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2006.06.23

日本のネットはなぜかくも匿名志向が強いのか

誰が読むのかわからないブログや掲示板などでは、
匿名が当たり前になった。とはいえ、日本の常識が
世界の常識かといえば、かならずしもそうではない。

●アメリカのブログは実名が多数派、日本は匿名が9割

 5月26日に発表されたインターネットコムと goo リサーチの調査によれば、ブログ作成経験者のうち実名を公開している人は6.62%に過ぎず、それ以外はみな匿名だったという。
 この調査はgooで募集した人たちが対象だから、実名でブログを書いていることが多い芸能人やライター、専門家などはほとんど含まれていないだろう。実際よりは匿名の割合が高いと思われるが、日本のブログの大半が匿名なのは確かだ。

 これが世界的にも標準かというと、そうではない。MITのメディアラボで博士論文を書いたファナンダ・ヴィエガスの04年の調査では、英語でブロ グを書いている人の55パーセントが実名、それ以外の人も20パーセントは、友人たちが知っているファースト・ネームやニックネームを使っていたという。 さらに顕著なのはブロガー自身の自覚で、81パーセントの回答者が、自分だとわかる形で書いている、と答えたという。

 また、日本の調査でも、日本語のホームページは、氏名や性別、住所、電話番号、結婚歴などの客観的情報の開示度は低く、その一方、主観的な心情や趣味については開示を好む傾向があることが指摘されている。

 98年と少々古いが、中国語のホームページと比較した調査もある。中国語のホームページに比べても、そうした傾向は著しいらしい。匿名はアジア一般の傾向ということでもないわけだ。

 ネットでの情報発信は実名ですべきかについては繰り返し議論されてきたが、日本のネットでは、もはやこうした議論が虚しくなるほど、匿名が当たり前になっている。

 私は、個人の責任がともなう言動を情報発信者がしようとするのでないかぎり、匿名がよければ匿名でもいいと思う。好きでやっている自分のブログ は、実名でも匿名でも、それは自由だろう。ただひとつ言えるのは、このところこのコラムで書いているように、責任を取りにくい情報発信が気軽にでき、大き な影響力を発揮するようになればなるほど、ネットは危険な情報操作が可能なメディアになっていく。そのリスクはますます大きくなっていると思う。

 英語圏でも、匿名でのブログ執筆を勧める動きはある。

 たとえば、電子フロンティア財団は、「ブログを安全に書く方法」というページで、ブログを書いていたために解雇される例が続いているといった理由から、匿名で書くことを推奨している。
 英語圏でも少しずつ匿名が増えているのかもしれないが、それでも、日本のブログよりは、実名のブログが多いと思われる。

 アメリカの有名なコンピュータ・オタクの掲示板「スラッシュドット」は、匿名で発言するには「Anonymous Coward(匿名の臆病者)」という呼称を受け入れなければならない。それに対して2ちゃんねるのスレッドでは、「名無しさん」として当たり前のように 同じ名前で書きこめる。

 ネットはニュートラルなテクノロジーではなくて、その国の文化のありようを反映しているわけだが、日本は、いったい何でこれほど匿名志向が強いのか。そして、この傾向はこれからも続き、全体として望ましいものなのか。
 個々のブログを匿名で書くことの是非とは別に、それは考えてみるべきことだろう。
 現実に個人が実名で意見を言いにくいということならば、法律上は言論の自由があっても、事実として、日本には自由にものを言いにくい雰囲気がある、ということにもなってくる。

●匿名でブログを書く理由

 匿名で情報発信したい理由はよくわかる。

 まず第一に、実名で書いて得になることがありそうに思えない。
 目立てば叩かれるだけで、名前を伏せて発言したほうが無難で心地いい。日本で学校生活を送っていれば、たいていの人はこうした処世術を身につける。いきなり「個性尊重」と叫ばれても、これまでの経験にもとづく判断は容易には変わらない。

