« ネットでケンカに勝つ方法 | トップページ | 日本のネットを作ったもの――オタク文化とウェブ »

2006.11.24

アメリカは超実名社会なのか?

アメリカだって匿名社会じゃないか、
そう思っていたとしたら、とんでもない。
ベストセラーに書かれた驚くべきアメリカ社会の実態。

●「実名・匿名」論争

 最近のこのコラムの中で、ネットでダントツに関心が高かったのは、「日本のネットはなぜかくも匿名志向が強いのか」と題した回だった。匿名による情報発信の問題が気になっている人は、少なくともネットでは多いようだ。

 もっとも、匿名と実名のどちらで発信すべきかを、ネットでオープンに議論しても仕方がないと私は思っている。
 ネットでの個人の情報発信は圧倒的に匿名が多い。実名で情報発信しろというのは、最初から、圧倒的多数の人々を敵に回して議論を始めるようなものだ。結果は見えている。
 先のコラムには、「実名で発信するアメリカのほうが異常なんじゃないか」という反応もあったが、「平気で実名で書いているほうが不思議」というのは、日本のネットの平均的感覚だろう。

 私も先のコラムでは、現実には、実名で書くのはメリットよりもデメリットのほうが大きいし、他人の責任を追及するといったことでなければ、匿名で も実名でも自由だろうとも書いた。そのうえで、英語圏や中国語圏と比べ、日本のネットでの情報発信は匿名性がはるかに強いという調査結果を紹介した。
 こうした調査どおりだとすれば、いま自分たちのいるネットの状態が唯一絶対のものではない。日本のネットがなぜ匿名志向が強いのかは、考えてみる価値があることではないか、と問題提起してみたかったわけだ。

 日本のネットで匿名が多い理由としては、パソコン通信の時代にハンドルネームが使われるのが一般的で、その後もそうなったなどとも言われている。 しかし、ネット人口は爆発的に増えている。匿名であることのメリットを感じなければ、これだけ多くの人が以前の習慣を続けたりはしないはずだ。

●住所も電話番号もウェブ上に

 実名か匿名かはともかく、ネットによって世界が狭くなり、匿名性を維持するのが難しくなっていることは確かである。
 トーマス・フリードマンは、ピューリツァ賞を3度もとった著名なジャーナリストだが、新著『フラット化する世界』は、世界各地を飛びまわり、いかにフラット化しているかを描き出した。しかし、フリードマンは、わざわざ世界の果てまで行かなくても、娘たちの言動にまず仰天している。

 旅行先である朝、妻や6歳の娘とホテルのエレベーターに乗った。
 娘のナタリーが友だちに出す葉書を持っていたので、妻のアンは「住所録を持ってきたの?」と尋ねた。
 すると、早熟な6歳の娘は、母親の顔を「19世紀の人間でも見るように」眺めてこう言ったという。
 「ううん。電話番号をググったら、住所が出たよ」。
 ママってどうしてそんなに遅れているの、住所録? ばかじゃないの、ママったら。ナタリーはそう言いたげな口調で答えたとフリードマンは書いている。

 クレイジー。
 52歳のフリードマンはそう思ったにちがいない。
 そして、これを読んでいる多くの人も、そう思ったのではないか。アメリカ人は、平気でネットで住所を公開しているのか。ばかじゃないの、アメリカ人は‥‥

 日本のグーグルは、電話番号検索をやっていない。だから、米グーグルでのように、検索ウィンドウに地域と名前を入れると住所が出るなどということはない。
 しかし、NTTは独自ソフトを使った有料電話番号検索サービスを提供しており、電話帳に名前を載せている人についてはオンラインで調べることができる。
 グーグルの検索も、電話帳掲載者だけが対象なので、理屈は同じである。
 ただ、グーグルでいとも簡単に無料で検索できるというのは、はるかにインパクトがある。

 電話帳掲載率は、日本では03年に66パーセントまで落ち、都市部の掲載率は3割台になっていると言われている。しかし、アメリカでは、グーグルでかなりの人の住所を調べられるのだろうか。
 ためしに、アメリカに一人で住んでいる知人の女性について検索してみたら、あっさり住所や電話番号が出てきた。
 検索結果画面の地図へのリンクをクリックすると、彼女の家が航空写真付きで現われ、場所もわかった。
 アメリカのストーカーにはきわめていい環境がそろっていることになる。

●「若気の過ち」はもはや許されない?

