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2006.04.28

すてきなカーテンのひるがえる家を見続けたあげく

家族思いのカーテン店店長と見られていた中年男が
マンションから少年を投げ落とした。ネット上には、
この男の店長時代の大量の文章が残っている‥‥

●「ふつうの中年男」の変貌

 理由のよくわからない犯罪というのはこれまでにもあった。しかし、小学3年生をマンションの15階から投げ落とし、9日後には、同じマンションで女性をふたたび投げ落とそうとした中年男の事件の不可解さはやはり群を抜いている。

 こうした事件は、これまで断片的なメディア情報を聞き、「よくわからないねえ」などと首を傾げて終わりにするしかなかった。いまは、容疑者がどんな人物 かもう少しわかる可能性がある。ネット上に容疑者の手記などが残っている場合があるからだ。
 この事件は、まさにそうしたケースだ。
 今井容疑者が昨年9月ま で店長を務めていたカーテン店のサイトに、大量の文章を書き残していた。私が見たときにはコラムが55本、そのほかスタッフ日記やメールマガジンなどにも 名前入りで書いている。
 もっとも、それらを読んで犯行の原因がわかるかというと、むしろまったく逆だ。子どもを投げ落とすという残虐な行為とは無縁の人物 像が浮かんでくる。

 「今井店長」の文章からは、客を喜ばせるために誠実に努力している様子が伝わってくるのだ。
 お店のホームページの来店者の感想にも、今井店長は「気配りがあって明るくさわやか」とか「親切で丁寧なアドバイスをしてくれる」といった言葉が並んでいる。

 勤め先のサイトやメルマガではあるが、家族について触れた文章も意外に多い。自転車に乗っていた自分の子どもがクルマではねられケガをしたときには、動転し、子どものからだに傷ができることを気にしている。

「『痛い、痛い。』と嘆く娘の姿を見ていると、怒りが湧き上がってきました。その日の晩、加害者の方が菓子折りを持ってお詫びに訪れました。いくら謝られても、起きてしまったしまったことはどうすることもできません。『もう大丈夫ですから』とお引取りいただきました」。

 メルマガにこう書いたのは、昨年6月のことだ。
 被害者の家族として、その悲哀を味わった。
 それから1年も経たないうちに、こんどは自分が加害者になり、 悲哀を味あわせた。それも自分の娘の場合は事故だったが、彼がやったのは、子どもを持ち上げて突き落とすという殺人行為だ。被害者の家族が加害者になった というに留まらない明白な悪意が介在している。

 昨年の4月には、こうしたことも書いている。

「先日、我が家の子供の入学式に出席しました。真新しい学生服に身を包んだ我が子たち。親ばかですが、凛々しく感じられました。さあ~、今週もはりきっていきたいと思います」。

 これもわずか1年前だ。家族思いの店長だった41歳の男が、家族を地獄に突き落とすような犯罪をなぜやったのか。

●「俺にはできない。こんな事。かんべんしてくれ」

 今井容疑者は、「リストラされた」と供述しているそうだが、会社側は否定している。仕事と彼の心の崩壊の関連がどれぐらいあるかはわからない。ふつうの 人ならば犯罪に結びつかないようなことが複合的に作用していったと考えるのが自然だろう。しかし、仕事上の葛藤がまったくなかったというわけでもないよう だ。
 03年6月の創刊号のメルマガにこう書いている。

「ある朝社長が一言、『今井店長。メルマガ書いて』
『えっ? メルマガ?』その日から、苦悩の日々?が始まりました。なにせうちの社長は、『これ』と決めてからの行動が異常に早い。(きっと、他の日本中の 社長もそうだと思いますが…)マグマグに、申請をして待つこと数日間。受理されてしまいました? あれよあれよで、ご登録の方が200名を超えています。 腹を決めて、創刊号を書き上げました。
『よし!出来た!』
 あの朝から既に、3週間以上が過ぎています。そろそろ怒られるな、というぎりぎりのところで完成。と思いきや、『何だこれは?! 0点! いやマイナス だ!』提出した原稿を見た社長が怒鳴りました。店内の空気が、一瞬の内に凍りつきました。『が~ん。』がっかり。奈落の底に落とされた心境でした。『俺に はできない。こんな事。かんべんしてくれ。』本音です。確かに、ホームページには数々の文章を掲載してきました。しかし、あの時は、時間と精神的にゆとり を持ちながら、好きな時に決まった題材があって書き上げてきたのです。しかし、メルマガとなると定期的に、継続して書き続けなければいけない。その継続し てが、始める前からプレッシャーを与えていました」。

