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2006.09.29

オーマイニュースが成功をおさめた理由

韓国の特殊なメディア事情やネット環境などが
成功の秘密と言われてきたが、それだけではない。
創立者に、明確な「戦略」があったからだろう。

●オーマイニュースの戦略

 先月末に創刊した『オーマイニュース』日本版がネットでちょっとした騒ぎになっている。それもオーマイニュースにとって好ましいとは言えない炎上などの騒ぎである。
 オーマイニュースは韓国で生まれたネット新聞だ。いまの盧武鉉(ノムヒョン)大統領が選ばれたときにも、市民の力を結集し、貢献したと言われている。すでに英語の国際版サイトもできており、海外のジャーナリズムからも高い評価を受けている。そのネット新聞が、ソフトバンクの孫正義氏の支援を受けて、日本に「上陸」した。

 しかし、ネットにも強力な嫌韓派はいる。政治的に日韓がうまく行っていないこの時期にわざわざ日本にやってくるとは、よほど日本の事情にうといか、それとも向こう見ずなのか。「オーマイニュース日本上陸」の話を聞いた多くの人同様、私もまずそう思った。

 昨年の年末にオーマイニュースの創立者オ・ヨンホ社長の話を聞く機会があったが、そのときわかったのは、彼は、少なくとも日本の状況を十分知ってはいるということだった。というのは、そのころ週の半分ぐらいは日本にいて、多くの日本人に会っており、靖国神社から竹島問題まで日本に渦巻く韓国に対する感情的な反発について繰り返し聞き、日本への進出は無謀なので止めたほうがいいと忠告を受けていた。
 しかし、オ・ヨンホ氏は、日韓のサイトの記事を相互に翻訳する考えまであるとのことで、意見の違いは、双方が主張しあって意見を戦わせればいいと言う。ずいぶん度胸がいい人だなと思った。

 そのとき話を聴いたことでもうひとつ印象的だったのは、オーマイニュースは「たまたま成功した」のではなくて、どうやら成功すべくして成功したらしい、ということだった。韓国にはいくつもネット新聞があった。しかし、それらの新聞は、海を越えて知られるまでにはならなかった。オーマイニュースだけが、世界的名声を獲得できたのには、それなりの理由があったようだ。

 日本でもネット新聞はいくつもあるが、韓国におけるオーマイニュースのような影響力はない。いわゆる市民派のメディアという「偏見」(?)もあったりする。おそらく韓国でも、そうした形でネット新聞が生まれたのだろう。しかし、オ・ヨンホ氏は弱小市民派メディアで終わらせるつもりはなかった。
 オーマイニュースも、ほかの多くのネット新聞同様、「市民記者」の投稿を記事として掲載しているが、それらは自分の身の回りで起こったことや意見などが中心だ。オーマイニュースがアクセスを集めるためには、やはり「スクープ」が必要だった。一般からの告発などもあったようだが、そうした「待ち」によるスクープばかりでなく、常勤記者によって毎週のようにスクープを出したという。

 スクープはどこのメディアもねらっている。
 資金的にも人材的にも限られている弱小・新興のネットメディアがなぜスクープを出せたのか。
 そこにオーマイニュース成功の秘密があるように思われた。

●スクープの生み出し方

 オ・ヨンホ氏によれば、オーマイニュースでは、一般的な意味のスクープとは少し違うのだという。小泉訪朝を最初にスクープしたのは韓国の新聞の日本支局の記者だそうで、年末の会ではその記者も参加していたが、そうしたスクープは、やはりマスメディアの記者でないとむずかしい。しかし、一般のマスメディアが無視していたり、一回だけしか報道しないニュースはたくさんある。そうしたことをほじくり返して追及するといったやり方で、スクープをものにしたとのことだった。

