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2007.03.09

2ちゃんねるを殺伐としたサイトにしたほんとの理由

2ちゃんねるを殺伐とした理由について
ひろゆきから反論があった。
その反論は、ネットでの効率的な情報交換について
考えさせるものでおもしろい

●面倒なあいさつは抜きにしたい

 何号かまえに、2ちゃんねるがわざと殺伐としたサイトにデザインされているという話をとりあげた。殺伐とした人間模様にしたかったからではないか と書いたところ、管理人の西村博之氏(通称・ひろゆき)から、それは誤解だとブログで反論があった。その理由が彼らしく、また、ネットでのコミュニケー ションを考えるうえでもおもしろい。
 2ちゃんねるを殺伐としたサイトにしたほんとうの理由は、「第3者が見たときに情報価値が高くなるように」ということだと、次のようなやりとりの例を挙げて説明している。

パターン1
Aさん「はじめましてこんにちは、わたしは猫の写真を集めたサイトを社内で作ろうとしてるのですが、サーバ内のHDDの残り容量がわからないので困っています。会社のサーバ管理者が不在でして、聞く相手もいなくてこまっております。どうしたらよろしいでしょうか? 」
Bさん「dfというコマンドでディスク容量を調べることができます」

パターン2
Aさん「HDDの残り容量の調べ方を教えれ」
Bさん「df」

 「上記の1のパターンのとき、Aさん個人の付帯情報という第3者から見ると不要なものがついてきてるので無駄が多くなるのですね」とのことだ。
  なるほど。殺伐としたサイトにしたのは簡潔なやりとりが交わされるようにするため、ということらしい。フレンドリーな雰囲気にすれば、自己紹介をしたりあ いさつを交わしたりしがちだが、殺伐としたサイトならばそんな気にはなれない。「言葉の無駄」が自然に減るというわけだ。

 ぶっきらぼうなやりとりをすれば、殺伐とした人間模様が生まれやすいとは思うが、それは結果としてそうなるだけで、2ちゃんねるのデザインの目的ではない、ということになる。
 ひろゆきはそんなデザインにした理由について、こうも言っている。

「ほ かの日記やブログサイトというのは、個々人のコミュニケーションが目的としてサイトが作られてるわけですが、2chの場合は情報を蓄積することを目的とし ているので、第3者視点を基準にするというのが他のとは違うところな気がします。ちなみに、この基準はTPOによる基準なので、馴れ合い推奨の場所では馴 れ合いまくりです。(略)ここらへんはパソコン通信の文化ではわりと当たり前のことだったのですが、インターネットの世代になってきてから、意識する人は 減ってきている気がします」。

 この反論からは、彼がかなり意識的にサイトのデザインをしたことがわかる。

●2ちゃんねるのやりとりはほんとうに効率的か?

 手紙や、会って話をするときには、ぶしつけにならないようにいろいろと前口上を述べたりする。
 第三者から見ると、そうした言葉のやりとりは意味がなくて無駄、ということはたしかにありうる。
  とはいえ、現状の2ちゃんねるを見ると、効率のいい情報蓄積になっているとはとても思えない。潤滑剤を排したやりとりをすると、意見の違いがそれだけでは 終わらず、感情的なすれ違いも起こる。荒れた不毛なやりとりが増え、「ノイズ」がいろいろ出てきて、情報蓄積の効率はむしろ悪くなっていくのではないか。

 そもそも、ネット上のコミュニティに集まる人びとは、かなずしも効率的な情報蓄積や情報交換を望んでいるわけではないだろう。文字だけの限られた コミュニケーションが息苦しくなれば、アスキーアートと呼ばれる絵文字を書きたくなったりと、いよいよ「無駄な情報」を増やしたくなる。コミュニケーショ ン手段が貧弱になればなるほど、工夫して余剰やノイズを生みたい心理も働くだろう。

