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2006.08.25

正社員も非正社員も不幸になっている現状でいいのだろうか

いくら働いても貧乏から抜け出せない人が増える一方で、
正社員は、ますます長時間の労働を強いられている。
救いのない現実に解決策はないのか?

●規制改革と格差の拡大

 いくら働いても貧乏から抜け出せない人たちの生活を追ったNHK特集「ワーキングプア~働いても働いても豊かになれない~」はショッキングなレポートで、ネットでも話題になっていた。

「大学や高校を卒業してもなかなか定職に就けず、日雇いの仕事で命をつないでいる。正社員は狭き門で、今や3人に1人が非正規雇用で働いている。子供を抱える低所得世帯では、食べていくのが精一杯で、子どもの教育や将来に暗い影を落としている」

 とNHKのサイトでは紹介されているが、子どもを大学に行かせようとアルバイトまでして働いても年収200万にしかならない父親や、努力しても仕事を見つけられない青年の話などが放映された。
 04年の「全国消費実態調査」によると、年収200万未満の世帯は10パーセントあるそうだ。

 政府は、高齢化が進んだために統計上格差が広がって見えるだけで、小泉政権下で格差は全体としてむしろ縮小していると言う。
 7月に発表された『経済財政白書』もそう主張しているが、注目すべきはその理由だ。
 格差が縮小したのは、平均所得が低下し、所得分布が集中した可能性があると指摘している。実際、平均所得が5年で649万円から589万円へ60万円も下がったと数字を示している。
 また、この白書でも、80年代以降、長期的には格差は拡大し、小泉政権下でも30歳未満の所得格差と、雇用者、とくに20代30代の所得格差は拡大していると言っている。
 さらに世帯間の所得格差がこの程度ですんでいるのは、所得が減った分、妻がパートで働きに出て支えていることも白書の記述からうかがえる。
 各種の調査で、所得格差が拡大していると認識している人が6割以上いると言うが、それも当然だろう。
 白書は細かく数字を操り、小泉政権下での格差拡大を否定しているものの、一般の人々には何の慰めにもなっていない。

 正社員も、リストラによっていつ非正規雇用の立場に立たされるかわからず、そうした潜在的脅威のもとサービス残業をして長時間労働を強いられている。
 安い労働力である非正規雇用の増加が、正社員のリストラや待遇悪化につながっているわけで、格差の問題は正社員にとっても他人事ではありえない。大多数の雇用者が以前より不安定な立場におかれ、疲れているというのが現状だろう。

 首相の諮問機関、規制改革・民間開放推進会議が7月21日に発表した労働関連法改正についての意見書を読むと、いよいよ救いのなさを思い知らされる。

 推進会議は、正社員と非正社員の格差を縮めれば非正社員を雇いにくくなるということで反対。景気が悪くなったときにリストラしやすければ人を雇いやすいという理屈で、正社員・非正社員を問わず解雇はしやすくしておくべきだと主張している。
 また、時間外労働の賃金増をはかれば、会社は通常勤務時間内の賃金を引き下げ、雇用者は収入を維持しようともっと長時間の残業をするようになるということで、これも反対。
 会社の論理と雇用者の期待がすれ違っていることを感じさせる。

 推進会議は、解雇が容易なアメリカ型の雇用システムにしようということなのだろうが、アメリカほど転職しやすくはない日本でこうした仕組みを導入すれば、雇用者が悲惨な立場に立たされるのは明らかだ。
 にもかかわらず、この意見書によれば、

「ホ ワイトカラーを中心として、自らの能力を発揮するために、労働時間にとらわれない働き方を肯定する労働者も多くなっており、自己の裁量による時間配分を容 易にし、能力を存分に発揮できる環境を整備するためには、そうした労働時間にとらわれない働き方を可能にすることが強く求められている」

のだそうで、労働者保護だけでなく、「労使自治」を尊重しろと述べている。
 誰も彼もを裁量労働にしろとはさすがに言わないものの、対象者を部長クラスから、課長あるいはその下の「係長、組長、班長」にまで広げることを提言している。

