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2006.12.01

日本のネットを作ったもの――オタク文化とウェブ

日本のウェブは、そもそもの発展の経緯からしてアメリカとは違う。
その背景には、日本のウェブとオタク文化の深いかかわりがあるのではないか

●ネット・アクセスの鍵を握るオタク・サイト

 このところ日米のネットの違いについて書いているが、インターネットが社会に浸透するとき、日本には独特の要素があり、それが、日本のネットの性格をかたち作ったのではないか。
  個人ニュースサイト、それもオタク系の個人ニュースサイトはネットのアクセス動向を左右する力を持っている。こうしたサイトから1行リンクされただけで、 1日に1万のアクセスがあり、2ちゃんねるでスレッドが立ったときよりもずっとアクセスが多かった、という話を前にこの欄で書いた。
 あらためて言うまでもないが、オタクと呼ばれる人々は、趣味のことになるときわめて熱心で、寝食を忘れて没頭する。彼らのコミュニティがネットでも活発なことは容易に想像できる。
 ウェブが登場した90年代は、オタク受難の時代だった。彼らの存在が衝撃を持って社会に広く認知されたのは、連続幼女誘拐殺人犯の宮崎勤が逮捕されたときだろう。
 宮崎の部屋にあふれるビデオやマンガの写真をメディアがかなり作為的に映し出すことで、オタクについての独特のイメージがいよいよ強まった、と言われている。
 さらに、95年にオウム真理教による数々の事件が発覚し、サブカル・オタクの受難はさらに増した。オウム真理教は、サブカルを多用して、広報宣伝活動を繰り広げていたからだ。

 オウム真理教のいうハルマゲドンも、当時のマンガやアニメにあふれていたものだ。
 04年のヴェネチア・ビエンナーレの日本館展示は『おたく:人格=空間=都市』と題して国際的な評判を呼んだが、その展示解説は、オタクがどのようにして生まれ、オウムの事件によって彼らの関心がどう変わっていったかを、おおよそ次のようにたどっている。

 70年の万博以後、公害などの問題もあって、科学の明るい未来が信じられなくなった。科学好きで以前ならば教室で「ハカセ」などとあだ名されるタ イプの少年たちは、「未来」の喪失によってひときわ大きな打撃を受け、虚構の世界に夢をはせるようになった。そうした新しい人格がオタクだ――とオタク誕 生のいきさつを説明する。
 そして、80年代の日本のアニメには「色褪せた現実からの救済を、ハルマゲドンに求めようとする願望」が見られるよう になり、核戦争や天変地異で社会が破壊されたあと、超能力やロボットを操縦する特殊技術を使い、主人公が英雄的な活躍をして新たな世界を築いていくという 筋書きのものが多くなった。けれども、オウム真理教が実際にハルマゲドンを出現させようと事件を起こしたために、架空の未来の幻想を抱くことさえできなく なった。それ以後、オタクたちは、学園時代へのノスタルジアと美少女たちの架空の日常を重ねて描いたアニメやゲームへと急速に傾斜し、「萌え」という言葉 で美少女へのときめきの感情を表わすようになった、と軌跡をたどっている。

 たしかに子どものころ、「ハカセ」と呼びたくなるような色白の物知りな少年は、身近にもいた。
 また、80年代、小劇場の演劇などでも、世界の終末を背景にしたドラマが氾濫した。なぜなのか不思議だったが、明るい未来への不信感がそうした創作物を生んだというのは、当時若者の一人であった私にも、理解できる解釈である。

