いところは高くなるという形で平準化していくのは自然の流れだろう。
このようにフラット化していく世界では、先進国の住民だけが高賃金を享受し
続けることはあり得ない。先進国に暮らす人間としては、後進資本主義国の労働者の賃金が早く上がってもらうことを望みながら、長期的には、世界的規模で平
均化していく賃金やモノの価格にみあった生活にしていくしかないだろう。とはいえ、均衡点に達するまでの先進国の住民の痛みはかなりのものになるにちがい
ない。
afterword
幸か不幸か、言葉の壁に囲まれている日本は、英語圏に比べてこうしたグローバリゼーションが進む速度はずっと遅いだろう。日本の労働者にとっては幸いのようだが、経済の効率化が図れないということでもある。
(週刊アスキー「仮想報道」Vol.485)
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