 創刊にいたるエピソードを紹介したというのに留まらない、どこか切羽詰まった心情が感じとれる。

●リストラどころか、大繁盛していたカーテン店

 ホームページには、社長が書いたこんな文章もある。

「『社長、何考えてるんですか?』と店長の今井が飛んできました。顔を見るとプンプンに怒っています。『社長、いくらお客様を大切にしたいからと言ったっ て、1日3組だけの完全予約制なんかにしたら、売上げ落ちちゃうじゃないですか! ただでさえうちは立地条件が悪いんだから!』『それに、予約制のカーテ ン屋なんて聞いたことないですよ。高級ホテルじゃあるまいし!』」

 完全予約制を社長が提案し、今井は猛反対した。しかし、部屋の印象を決めるカーテン選びには客の意見をじっくり聞くことが必要だと、社長は押し切った。
 効率よりも客の考えを聞くことが重要だというのだから、良心的な会社なのだろう。しかし、会社のやり方に彼が負担を感じていたことは、ホームページの文 章からもわかる。

「弊社の社長はとにかく変化が大好きです。昨日まではこうだったのに? なんてことを思っていると取り残されてしまいます」。

 これは今井店長名でサイトに 出された求人募集案内の一節だ。
 立地が悪いにもかかわらず、遠方から来てくれる客もいて、「私たちのお店はすでにお客様の数が飽和状態」、「はっきりいっ て、スタッフの数に対してお客様の数が多すぎます。このままではサービスの低下を招くことになり、せっかく今まで培ってきた信用をなくすことになりかねま せん」と今井店長は書いている。

「一見、非常識な成功を収めた会社に見えますが、ここにたどり着くまでの道のりは決して平坦な道ではありませんでした。む しろ、いばらの道とでもいった方が正解かもしれません」。

 お店は順調だったが、店長の心境は複雑だった。

「私たちは日々成長していく集団です。正直なとこ ろ、朝令暮改は当たり前。ですから柔軟性のない人は私たちの職場には向いていません」。

 こう書いた今井店長は、自分自身、この職場に向いていない、と思っ ていたにちがいない。

 子持ちどおしの再婚家庭で、娘の事故以外にも、妻の実家の火事など不幸な出来事が重なった。結局、昨年9月に退社し、10月に自殺を試みる。
 驚いた家族 は、自殺を防ぐために入院させた。
 3月8日に退院し、事件は2週間も経たずに起きている。
 そのときには、殺意の対象が自分ではなく、他人に変わっていた。
 ビデオ映像を公開され、逃げ切れないと思ったとのことだが、ホームページの写真とは似ていない。
 お店のホームページだから当然だが、写真はいずれも笑顔で写っていて、繰り返された犯罪行為 との落差が感じられた。

 この事件は、彼の心の中の葛藤が部分的にでも見てとれるきわめて稀な例だ。
 「事件を教訓にするために、きちんと報道する必要がある」というのが、こうし た社会ネタを伝えるメディアの大義だけれど、実際のところわかることは限られている。
 裁判で明らかになるかといえばそれもむずかしい。
 容疑者は容疑を軽く したいし、検察は、容疑者を断罪したい。
 あまりに立場がはっきりしていて、容疑者の心のなかまで明かされにくい。

 けれども、事件が起きた後に、メディアが インタヴューをしたり手記を書かせることは可能である。社会が事件を教訓にしたいなら、現在のように容疑者との接触を極力制限するよりも、容疑者が語る機 会を最大限保証し活かすことを考えるべきではないか。

   *

 今井店長は、10年で6000軒以上の新築の家のカーテンの相談に乗ったという。「我が家を建てることが夢」と書いていたが、その後、自宅を購入した。で もすぐに、欠勤や遅刻を繰り返すようになった。心が病んでいく彼の脳裏に、明るいカーテンのひるがえる家はどう映っていたのだろうか。
 今井容疑者がカーテン店のホームページに書いていたコラムには、「四季を通して快適な生活を送れる○○様邸。う~ん、うらやましいですね‥‥」などという文章をさかんに書いていた。

関連サイト
●今井健詞容疑者が店長を務めたカーテン店のホームページの自己紹介ページには、高校を卒業後、念願の理容師になり、数年の修行のあと自分の店を持ったものの、2年後には腱鞘炎になってハサミを持つことができなくなり、廃業のやむなしに到った不幸な過去も語られていた。事件後、カー テン店のサイトは閉鎖になり、現在はアクセスできない。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.432)

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