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2006.06.09

われわれがオウム事件で忘れていること

オウム信者を非難するのに熱心で、
彼らが何を考えているかわかっていない。
そう気づかされるインタヴューがネットで公開されている。

●終わっていないオウムの事件

 オウム真理教(現アーレフ)の事件は、松本智津夫被告の東京高裁への控訴が棄却され、死刑確定の可能性が高まる一方で、上祐史浩代表がオウムを出て新教団を設立するといったことが報じられている。

 前回書いたように、最近までオウム内にいて精力的にブログを書き続けていた出家信者・松永英明氏のインタヴューがネットで公開された。ブログの記述によれば、松永氏の教団との関わりは次のようなものだという。

 数々のテロ行為発覚後しばらく「教団の別の小グループとして存在」していたものの、上祐代表が出所し、教団に復帰した2000年にふたたび出家信 者として戻った。アーレフの刊行物の編集などにかかわり、関連本を出している東山出版社の社長を務めるなどしたが、03年半ばには反上祐派に転じた。
  そのころ教団の経済状況が悪化して働くことを求められるようになり、ライターとして仕事をするため、プロモーションの一環としてブログを立ち上げた。ブロ グがまだ珍しかったために注目され、この年の「ブログ・オブ・ザ・イヤー」アーティクル部門の3位に選ばれたりもした。
 そんなことをしているう ちに教団の仕事や修行をしなくなり、教団を出ることを考えるようになった。今年に入って発作的に住むところを探し始めて、2月1日に引っ越した。その直 後、ジャーナリストの野田敬生氏にオウムの信者だと暴かれ、「外に出たとたんに仕事を奪われるのかと絶望」したと松永氏は書いている。

 オウムには、出家と在家の信者がいて、宗教に専念する出家者を在家の人が働いて支えるというシステムで、事件前には、出家と在家の比率は1対10 だった。それがいまでは1対1か、出家者のほうが多いぐらいになっているのだそうだ。松永氏によれば、オウムは経済的に追いつめられ、「今年いっぱいもっ たら奇跡」、大金持ちの信者でも入らないかぎり今年中に経済的に破綻してもおかしくはないという。

 松永氏にとって、オウムは、いまでも犯罪者集団である以前に、修行の場であるようだ。マインドコントロールされていることに気づいたと言ったほう が納得されるのはわかっているけれど、自分は好きこのんで教団に入ったわけで、ウソになるのでそういう言い方はできないと、4時間にわたるこの長いインタ ヴューの最後ではっきり言っている。

 松永氏は、その旺盛な執筆活動からもうかがえるとおり、オウムに入る以前から、世界の構造を知りたいと思っていたと言い、オウム真理教は、その答えを見出す助けをしてくれるように思った。
 そして、そのことは、事件によっても変わらなかったようだ。だからこそ、事件後も教団との関わりを続けたわけだ。
 事実関係について理解はしているものの、犯罪をおかしたオウムと、自分の疑問に答えてくれるように思えたオウムが原理的にどう結びついているのか、それについてはいまもって納得できないでいる。

●オウムは依然として危険か?

 松永氏のように、知的興味からオウムに入った信者ばかりではないだろうが、世間が、松本智津夫はペテン師だと思っているのに対し、オウムにとどまっている人々は、「救済」とか「解脱」に関して教団は依然として意味のある存在だと思っている。

 しかし、オウムを離脱できないのは、そうした宗教感情ばかりからではないようだ。経済的問題もあることが、松永氏の言葉の端々からうかがえる。
  信者であろうと元信者であろうと、世間がオウムを白い目で見ているかぎり、オウムを抜けたといっても、真の社会復帰はしにくい。就職もできないし、高齢化 してくれば、アルバイトさえ見つけることがむずかしくなる。教団の外に、親身に支えてくれる家族や友人でもいればともかく、そうでなければ、文字通り世間 の白い目と戦っていかなければならない。それぐらいなら、教団にいたほうがいいと考える信者も多いようだ。

