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2006.08.11

小泉政権の内幕とその評価

小泉政権は来月終わる。
その歴史的評価はどのようなものになるだろうか。
その是非はともかく
この政権によって大きな変化が起こったことは確かだ。

●小泉政権下で変化を生んだ仕組み

 なるほど、政策というのはこうやって決まるのかと、経済財政諮問会議のサイトに載っている「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」を見ると思う。
 これは通称「骨太の方針」と呼ばれている。毎年の予算編成や経済運営の指針で、内政の中心となるものだ。

 それをまとめているのが、小泉政権誕生直前に生まれた経済財政諮問会議だ。
 きわめて重要な会議だが、参加人数は、議長の総理大臣を含めて11名以内に限定されている。
 少人数に抑えて容易に決定できるようにする一方で、4人以上の民間人を参加させる決まりで、民間の知恵を導入する仕組みだ。

 今年の「骨太の方針」は小泉内閣のもとで最後であり、「むすび」のなかで、その意義を次のように総括している。
 諮問会議は省庁のように 縦割りではなく、民間の経営感覚や、経済分析などの客観的な根拠をもとに政策を提言し、決定プロセスを活性化した。また、「短期間の内に詳細な議事内容が 公表されるなど、政策決定の透明性が高められた」と自賛し、今後こうした成果を維持し、「更に改革を強化していく必要がある」とまとめている。

 小泉政権の終わりが近づいてきて、政権の総括がいろいろな形で行なわれている。

 小泉政権時代の改革は、不良債権処理に始まって道路公団民営化や郵政民営化などがあげられるが、こうした政策が可能になったのは政策決定のプロセスが変わったせいもある。それなしではいくら「変人宰相」が強硬に主張しても難しかったかもしれない。
 「骨太の方針」はそうした変化の象徴で、この中に書きこまれるかどうかが政策の死命を分けるといったことがしばしば起こる。

 新聞などの政治欄では、政治家の誰と誰が手を組んだといった話がさも重要そうに書かれている。そうしたいざこざの果てに政策が決まるということは確かにあるだろうが、部外者にはどうでもいいことに思われて、ときに「勝手にやってよ」という気にさせられる。
 また、対立によって政策がなしくずしになったように報じられているものの、当の合意文書をじっくり見たら意外に違っていた、ということもある。
 対立の構造にもっぱら焦点を当てる「抗争史観」では、妥協の結果、獲得された部分が見えにくくなる。

 小泉政権誕生後、内閣府に入り、裏方として諮問会議を支えてきた大田弘子政策大学大学院教授がつい最近出した『経済財政諮問会議の戦い』という本は、小泉政権下の政策決定プロセスの裏側がわかっておもしろいが、この本にもこう書かれている。

「政 策は“妥協”なのだと、つくづく思う。利害が激しく対立するなかで、文字どおり真剣勝負の交渉がなされ、言葉に体現された政策がつくられていく。でき上 がった政策を批判するときに、よく『妥協の産物』という言葉が使われる。しかし、これは政策形成の実際を知らない人の言葉である。およそ妥協のない政策な どない」。

 これまで政府の文書の解釈は、もっぱら専門のジャーナリストの手にゆだねられてきた。一般の人たちが文書そのものを見ることはあまりなかった。
 しかし、政府の側もネットでの公開に積極的になってきて、誰もが簡単に見て、その内容を知ることができるようになってきた。 
 いいことである反面、それがどういう意味を持っているか、自分で解釈しなければならなくなってきた。

●少数の民間人によって動いた政権

 大田氏の本を読むと、小泉政権で経済政策決定のイニシアティヴを握っていたのは政治家でも官僚でもなくて、民間人だったことがよくわかる。
 経済財政諮問会議は年明け最初に民間議員四人がペーパーを出し、それを議論する形で進んでいく。