●効率的な掲示板作りに成功したサイト

 そんなことを思いながら、佐々木俊尚氏の新刊『次世代ウェブ』を読んでいたら、ひろゆきとはまさに正反対の考えで掲示板の運営をはかっている企業が紹介されていた。
「オウケイウェイヴ」という会社はQ&A形式の掲示板サイトで成功をおさめ、こうした形の企業サイトのサポートなどもしている。この会社は、「荒らし」対策として次のような方法をとっているという。

「オ ウケイウェイブはそのノウハウのかなりの部分をアルゴリズム化することによって、うまくビジネス化することに成功した。たとえばひとつの回答を取ってみて も、一〇文字以内しか書かれていない書き込みや、文の最後に句点がつけられていないような書き込みは、荒らしの可能性が高い。そうした統計的な荒らしのパ ターンを数値化して排除し、それでもどうしてもグレーにしか取られないような書き込みに関しては、スタッフがチェッカーソフトを使って手作業で最終判断を 行うといったシステムをつくった。これによって少人数かつ経験の乏しい運営スタッフであっても、マニュアルをもとにかなりの部分まで荒らしを排除していく ことに成功したのである。こうしたノウハウは、オウケイウェイブが六年近くも苦闘し、掲示板の維持を行ってきた成果でもあった」。

 つまり、短い書きこみなどは、円滑な情報交換を妨げるものである可能性が高い、というのがこの会社が経験から学びとったことだというのだ。こうした認識は私が先に書いたこととも重なっている。

●2ちゃんねる成功の理由

 もし2ちゃんねるがこの会社のようなことをやっていたら、まったく違った世界が開けただろうと思うが、そもそも2ちゃんねる利用者の多くは、オウケイウェイブのような情報交換を求めているわけではないだろう。
  2ちゃんねるの情報はニュース記事の引用が多いが、さまざまな感情を引き起こしやすい情報が選択されている。つまり、たんなる情報のやりとりではなくて、 怒りだとかねたみだとかさまざまな欲望だとか、あるいは共感やときに哀しみだとかの感情を引き起こす情報が求められている。そして、殺伐としたデザインは そのうちのいくつかの感情を増幅するのに効果的にできている。

 サイトの運営者は多かれ少なかれ、自分のサイトにどんな社会が形成されるかを考えて、意識的・無意識的にデザインしている。そして、利用者は自分でも気づかないうちにサイトのデザインに従って行動している。
  2ちゃんねるのデザインは、暗い感情を増幅させやすく、秘密の情報がいかにもありそうなアンダーグラウンドな雰囲気もかもし出している。デザインがデザイ ン意図にあっていたかどうかはともかくとして、多くのネット利用者が求めるものには合致していた。だからこそ、情報交換や情報蓄積の非効率にもかかわら ず、膨大なアクセスを集めることに成功した、ということなのではないだろうか。

afterword
 ところで、右のひろゆきのコメントの最後に、私のブログにトラックバックの仕組みがないことが触れられ ていた。ブログを作ったことのある人には説明するまでもないが、トラックバックというのは、読んだ人など第三者が、送り先のブログから自分のブログにリン クを張る仕組みである。
 私の使っているブログ・サービスは、そうしたリンクを張れない設定にもでき、そうしている。それでとくに困るようなこと はなかったが、こんどの場合のように、当事者がひとこと言いたくて、しかも言う権利もあるようなときにはトラックバックを張れるようにしておいたほうがよ かったのかな、と少し思った。
 もっともそう判断したときには、こちらからリンクを張ることはできる。ひろゆきの反論については、気づいてすぐに そうしたが、トラックバックの機能についてはもう少し立ち止まって考えてみるべきではないかとずっと思っていた。うまく考えがまとめられるかどうかわから ずその話を書かないできたのだけれど、次回はそれを書いてみよう。

関連サイト
●ひろゆきのブログ『ひろゆき日記@オープンSNS』での反論
『オウケイウェイヴ』

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.474)

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