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2006.09.08

長時間労働しなければならない理由

ここ100年短縮化に向かっていた労働時間が
ふたたび長くなりだしたという。
豊かな社会になっても
長時間働かなければならないのはなぜなのか。

●より若い層に回り出した仕事の負担

 7月末に社会経済生産性本部のメンタルヘルス研究所が公表した「心の病」についての調査結果は、ショッキングなものだった。
 回答した上場企業の62パーセントで「心の病」は増えており、とくに30代の増加が著しいという。02年の調査に比べて20パーセント近く増えている。
 成果主義はいまの30代前半が20代のときに導入され、先輩社員は後輩の面倒を見る余裕がなくなった。いまの30代は十分な教育を受けられず、責任の重い仕事に就くようになってストレスが高まっているのではないかと、同研究所の研究員の分析が新聞では紹介されていた。
 実際、管理職の若返りは進んでいるようで、技術職の30代がある日突然中間管理職になり、上司と部下の間に挟まれて心の病になるといったケースがIT企業などで増えているそうだ。

 今年の6月に結果が公表された労働政策研究・研修機構の「働き方の現状と意識に関するアンケート」も正社員の厳しい状況を浮き彫りにしている。
  職場で働く人数が「減っている」と答えた人の割合は「増えている」と答えた人よりずっと多い。1年前と比べて労働時間が増えた人の割合も、減った人より多 い。所定労働時間を超えて働かなければならない理由について、4人に1人が人員削減で人手不足になったことをあげている。
 もっとも長時間労働しているのは40代で、30代とともに平均で月200時間近く働いている。仕事を自宅に持ち帰る頻度も40代が多く、「労働時間を短くしたい」と答えた割合も高い。
  しかし、労働時間が増えたと答えた人がとくに多いのは、20代30代だ。40代の労働時間は延びきってきて、より若い層にも仕事の負担がまわりだしている のだろう。働く時間が長いことや、仕事量が多く、仕事と生活のバランスが悪いこと、そして会社の将来や雇用の不安を、30代40代の多くの人がストレスの 原因として上げている。

●週15時間労働の時代が来るという予想もあったが‥‥

 経済学者のケインズは1930年に、技術の進歩によって100年後には、週15時間程度働く時代になると予想したそうだ。
 しかし、この予想は大はずれだった。
  週15時間どころか、平均41時間18分の所定労働時間ですんだ正社員はわずか14パーセント。月200時間以上働いた男性が53パーセントもいる。週 50時間働くと疲労感を訴える人が5割を超え、負担感が一様に増してくるというが、そうした状態が当たり前になっている。

 いったいどうしてこうなってしまったのだろうか。
 ロナルド・ドーアの著書『働くということ』は、1975年から20年間の日本の統計を もとに、生産性上昇の4分の3は消費の増加に使われ、余暇時間の増大に貢献したのは4分の1にとどまっているという数字をはじきだしている。つまり、 1975年のままの消費生活で満足していれば労働時間は4倍減ったが、ほしいものがあれこれ出てきたので、実際にはあまり減らなかった、ということだろ う。

 ドーアによれば、「隣の人に負けない生活程度を維持するためにこそ人は長時間働く」という説があるそうで、賃金の低い人ばかりが長時間働くわけではないという。所得が高い層は低い層よりも長時間働いていると述べている。
 安い賃金のパートタイム労働者は、ほかに生活の支えがなければ、年2千時間以上働かなければ暮らしていけない。そうした層とは別に、ホワイトカラーの管理職クラスの労働時間がまず長くなり、その後、より若い正社員の労働時間も伸び始めているというのがいまの日本である。

「1日8時間忠実に働いて最後にはボスになり、1日12時間働けるようになるかもしれない」とアメリカの詩人ロバート・フロストは皮肉ったそうだ が、日本の詩人・石川啄木の「働けど働けど、わが暮らし楽にならず」というのも、いまの時代、長時間労働を強いられているホワイトカラーの感慨でもあるの だろう。