 また誰が読んでいるかわからないネットで実名で書けば、どんな不測の事態が起きるかわからない。

 さらに、ブログで自分の心情を書きたいということであれば、自分だとわかるのはますます恥ずかしいし困る、ということにもなってくる。

 そんなことを思いながら、ネットであれこれ検索していたら、2ちゃんねる管理人「ひろゆき」のブログ「元祖しゃちょう日記」に、「炎上せずに実名 ブログをやる3つの方法」というブログ記事があるのを見つけた。「実名でブログを書くには以下の3種類のどれかに当てはまらないと難しいのかもしれませ ん」と次のように書いている。

「・炎上するようなことを書かない
・炎上しても実生活で困らない
・つまらないので誰も読まないから炎上しない」

 それぞれ該当するブログもあがっている。
 たとえば、「炎上しても実生活で困らないパターン」にはホリエモンのかつてのブログ「livedoor 社長日記」が取り上げられていて、「堀江さんのブログが荒れたぐらいでは今更誰も驚かない」などと、言い得て妙な寸評が書かれている。

 実際のところ、実名ブログを書いて炎上すると実生活で困る人は、どれぐらいいるのだろうか。
 炎上の仕方や、実生活とネットがどれぐらい 結びついているのかによっても違うと思うが、少しぐらい炎上したからといってただちに仕事にさしつかえる人は、それほど多くはないのではないか。デメリッ トとメリットをバランスにかけて考えた結果、匿名にしているというよりも、何となく匿名、という人も多いように思う。

 また、「いくら反対が多くても自分は正しいことを言っている(つもりな)のだからそれでいい」ともしその人が思っていれば、おそらく炎上してもそ れほど「困った」とは思わないだろう。ネットで書き続ける気はしなくなるかもしれないが、実生活で困る、というほどのものではないはずだ。

 「周りが何を言おうが正しいことを言っているんだからそれでいい」と思う度合いは、良きにつけ悪しきにつけ、アメリカ人のほうが強い。アメリカのブログに実名が多いのは、そうした心の持ちようも関係しているのではないか。

 反対に、多くの人から反発されると実生活でも居場所がないように思ってしまうのであれば、実際の被害以上にダメージは大きいことになる。

●炎上より悪いこと‥‥

 私はいくつかブログを書いているが、そのうちのひとつは、このコラムを、編集部との約束で少し遅れてネットに載せている。しかし、紙の読者を対象に書いたことをネットに載せるのは、いまやときにかなりのリスクをともなう。

 言うまでもないけれど、原稿を書くにあたっての基準は「炎上するかどうか」ではなくて、「雑誌を読んだ人がおもしろいと思うかどうか」である。紙の読者がおもしろがることも、ネットでは猛反発、ということはしばしば起きる。

 このコラムに関していえば、ある研究会の内容を紹介した「2ちゃんねるは終わった」と題した回がそのもっとも顕著な例だった。このタイトルだけに反発したと思われるものも含めて大きな反応がネットで起こった。

 こうした「炎上体験者」としていえば(まあ「炎上」というのが何をどの程度起きたことを指すかにもよるが)、この問題に関していちばんまずいの は、怒っている人はともかく、どうでもいいと思っている人までが、炎上したことそのものをもってその発言が愚かだったように見なす発想のように思う。それ では、結局のところネット世論は多数派の意見に従っておけば無難、激しい反発を呼びそうなことは書かない、そういった退屈でもあり、危うくもあるメディア になってしまうのではないか。

   *

 アメリカのブログはジャーナリスティックだと思われているが、圧倒的多数は個人の日々の記録だとアメリカの研究は明かしている。アメリカのブログに実名が多いのは、内容のせいではない。ではその違いの理由は?

関連サイト
●5月26日に発表されたインターネットコムと goo リサーチによるBlog 定期リサーチ「『Blog は匿名で作成』9割以上 」
●2ちゃんねる管理人「ひろゆき」のブログ『元祖しゃちょう日記』05年10月07日「炎上せずに実名ブログをやる3つの方法」
●MITメディアラボのファナンダ・ヴィエガスが書いた、英語圏のブロガーについて調査研究した論文”Bloggers' Expectations of Privacy and Accountability:
An Initial Survey”

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.439)

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