 松永氏は、自分の場合は、オウム信者だということが発覚するまではライターとしての仕事もあり、脱退の踏ん切りもつけられた。
 しかし、「世間の反応もあるし、だったら中の方が安泰でいいやっていうのがどうしてもある」と言っている。
  結局、世間の白い目が、信者を教団へ閉じこめる働きをしているというわけだ(松永氏のインタヴューを掲載した泉あい氏は、オウム真理教を追及してきた滝本 太郎弁護士のインタヴューを自分のブログで続いて公開している。滝本弁護士はそこで異論を述べている。オウム信者でも正社員になった人はいくらもいるし、 日本の社会はオウムに対して優しい対応をして力だけでつぶそうとしなかった、そしてそれはいいことだったと言っている)。

 上祐代表は、事件後、麻原との離別を唱え、社会との融和をめざしていると見られている。しかし、反・上祐派に転じた松永氏は、なかなか興味深い見方をしている。
 上祐代表は権力志向が強く、社会に働きかけていくことを考えているぶんだけ危険なのだという。他方、反上祐の立場にある主流派については、「だんだん勢力が弱まろうと何だろうと、もう消えて行くことを受け入れている」。

 一方、滝本弁護士は先のインタヴューで、反・上祐派は上祐のように麻原隠しができないので、「危険がこれから一気に開花する可能性」があると述べ ている。このように、社会から隔絶して自分たちの修行に明け暮れることを望んでいる信者たちに危険がないとは言えないと思うが、社会に認めてもらおうとし ているほうも危険だというのはそのとおりだろう。

●オウム事件についてのひとつの推測

 松永氏は、オウムがどのような形でサリンを撒くことになったかについての推測も述べている。その部分もなかなか興味深い。

「グ ルが許可を与えるかどうかというのはあるけれども、全て発案するのか、それとも『やりますけどいいですか?』『ああ、いいよ』みたいなノリなのかってい う。その辺はニュアンスとして有り得るんだけど、見てないからわかんない。でも、それは有り得るのね。弟子がなんか変なことを言い出して、『いいよ、やれ ば』みたいな時は結構あったんで。(一部略)やってみて失敗して『ホラだめだろう。どうしてだめだったかよく考えろ』というタイプのグル。失敗させるタイ プのグルなので、だから『突拍子もないことやります』とか『ここでやればうまくいくんです』と弟子に言われたら『そうか、じゃやってみろ』と言う可能性は あるよね」。

 たしかに、麻原がいかにもしそうな口ぶりだ。
 教団の幹部たちは「業績」を競っていたようだし、強制捜査への対応策を麻原に求められ、誉められたいばかりに過激なことを進言した、ということは、ひとつの仮説としてありうるかもしれない。
 しかし、松永氏は、霊的な力があると信じていた麻原と、サリンを撒いて人を殺させた教祖のイメージが統一できず、分裂したその2つの像を何とか結びあわせようとしてこういう推測をしているわけだ。

 このインタヴューを読むと、世間のオウムに対する見方からすれば、松永氏の罪の意識が乏しいと感じられるかもしれない。けれども、世間に謝るというポーズがないぶんだけ、教団関係者のありていな思いが表われてもいる。

 われわれは、オウム真理教という教団を非難することに熱心なあまり、オウム教団と彼らが起こした事件の本質と日本の社会に与えた影響について、結局、理解することなく終わっている。
 このインタヴューはそういう事実を突きつけてもいるように思う。

関連サイト
●泉あい氏、佐々木俊尚氏、R30氏による松永氏へのインタヴューに続いて掲載された『GripBlog』の滝本太郎弁護士へのインタヴュー。滝本太郎弁護士は、サリンを撒いた人たちもじつはいい人たちで、オウム以外のことについては、「まったく普通の人たち」であり、そこが恐いところだと言っている。松永氏のインタヴューを客観的に見るためには、滝本氏のこのインタヴューも興味深い。
●松永英明氏が、これまでの経緯を振り返った『オウム・アレフ(アーレフ)の物語』

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.437)

お断わり
 ウェブ掲載にあたり、より読みやすくするために改行するなど、少し手を入れていますが、今回はそれ以外に、その後 の滝本弁護士の指摘も踏まえ、雑誌で「Afterword」のところにあった滝本弁護士のインタヴューの説明について、「そこが恐いところだ」という一節 を関連サイトの説明として付け加えました。

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