●IT主犯説

 ケインズの期待ほどではないにしても、それでもここ100年、労働時間は短縮してきた。しかし、その流れはこのところ先進国で逆転し始めた。グ ローバリズムには「悪循環の連鎖」という面があると以前書いたが、長い昼休みや長期休暇を享受していたヨーロッパの人々も、日本やアメリカなみに働くこと を求められるようになってきた。そして、日本の雇用者は、中国や韓国の雇用者の向こうを張って働かなければならなくなっている。

 パソコンやネットの普及も、サービス残業や長時間労働を促進している。
 携帯電話やパソコンのおかげでいつどこででも仕事をしなければならなくなった、ということばかりではない。
 たとえば、ネットで価格を見比べて安いものを買うということをやる。そういう人が増えれば増えるほど、コストカットへの圧力は高まり、自分たちの労働条件は悪化していく。

 もちろんネットやコンピューターのない時代に戻ることは不可能だ。
 そうしたいま、考えられる望ましい働き方とはどんなものだろうか。

●労働時間管理の一大変革

 現在、ホワイトカラーの働き方を一大変革する法案作りが進行している。長く続いてきた時間による管理をやめ、時間にとらわれず働くルールを定めようというものだ。6月末に公表された中間答申案では、一定条件の雇用者について、労使の協議のもと導入することとされている。

 時間にとらわれず働くといえば聞こえはいいが、残業手当も深夜割増賃金もなくなる。そして、長時間労働も過労死も、労働者の自己責任の部分が大き くなる。こうしたルールをすでに導入したアメリカでは、ホワイトカラーはますます長時間労働をするようになったと言われている。
 雇用者が長時間労働しても、会社は懐(ふところ)が痛まないわけだから、これほど都合のいい話はない。

 法案は来年の国会に提出される予定だったが、検討していた労働政策審議会の分科会では、案を拙速にまとめたと労使がともに反発し、議論が2か月ス トップしてしまった。8月31日に、とりあえず素案を白紙に戻して審議が再開された。厚生労働省は、来年にはやはり法案を国会に提出したいようだ。

 こうした提案はもともと経営団体から持ち出されたものだから、コストカットの発想が含まれていることはまちがいない。
 とはいえ、IT機器の発達もあって、思いついたときに企画書やレポートをまとめ、あるいは電話やメールで連絡をとって仕事をしたいと思うことは増えている。また、だらだら働いたほうがお金をもらえる賃金体系が知的労働にあっていないことも確かだ。

 ただ、こうしたルールは、6月末の案で考えられていたように、組合や労働者の代表が経営側と話し合って一律に導入するといったものではないだろう。
 働く人一人一人事情は異なっている。共働きか、ローンがあるか、子どもの学校が公立か私立かによっても違う。お金が欲しいか自由な時間が欲しいかは人それぞれだ。
 誰かが代表して決めるのではなく、それぞれが都合に合わせて選べるようにし、在宅労働の大幅な拡大などともセットにすべきだろう。そうした条件がもし付け加われば、新しい労働ルールの導入は、いまの長時間労働にたいする一種の「救い」になる可能性もなくはない。

 もっとも(在宅で仕事している私がすでにそうなっているように)仕事と生活の区別がなくなって、ほとんどいつも仕事している状態になる恐れは大きいと思うが‥‥。

      *

 年収が「減りそう」と予想する人は30代以上で「増えそう」を上まわっている。右肩上がりで報酬が増えることを期待できる時代ではなくなった。とりわけ年収がまだ少ない30代で減るのでは、暗い気持ちにならないはずはない。

関連サイト
●6月末に労働政策審議会労働条件分科会に提出された厚生労働省による「労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(案)」
大阪過労死問題連絡会のサイト。過労死を問題にしている団体は、労働時間の管理をめぐる新しいルールの導入に反対している。
労働者の疲労蓄積度チェックリスト

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.449)

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