 大田氏は、民間人がペーパーを作成することで難易度の高い改革案が作られるようになったと言い、誰がペーパーを書くかがいかに重要か、こう説明している。

「事 務局が原案を書いて委員が意見を言うのと、委員がみずから提案を書くのとでは、できあがりの姿はまったく異なる。ペーパーを書くということは、議論の土俵 を設定することである。いったん土俵が設定され、原案が作成されたあとは、それに対する修正要求しかできなくなる。常に、原案の作成者が優位に立つのであ る」。

 4人の民間人は、牛尾治朗ウシオ電機会長、奥田碩トヨタ自動車相談役、本間正明阪大教授、吉川洋東大教授で、このメンバーは諮問会議誕生以来、替わっていない。
 4人の民間議員が集まる「4人会」が週に1、2回開かれ、ペーパーの打ち合わせやヒヤリングなどを行なってきたそうだ。
 4人の意見がいつも一致していたわけではないが、連名で提出することでペーパーの価値を高める必要があるということで、そうした形をとってきたという。

 民間議員のペーパーは、竹中氏が担当大臣だった昨年までは、本間氏が竹中氏と相談し、大田氏のような民間出身の専門家などを使ってまとめたと見られている。小泉首相の支持のもと、政策決定から政策の作り方そのものまで、竹中氏の意思が強く反映してきたわけだ。

 わずか4人の民間人と竹中氏の5人で、政策が大きく動いてきたというのは驚くべきことだ。
 もちろん審議会などを通していろいろな意見が吸い上げられ、政治家や官僚との調整も行なわれたにはちがいない。しかし、大勢の人がいろいろなことを言ってなかなか決まらない従来の政治スタイルを打破する仕組みは、このように作られたわけだ。

 竹中氏が「民間主導」にしたことには、もちろん政治家たちからの激しい反発があった。けれども、結局、それよりほかに方法があったのか、という気もする。
 「政治主導にしなければいけない」みたいなことが言われるけれど、支持団体や地元のほうばかりを見ている政治家に利益誘導され続けたあげく、破産しそうになっているのがいまの日本であることは、誰でも知っている。
 官僚もまた省益優先の度合いがひどくなってきて、弊害ばかりが語られる。
 となれば、政治的利害にどっぷりつかっていない民間人、とくに学者が中心になるしかなかったのではないか。

●政策決定機関に見る「会議の進め方」

 大田氏は諮問会議の功績として、ペーパーや議事要旨が随時すばやく公開されることで政策決定の透明度が増したこと、民間議員のペーパーが議論の起 点となり、首相の指示が随所であったことで変化のスピードが速くなったこと、数値目標や工程を提示することで成果重視型の政策になったことをあげている。
 「工程が示されない政策は、政策ではないといっても過言ではな」く、お役所文書で「中長期的に取り組む」とあれば、その政策はまず実行されず、「期限が書かれていても、それが数年先であれば実行は担保されない」というのだから、お役所言葉はむずかしい。

 スケジュールや数値目標を決めないとなし崩しになるとか、誰が最初の提案を書くかが重要といった指摘は、会社などの会議についても言える。
 大田氏の本は、効率的な会議のあり方を考えるためのマニュアルとして読んでもおもしろい。
 諮問会議では、最後にかならず何が決まったかを担当大臣がまとめて確認したそうだ。そればかりか、郵政民営化の基本方針を決めるときには、竹中大臣が、わずかの休憩時間のあいだにメモをまとめ、それを配って確認して記者発表したりもしたという。
 話し合った結果をその場で確認しておかないと、いくらやっても意味がない、というのは、あらゆる会議について言えることだろう。

    *

 竹中氏がきわめて大きな役割を担ったのだとしても、誰が首相だったかは決定的に重要だった。流れを変える決定が透明度をもってすばやく行なわれる仕組みが続くかどうかは、次の首相の考えひとつにかかっているようだ。

関連サイト
経済財政諮問会議のサイト

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.446)

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