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2006.09.01

今後の社会の雇用制度はどうなっていくだろうか。

社員のクビを切れるようにすべきということが、
もっともらしく主張され、支持も集め始めている。
どういう雇用制度が待っているかを考えてみると‥‥

●雇用をめぐる論理、正しいのはどれ?

 パオロ・マッツァリーノなるイタリア生まれの30代が書いたとされる『反社会学講座』は、単行本化もされて話題を呼んだが、もともとはネットで公開されている。その第6回「日本人は勤勉ではない」はこう書き始めている。

 昼間から寝ているホームレスを見て、「みんなが頑張っているのに」と腹を立てるのは間違い。みんなが頑張ると共倒れし、不況は深刻化する。
 タクシー業界がいい例で、売り上げが減少したからと台数を増やして頑張るので、一台あたりの売り上げがいよいよ落ちこんだ。
 ホームレスになってくれている人がいるおかげで、残った人は食いつなげるわけで、勝ち組は負け組に感謝すべきだ。「それなのに、なんですか。いうにこと欠いて、ホームレスが昼間っから怠けている? まったく、近頃は自分勝手な日本人が増えたもんだ」。

 みんなが頑張るからいよいよ困ったことになるのだともっともらしく言われると、「なるほど」という気がしてくるが、雇用をめぐる現在の状況の救いのなさは、そうとうなものだ。
 失業率は不景気のときより下がったものの、アメリカ型の市場経済が雇用にも浸透し始め、論理的にも救いがなくなってきている。

 「簡単に雇用者のクビを切れるようにするのはおかしい」などという主張は、少し前までなら文句なく多くの人が賛成しただろう。しかし、いまはかならずしもそうではなくなっている。
 こうした意見は、満足できる仕事をすでに得ている人には都合がいい。しかし、解雇しにくければ、雇用者の入れ替えは起こらず、失業している人は職を得にくい。
 たとえば、若者の失業率が高いのは、すでに雇われている人のクビを切りにくいからだ。中高年のクビをもっと切りやすくすれば、若者が雇われる余地が出てくる。
 それは、正社員と非正社員の関係についても言える。正社員をクビにしやすければ、有能な非正社員が正社員になれるチャンスが増える。

 また、「簡単にクビを切れるようにするのはおかしい」という意見は、高学歴や強いコネのある者の利益を守るものだ、という見方もありうる。
  解雇しやすければ、会社は、とりあえず多様な人間を雇ってみて、そのあと能力のない者をクビにすればいい。しかし、解雇しにくければ、学歴や知りあいの紹 介など採用側が「失敗の確率が低い」と信じるやり方で絞りこんで選抜しがちだ。つまりこうした理屈は一見正しいように見えるが、少し違った角度から見る と、既得権者のエゴイスティックな利益を守り、実力主義の採用をむずかしくする不公正な意見、ということにもなりうるのだ。

 英米型の新自由主義的雇用制度が、各国の政策立案者やエコノミストにアピールするようになってきた。厳しい競争ルールを導入して解雇を容易にし、新たな人を雇いやすくしながら経済発展をはかるのが経済学的にまっとうな論理、というわけだ。

 これは総論としてはたしかに正しいように思われる。しかし、実際に何が起こるかについて、次のように考えたときには、そうあっさり賛同する気にはなれなくなる。

●解雇しやすい社会になると‥‥?