 労使が対等で、社員がほんとうに自律した存在なら、たしかにこうした理屈は成り立つだろう。しかし、現実には、ヒラはもちろん管理職でも、好き勝 手に仕事量を決められるわけではない。組織のメンバーとして上司に査定される立場だ。組合の力がきわめて弱くなり、「代わりの社員」が容易に見つかるい ま、雇用者はかぎりなく搾取されうる立場になっている。
 そうした考慮がまったくなく、労使自治と裁量労働の名のもとに、サービス残業を合法化し、残業代を払わずに社員を長時間働かせようというのはあまりに欺瞞的だ。

●グローバリズムのまたの名は「悪循環の連鎖」

 規制改革・民間開放推進会議の過激さは、よきにつけ悪しきにつけそうとうなものだ。
 「いままでのやり方はぶっ壊してやる」みたいな威勢のいい文章も見られ、驚かされる。ほかの審議会の意見などにもクレームをつけ、それらの報告書以上の過激な主張をしている。

 推進会議の答申で、政府の文章っぽくないところには好感を持つし、これまでのように生産者優先ではなく、ユーザーの立場に立とうとしているところなどは納得できる。しかし、規制緩和の名を借りて「弱いものいじめ」になっているところもあるのではなかろうか。
 たとえ経済的合理性があったとしても、多くの人がそれではたして幸せになれるのかといったことを考えると疑問が湧いてくる。
 競争の結果、格差が広がれば、当然ながら犯罪だって増えるだろうし、安定した社会にはならないはずだ。

 冒頭のNHK特集は、『紙屋研究所』という個人サイトが詳細な紹介と鋭い分析をしていて、番組を見逃した人にももっと知りたい人にもお勧めだ。
 ここ数年、企業の経常利益は増えている一方、雇用者報酬が減っており、雇用者の収入が企業の利益に転化されていることなど、雇用者にとって聞き捨てならない現実が指摘されている。

 企業側の論理としては、「競争に生き残るためには仕方がない」ということだろう。
 グローバリズムには「悪循環の連鎖」という面がある。他の国が低賃金で長時間働くから追随せざるをえず、それがまた他の国に波及する。そうとう思い切った発想の転換をしないかぎり、こうした悪循環から脱することはできない。

 収入や仕事を職のない人たちにまわすワークシェアリングというのは、そうした発想のひとつだった。不景気で失業率が高かったときには注目されたものの、その後、景気が回復して失業率が下がるとともに顧みられなくなってきた。
 いまはむしろ反対に、能力のある人にどんどん仕事をしてもらい、収入もそれに応じて増やせという新自由主義的発想がトレンドだろう。

 日本の場合は、ホワイトカラーのサービス残業が蔓延し、労働時間がそもそもあやふやで、ワークシェアがしにくかった。企業は労働意欲の低下も心配した。労働者も、賃下げには反対だった。
 その結果、「ワークシェアによって職のない人々に仕事を回せ」ということではなく、「いまいるいらない人間のクビを切って新規の雇用と新しい分野の人材登用を増やせ」ということになった。

 しかし、少子化の進行と団塊世代の大量定年が間近に迫ってきて、また少し風向きが変わってきたようだ。
 このところ語られ始めたのは、子育て世代の支援や高齢者の雇用延長のために仕事の仕方のバリエーションを増やすワークシェアリングだ。
 かつてエコノミック・アニマルと呼ばれ、「生活を楽しむよりまず仕事」というライフスタイルを世界中に広めた日本が、率先して仕事や生活の仕方をもっと自由にする社会に転換したら、インパクトはそれなりにあるはずだ。
 次回ももう少しこうした働き方の変化について考えてみたい。

      *

 少子化によって日本経済は凋落すると言うが、激しい競争に駆り立てる政策を次々と打ち出しておいて「家庭生活を大事にしよう」といっても空々しい。
 ほんとうに少子化を食い止めるためには発想を変えるしかない。

関連サイト
NHK特集「ワーキングプア~働いても働いても豊かになれない~」。短い予告編しか載っていないが、詳細な番組紹介と解説を『紙屋研究所』というサイトがしている。

(週刊アスキー「仮想報道」 Vol.447)

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