●日米のネットが違う理由

 そうして宮崎勤とオウム真理教の事件で二重に疎外された90年代半ばのオタクたちのまえで、ウェブの世界が広がっていったわけだ。
 この新たな空間では、社会の白い目線に直接さらされることなく、思う存分、自分たちの趣味の世界を作りだし、共有できる。ネットは、彼らにはきわめて魅力的な場所に見えたはずだ。
 関心事には昼夜を忘れて没頭する持ち前の集中力でホームページを築いていき、その求心力によって、彼らがネット・アクセスのかなりの部分を占めるにいたった‥‥というのはきわめてありそうなことに思われる。
 以前、アメリカのネット研究をもとに、相互にリンクを張っているグループは、そうでないグループよりも、ムーブメントをすばやく強力に作り出すことができると書いた。オタク系のサイトは相互リンクが多く、ネットでパワーを発揮しうる条件をそなえている。
  もちろんいまではネット人口は膨大にふくれあがり、純粋なオタクがネットに占める割合は相対的に小さくなっただろう。しかし、オタク・サイトの「動員力」 を見ても、サイトの数以上の力を、サブカル・オタクたちは持っている。彼らのネットでの活動が、日本のウェブの性格に影響をあたえなかったはずはない。

●ネットの思想傾向を決めたもの

 こうしたオタク系のサイトでは、政治的な色合いのあるものも多い。
 どうしてそうなのかは、オタク文化を積極的にアートに取り入れて世界的な名声を勝ち得たアーティストの村上隆の編著『リトルボーイ』を見ると、よくわかる。村上は、こう書いている。

「日本が戦争に敗北して国家として不完全な形で暫定的に運営されているということは、小中学校では何も教えられない。そして成人したとしても真剣に 考えもしない。しかし、その不自然さに誰もが居心地の悪さを感じている」。アメリカによって押しつけられた体制を、ときに居心地悪く感じながらもまともに 考えようとしない、ふぬけた日本人。しかし、アニメやマンガには、戦後日本の抑圧された感情が表現されていると、具体的な作品や描写をあげて説明してみせ た。

 村上の言うとおり、鬱屈したナショナリズムの感情と日本のサブカルチャーが結びついているのだとすれば、サブカル・オタクがパワーを発揮してきた 日本のネットも、現実世界以上にナショナリスティックな空間になっていても不思議はない。「ネット右翼」と呼ばれる人々の主張なども、オタクたちの強い絆 (きずな)=相互リンクに乗れば、またたくまに広めることができる。
 「電車男」によってサブカル・オタクのイメージはすっかりポピュラーになったが、日本のインターネットの特徴を考えるときに、サブカル文化がどう関係しているかはとても重要だろう。

●不景気のさなかに生まれたインターネット

 また、90年代半ばインターネットが登場したときに、不景気のさなかだったことも、日本のネットの性格に影響をあたえたにちがいない。この間、以 前のように正社員として企業社会に入ることがむずかしかったために、十分に能力が発揮できなかった若者は多い。その鬱憤がネットに向かわなかったはずはな い。

 プライドを傷つけられた個人の不満と、村上の言うような、不完全な国家体制によって永遠に大人になれない「リトルボーイ」である日本人の鬱屈とが重なれば、自分たちの正当性を主張したい衝動は、当然のように募っていく。
 自分たちが、いま困った状況にあるのはなぜなのか。もとを正せば、戦後の日本が、アメリカやアジアの国にたいしてきちんと主張せず、曖昧な態度をとってきたからではないか‥‥。

 ナショナリスティックな感情を肯定的にとらえるか否定的にとらえるかは、人それぞれだけれど、日本のネットが、ここ10数年の社会のありようを反 映して発展してきたことは確かだろう。少なくとも、日米のネットは「たまたま違っている」のではなくて、違うべくして違っていて、その理由は、このように はっきりとあるのだと思う。

Afterword
今回書いたようなことは、「アメリカ研究の越境」(ミネルヴァ書房)というシリーズの第6巻『文化の受容と変貌』中の論考でもう少し詳しく書いた。来年初めには刊行されると思うので、関心のある人は読んでみてください。

関連サイト
ヴェネチア・ビエンナーレ第9回国際建築展 - 日本館展示『おたく:人格=空間=都市』
村上隆・編著『リトルボーイ――爆発する日本のサブカルチャー・アート』。ニューヨークのジャパン・ソサエティで同名の展示が行なわれた。これはそのカタログ。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.461)

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