 たとえば、米軍に対する反対運動が起きたとき、マスメディアも取材に来た。けれども、一回取材するだけで帰ってしまった。オーマイニュースは大学生を現場に張りつけて、一か月ずっとネットでその様子を伝えたそうだ。反米感情がネットで共有されていれば、アクセスは集まる。「市民記者と常勤記者のファンタスティックな結合」といった言葉をオ・ヨンホ氏は口にしていたが、こうやって差別性のあるコンテンツを生んだという。

 メディアは、記事にすることで、問題のありかを社会に提示する機能を持っている。こうした働きを「アジェンダ設定(セッティング)」というが、オーマイニュースには、独自なやり方でそうした機能を果たしてきたという自負があるわけだ。

 この話は、本欄の連載を続けている私にはよくわかるものだった。この連載について、取材をしていないじゃないかと非難されることもあるし、また逆に、ネット外での体験を織りこんで書くと、「仮想」の報道ではないじゃないかと言われることもある。ときによって多少の違いはあるが、原則として、ふつうの人がふつうにネットでアクセスできる情報で何がわかり、何が言えるのかという視点で連載を続けてきた。「あらゆる人が情報発信者」であるネットの時代には、特権を持っている人だけが情報を得られるようではまずい。ふつうの人がふつうに得られる情報でわかることが重要だ。実際にどの程度そうなっているのか、実践してみるというのが出発点だった。

 もちろんそんなやり方で何がわかり、何が言えるのかと思われるかもしれない。けれども、メディアでそれほど注目されていないおもしろい事実やデータは意外なほどネットに眠っている、というのが、長く連載を続けてきた実感だ。
 資金や人材の面で大手マスメディアほど潤沢でなくてもスクープが生み出せるというのは、その通りだと思う。

●ネット動画時代の小メディアの生きる道

 韓国では新聞は総じて保守的で、リベラルな若い読者の受け皿がなかった。そのことがオーマイニュース成功の理由と言われている。こうした事情は日本と異なるが、スクープに対する独特の発想は、日本でも十分通用するものだろう。

 8月15日に小泉首相が靖国参拝したとき、オーマイニュースは前夜から記者を靖国神社に張りつけたそうだ。もしこのときずっと靖国神社の映像を流していたら、おもしろかったのではないか。
 実際には、オーマイニュースには、小泉首相の靖国参拝に批判的な記事が載り、「左翼偏向」がネットで批判されることになった。しかし、もしニュートラルに映像を流し、映像に語らせる手法をとっていれば、ずっとスマートでユニークな報道になったはずだ。ネットは、テレビのような時間的制約がないから、テレビが映さない舞台裏の映像まで伝えることができる。大学生を一か月反米運動に張りつけたように、事件の現場で映像を流し続ければ、それなりにおもしろく、またアクセスを集められるはずだ。

 言うまでもなく、映像の持つ力は強い。うまい文章が書けなかったり、カメラワークがつたなくても、素材がおもしろければ注目を集めることができる。それは、オーマイニュース以外のネットメディアでも同じだろう。

 オ・ヨンホ氏がオーマイニュース日本版の編集長に抜擢したのは、テレビ・キャスターの鳥越俊太郎氏だった。鳥越氏はサンデー毎日の編集長などもしてきたが、テレビの世界が長く、テレビ人脈もある。鳥越氏の編集長就任のニュースを聞いて、テレビのノウハウを導入し、映像によるスクープをねらうのかと思った。しかし、現状はそうはならず、別の「騒ぎ」が注目されることになった。
 私にはそれほどおもしろいものには思えなかったが、かねがね抱いていたネット・メディアに対する危惧が、その騒ぎからは感じられた。
 次回はそれについて書くことにしよう。

    *

 メディアに共感する人が多ければ、アクセスは集まる。オーマイニュース日本版の場合はそれがむずかしく、逆に、炎上のようなネガティヴな事件によってアクセスを集めることになってしまっているのがつらいところだ。

関連サイト
八月末に創刊された日本版『オーマイニュース』

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.532)

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