 フリードマンはまた、大学に入った年長のもう一人の娘オーリイのエピソードも紹介している。彼女は、大学の入学式もまだこれからというときに、ルームメイトになる学生のことをよく知っていた。
 フリードマンは不思議に思い、どうしてもうそんなことを知っているんだ、と尋ねた。
 娘は、「ググっただけ」と答えたという。
 フリードマンはこう書いている。

「フ ラットな世界では、逃げることもできなければ、隠れることもできない。小さな石まで一つ一つ裏返されてゆく。何をやっても、どんな過ちを犯しても、いつか は検索でわかってしまうから、真っ正直に暮らしたほうがいい。‥‥ハイスクールの新聞や出身地の新聞の記事が出てきて、さいわい警察の記録はなかった。相 手はハイスクールの生徒だというのに!」

 そして、フリードマンは、法令遵守と企業倫理を専門とするコンサルタント会社の経営者の次のような言葉を書きとめている。

「グーグルがある世界では、評判がつねについてきて、自分が立ち寄るところに先回りする。評判が自分に先行する……評判がひろまるのは速い。大学での四年間、酔っ払ってばかりというのはまずい。人生の早くから評判ができあがってしまう」。

 「おおぜいの人問が、私立探偵みたいにこちらの人生を調べ、わかったことをおおぜいと共有する可能性がある。スーパーパワー検索の時代では、誰もが有名人だ」とフリードマンは付け加えている。

 「誰でも15分だけ有名人になれる」と言ったのはウォーホルだが、たしかにいまや望まなくても誰でも有名人になってしまう。その「名声」はいつま でもつきまとい、「若気の過ち」ではすまない。そうしたことを考えれば、学校などで実名で書くことはとても勧められないし、大人でも同様だろう。

 「グーグルはまるで神だ」とIT企業の幹部が言ったとフリードマンは書いているが、日本も、こうした面では間違いなく先進国だ。
 「2ちゃんねる」という情報共有のための強力なサイバースペースが準備され、動物虐待から不倫まで、ネットで何気なく書いたことからその身もとを突き止められ、大変なことになった人々の例はすでにいくらもある。
 さらにウィニーを介したウィルスによって、警察情報からプライベートな情報まで思いがけず共有されるアクシデントも続いている。
 共有される情報の発掘の仕方はだんだんアクティヴになってきて、ネットで情報を探し回るだけではなくて、ネットの情報をもとに名前や住所を突き止め、張りこんで写真を撮ったり家族の情報を集めたりということもやられているらしい。

 ネットによって、あらゆる人が検索され、探られ、監視されうるようになってきた。検索が洗練されたものになり、必要な情報がたちまち見つかるよう になればなるほど、広大に見えるネットが、息苦しいほど狭い空間に変貌していく。うかつなことを書けないという意味で、一見、自由なネットは、じつはそれ ほど自由ではないという逆説も成り立ち始めた。
 にもかかわらず、6歳の子どもたちの住所が電話番号から簡単にグーグルで検索できてしまうという のであれば、アメリカは、まったく非常識なまでの実名社会ということになる。「アメリカのほうが異常なんじゃないか」という意見は、そういう意味ではあ たっているかもしれない。

関連サイト
 米グーグルの電話帳検索。「Smith, New York, NY」などのように州名と地域、名前を入れて検索すれば、このように電話番号や住所が表示される。さらに検索結果ページの「Map」というリンクをクリックすれば、地図やその場所の空撮写真も見ることができる。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.460)

« ネットでケンカに勝つ方法 | トップページ | 日本のネットを作ったもの――オタク文化とウェブ »

匿名・実名論争」カテゴリの記事

2014年8月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31