光ファイバーを誰が引く?
これからの競争社会は、ブロードバンド上で進展する。
しかし、肝心のブロードバンド網をどう張り巡らせるかについて
政府が頭を悩ませている。
●放送、新聞、出版‥‥メディアの変化はなぜ起こる?
「デジタルの特徴って何?」と尋ねられたら、何と答えるだろうか。
音楽や映像のコピーのことを思い浮かべ、「無限に劣化しないコピーができる」などと答え
るかもしれない。もちろんそれはまちがいではない。しかし、音楽や本、放送など、さまざまのコンテンツがどう流通していくかを考えるとき、もうひとつ重要
なのは、「デジタル化によってハードとソフトの分離が起こる」ということだ。
たとえば本は、印刷された内容と紙の束が一体で「本」である。ところが電子化された「本」はもはやそうではない。紙の上にプリントアウトされることもあるし、パソコンやケータイなどでも読まれる。
新聞も同じで、作った記事は、紙に刷って配ってもいいし、ウェブ・サイト、それも自社のサイトばかりではなくて、ヤフーなどのポータルサイトに載せることもある。つまり記事を作るところまでがとりあえずの仕事で、その先はいろいろ、ということになってくる。
さらにテレビ局も、これまでは番組を作り、テレビ塔から電波を降らせるところまでが仕事だった。しかし、デジタル化が進み、放送と通信が融合してくれ ば、家庭に番組を届ける道筋は電波でもインターネットでもよくなる。テレビ局の仕事はとりあえず番組を作るところまでで、送り届ける部分はほかの会社がや る、ということも起こってくる。
テレビ局や新聞社、出版社などのメディアはこれまでハード・ソフト一体で仕事をしていたわけだけど、ハードをコントロールする能力をしだいに失いだして いる。「コンテンツ制作会社」の地位に落ち始めているとも言えるわけで、そうしたことに対する危機感は、いずれのメディア企業にもある。ハードとソフトの 分離というこの特徴が、メディア産業に激震を引き起こしつつあるというわけだ。
●ブロードバンド時代の競争
このところ放送と通信にかかわる政府の審議会などのページを見てまわっているけれ
ど、「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会」とい
う長い名前の総務省の研究会は、その検討文書(アジェ
ンダ)の中で、新たに生まれた通信の世界について右のような図にして示している。
かつて電電公社が通信事業を一手に握っていたときには、図の左のように、通信設備はもちろん、電話やファクスといった各種の通信サービス、課金まですべてやっていた。
そ
れがいまは、①通信設備(物理網
レイヤー)、②それをもとにした固定電話や携帯電話、ネット接続など各種の通信サービスのレイヤー、③認証、課金、著作権管理、コンテンツ配信事業などの
プラットフォーム・レイヤー、④それらを使うコンテンツやアプリケーションのレイヤーがそれぞれ分かれ、レイヤー内で競争が行なわれる一方で、垂直統合の
動きも起こっている。
物理網は、NTTなどの通信会社を始め、電力やケーブルテレビ、通信衛星などの会社も持っている。自分の会社が光ファイバーなどの物理網を持たなくても、借りて通信サービスを始めることもできる。また、認証や課金 などの仕組みも、オンラインの小売りやポータルサイトなどいろいろな会社が持っている。コンテンツやアプリケーションを提供している会社となればもはや数 知れない。まさに通信ビッグバンが起こって多様なビジネスが生まれ、かつてとは一変しているわけだ。
「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会」は、コンテンツを作っているメディア企業から物理網を担う会社までの各層ごとに、そしてまた この4層を通してどのような競争ルールを導入すべきかを議論している。
IP化、つまりインターネット社会が進展し通信と放送が融合していく時代の競争のあ
り方は、放送も含めたメディア全般のゆくえを左右する。