 解雇しやすければ、会社は、たしかにとりあえず多くの人を雇うだろう。
 新入社員を雇うと、教育コストがかかるから、数年仕事をしたぐらいの即戦力の若者が望ましい。若いから給料が安くてすむし、スタミナもあって長時間労働に耐えられる。
 それから10年か15年死ぬほど働いてもらう。能力のない者や、歳を食って生産性が落ちた人間はどんどんクビにする。中高年の管理職は少数でいいから、最終的にそんなに残す必要はない。もし不足すれば、有能な人間を中途採用すればいい。
 日本人の若者を雇うのは少子化時代には限りがあるかもしれないが、グローバリズムの流れに反する規制は打ち壊し、海外の安い労働力をもっと雇いやすくする。こうすれば、つねに若くて活気のある会社が維持できる‥‥。

 会社はそれでいいかもしれないが、雇われるほうは、たまったものではない。
 能力によってクビを切られる社会では、クビになった人間は能力がないと烙印を押されたも同じだ。次に雇ってくれるところがあったとしても、条件は厳しいものになる。
  いまは会社に残っていられる人間もこうした経緯を見ているから、会社にたいして強い態度は取れず、長時間労働やサービス残業を断われない。会社にはハッ ピー、雇用者にとっては悪夢の社会が出現する。というよりも、すでに出現しつつあるといったほうがあたっているかもしれない。

 90年からの15年で非正規雇用は倍になり、雇用者の3人に1人は非正規雇用になった。90年以後で正社員がもっとも多かったのは97年だが、い まはそれから1割強減っている。非正社員の増え方に比べて正社員の減り方はまだ抑制されているが、それは正社員のクビを切りにくいからだ。手荒なやり方で 人員削減をすると士気が落ち、ダメージがあるということは、会社側もわかっている。穏便な形で正社員を減らし、できるかぎり非正社員を増やしていくという のが多くの会社の人事戦略だろう。

 早期に社内選抜が行なわれ、勝ち組と負け組の差は早くにはっきりし始めている。そして、30歳代から40歳代の、とくに大卒ホワイトカラーの格差 が大きくなってきた。長時間労働をして激しい競争を戦っても、それに見あった結果を得られる層はかつてほどはいない。しかし、雇用の不安があって、競争か ら降りてしまうこともできない。

 会社に雇われることがこれほどネガティヴな時代は、戦後の日本にはなかったのではないか。自信と能力があれば、雇われるほうではなく、雇う身になるべき時代なのかもしれない。

●今後の社会はこんなふう‥‥

 こうした悪夢の社会を回避する道はないのだろうか。
 前回触れたワークシェアリングなどもそのひとつだろうが、六本木ヒルズが憧れの目で見られる時代には、勝ち組・負け組を生む競争社会の論理から抜け出るのはかなりむずかしいかもしれない。

 とはいえ、増大していく非正社員の不満をほっておくわけにもいかないはずだ。
 社会は、正社員と非正社員の賃金格差を是正し、非正社員で も保険や年金が不利にならない制度にするなどの措置は取らざるを得ないだろう。そうしなければ非正社員は結婚もできず、焼け石に水にしても少子化対策上ま ずいと考えられる。少なくとも、同一の仕事をしていながら正社員と非正社員に格差をつけ続けることはこの先むずかしくなると思われる。
 しかし、会社側は、賃金総額は増やせない。
 コストを上げずに非正社員の待遇を改善するために、企業は、正社員の数をますます絞りこまなければならなくなるだろう。かくして、正社員はさらに減り、非正社員が増える社会になっていくにちがいない。

 さて、こうした社会はやはり悪夢だろうか。
 雇用の流動性が飛躍的に高まった自由な社会になる可能性はないのだろうか。
 次回あらためて考えてみることにしよう。

     *

 いっそのこと社員という形で労働者を囲いこむことを禁止してしまったらどうだろうとも考えてみた。プロジェクトごとに人を雇って、終わったら解散する。もっと自由に働けるかな、と思ったが‥‥やはり現実的ではないか。

関連サイト
●「千葉県幕張に住み講師の仕事と立ち食いそばのバイトをしているイタリア生まれの30代パオロ・マッツァリーノ」なる人物が作成したとされる、挑発しながら考えさせるサイト『スタンダード 反社会学講座』。「反抗期の大人にもおすすめ」だそうだ。現在も書き継がれている。

(週刊アスキー「仮想報道」 Vol.448)

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