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2007.03.16

「ウェブ2・0」はじつは「スパム2・0」?

誰でも情報発信できる時代というのは、
誰でも簡単にスパムを送れる時代でもある。
スパムは「ウェブ2・0」の本質的な機能かもしれない

●「ウェブ2・0」というより「スパム2・0」?

 少し前に本欄で紹介した文章のある言葉が気にかかっている。「ウェブ2・0」をもじった「スパム2・0」という言葉だ。
 ウェブ2・0 は、不特定多数の人がコンテンツを作り、紹介し、広めていくいまのウェブのありようを指している。しかし、ラピンスキーというジャーナリストの卵は、ウェ ブ2・0のサイトと言われている世界最大のSNS「マイスペース」のことを、みんなが自己宣伝しあっているスパム2・0のサイトだ、と批判した。何のてら いもなく自己宣伝を繰り広げているサイト、というわけだ。
 スパムは迷惑メールのことだと定義している辞書もあるが、メールには限らない。掲示板の書きこみにもスパムはあるし、サイトなどでどうしようもない情報発信をしていれば、それも一種のスパムだろう。
 スパムという言葉はもともとハム缶詰の商標名なのだそうだ。いまのような意味になったのは、イギリスのバラエティ番組「モンティ・パイソン」で、スパム入りの食事ばかり出しているカフェのウェイターが「スパム」を連呼したコメディに由来していると言われている。

 ところで、「スパム2・0」は、「マイスペース」だけのことだろうか。
 意識するしないにかかわらず、そもそも情報発信には、何らかの意 味で宣伝や広報めいたものが含まれている。宣伝には、ものを売るため以外にも、たとえば政治宣伝というのもある。政治思想を宣伝できるのであれば、感情を 宣伝する、ということだってありうるだろう。自分の気持ちをただ書きしるしたり、仲間が読むことを想定している情報発信には、「宣伝」という言葉は不似合 いのように思われる。しかし、誰かが読んでくれると思っているからこそ公開の場で書いているわけで、情報発信は「宣伝」と表裏の関係にある。そしてそこに は、多かれ少なかれ押しつけがましいところもあるのではないか。
 もちろん受け取った人がそれを不快に感じなければそれはスパムではないけれど、イヤだと思えば、とたんにそれはスパムになってしまう。少々大げさに言えば、情報発信は、つねにそうした危うい薄氷を渡っている。

●ブログはどこまで共同著作物か?

 ユーチューブでもマイスペースでも、このところ流行っているサイトには、「通報」のシステムが備わっているものが増えてきている。たとえば、ユー チューブでは、それぞれの投稿ビデオのページに「不適当なのでフラッグを立てる」というボタンがある。不愉快に思う人は、このボタンを押し、「性表現があ からさま」とか「暴力シーン」あるいは「ヘイト・スピーチ(人種や宗教、性などについて攻撃的な情報発信)」などの理由を選んで通報する。運営側はそれを 受けて、クレームが妥当だと思えば警告を出す。スパムかどうかの判断をまず見る人にゆだねているわけだ。

 こうしたコンテンツやウェブサイトは、アクセスしなければ目に入ることはないとはいえ、いまのウェブには、見ることを強く誘いかける仕組みもいろいろある。
  たとえば、「トラックバック」もそういう仕組みだ。トラックバックの誕生以前は、ほかのサイトへリンクを張るかどうかはもっぱらサイトの運営者の判断に よっていた。ところが、トラックバックでは、目当てのサイトに第三者が勝手にリンクを張って、ブログの書き手や読み手に、自分のブログを見るように働きか けることができる。
 トラックバックの働きを知った当初は、「あなたのブログについて書きましたよ」などと知らせるのは礼儀にかなっているし、親切な仕組みでもあると思った。でも、自分でブログを始めてみると、印象が少し変わってきた。
  もちろん当初思ったような使われ方もしている。でも、「あなたのブログについて書きましたよ」ではなくて、「私はこう書きました。読んでください」という 「投稿型」のトラックバックも多い。こちらのブログに関係している内容のこともあるが、そうは見えなかったり、論争をしかけ、答えを迫ることも少なくな い。
 気分が悪い書きこみも我慢すべきだという意見は、ネットでは根強くある。しかし、リアルな世界では、自分の敷地に他人が勝手に旗を立てて主 張することを、すんなり受け入れる人はいない。ブログについてはかならずしもそうでないのは、リンクや引用によってほかのサイトと関係を深めやすいブログ は共同著作物だという意識が、ほかのホームページ以上に強く働くからだろう。
 どういうつもりでブログをやっているかによって、トラックバックの扱い方も変わってくるはずだと私は思うけど、こうした考え方もどれぐらい受け入れられるものかはわからない。
  原稿アーカイヴとしてブログを使っている私は、トラックバックを受け入れるかどうかいちいち考えるのが面倒になって、いまのところまったく受けつけない設 定にしてしまっているが、「ブログにはトラックバックという機能があるのだから、ともかく使うべきだし、トラックバックはすべて受け入れるべきだ」という 雰囲気も強いような気がする。ブログはこのように、自分の著作物でありながら、そう主張しきることもできない不思議な存在になっている。

●「スパム2・0」の時代

 あるメディアサイトの編集者は、「こちらのサイトにリンクを張っていないブログからのトラックバックは受けつけないことにしている」と言ってい た。こちらのサイトについて記述がなければ、読者は、トラックバックをたどってリンク先のブログへアクセスしても、理解を深めることはできない。だから、 そうしたトラックバックを受けつけるのは読者に不親切だ、とも考えられる。また、一方的にリンクを張ってアクセスを増やそうとするのは認めない、というこ ともあるのだろう。こうした基準でトラックバックを受け入れるかどうかを決めているサイトはけっこうあるようだ。
 最近は、アクセス解析やブログ 検索などの仕組みが発達して、どこかのブログで自分のブログについて書かれると簡単にわかる仕組みもととのってきた。もし必要ならば、こうした機能を使っ て気がついたときに、こちらからリンクを張ることもできる。トラックバックを受け入れたほうが検索結果の上位に並びやすいという現実的なメリットは依然と してあるのだろうが、トラックバックの機能のいくつかは、こんなふうに補完できるようになってきて、当初のありがたみが少し減ってきたように思う。
  SNSでもブログでも、ウェブ2・0的な仕組みは、他人とつながることを容易にする。便利だけれど、そのぶん押しつけがましさも強くなる。誰でも情報発信 できるというのは、誰もがスパムを出せるし、またときに意図しないうちにスパムを発信しているということでもある。それが「スパム2・0」でもあり「ウェ ブ2・0」でもありうる現在のネットの世界なのではないか。

afterword
 ブログはとくに新しくはない、以前からウェブ日記はあったという議論がネットで数年前にあった。しかし、トラックバックという、いかにも議論好きなアメリカ人らしい仕組みが加わったところはやはり違っていると思う。

関連サイト
●(ハム缶詰の)「スパム」の発売元のサイト『スパム・コム』(このサイトにアクセスすると、けっこう派手な音が出ます。さすがスパム・サイト(笑)。要注意!)。
 (ハム缶詰の)「スパム」は「スパム・ミュージアム」まで作っているらしい。よくも悪くも有名になってしまった。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.475)

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