懇談会は、今年の9月末をめどに報告書をまとめる予定だが、どういう競争政策を導入するかについて、かなり迷っているようだ。レイヤーを横断して一社で
担う垂直統合型のビジネスモデルが出てくることを懸念する一方で、「垂直統合型のビジネスモデルに一義的に規制を加えることを意図するものではない」とも
言っており、さしあたりまだ決めかねている。
●競争社会を作るのはけっこうむずかしい
その一方で、最大の通信会社であるNTTは、シームレスなサービスを提供するために、グループ内企業の結びつきを強めようとしている。
固定電話の契約を
しない人が増えてきているが、それでもまだ家の中では割安の固定電話、出かけるときに携帯電話という人のほうが多いだろう。
しかし、家の電話と携帯電話が
別々なのは不便だ。同じ電話番号で、家の中では割安の固定電話の電話網につながり、家の外では携帯電話のネットワークにつながるというほうが都合がいい。
このようなシームレスなサービスは、われわれ利用者にとって望ましいものであるにはちがいない。
けれども、NTTの力はとても大きい。
とくにこれから光ファ
イバーによるサービスが、電話からネット、さらにはテレビ放送の配信までするようになると見られるだけに、NTTが各種のサービスを一体的に提供し始める
ことに対するライバル企業の警戒感は、きわめて大きい。
前々回取り上げた懇談会で、ソフトバンクの孫正義社長とNTTの和田紀夫社長が、光ファイバー事業について激しくぶつかっている、という話を書いた。
IP時代の競争ルールを探るこの懇談会でも、NTTの仕事の仕方について、ソフトバンク始め、KDDI、ボーダフォン、ケーブルテレビなどライバル企業
は、NTTが優越性を保持していて公正な競争ができない、と不満をぶちまけている。
●光ファイバーは高速道路と同じ?
ソフトバンクの孫正義社長はこの懇談会でも、1回線あたり月額料金690円で、6000万のメタル回線すべてを光ファイバーに変えられるという試算を示 した。回線会社を作って、各家庭に引きこむ光ファイバー事業はそこにゆだねるべきだと自説を展開している。
この回線会社は、6000万のメタル回線すべて
を光ファイバーに置き換えるかわりに、地域独占だそうで、その点について疑問の声が上がっている。
しかし、ソフトバンクは、光ファイバーを高速道路になぞ
らえて、こう反論している。
「高速道路を走る自動車はメーカー各社によって競争が行なわれており、また、高速道路を使う宅配業者も各種サービスにより競争が進んでいる」。
つまり、高 速道路だっていわば地域独占だが、自動車メーカーはそれを使って激しい開発競争をやっているじゃないか。宅配業者だって価格やサービスをめぐる競争をやっ ている。インフラを独占的に作っても、オープンに使えるならば、競争はかえって促進される、というのが孫氏の言い分だ。
光ファイバーが高速道路のようなものだとすれば、各社がそれぞれ作るのはたしかに無駄かもしれない。
また、だんとつに強い会社が、グループ会社のクルマ
や宅配業者を優遇するようでは、健全な競争は行なえない。
NTTよりも格安で、光サービスをあまねく提供できるユニバーサル回線会社に光ファイバー敷設
はゆだねたほうが健全な競争社会になる、という考え方はありうるだろう。
この懇談会は(傍聴はできるが)、ネットでは配付資料と簡単な議事概要が公表されているだけなので、議論の詳細はわからない。けれども、懇談会のメンバーがソフトバンクのこの案にかなり関心を示したことは確かだ。ソフトバンクに対して、試算の詳細などについての追加質問が何度も出されている。
関心を持たれるのも当然だろう。
IT戦略本部が今年1月に発表した「IT新改革戦略」は、「いつでも、どこでも、誰でもITの恩恵を実感できる社会の実
現」をサブタイトルとして謳い、「10年度までに光ファイバ等の整備を推進し、ブロードバンド・ゼロ地域を解消する」ことを明記している。
しかし、現実には、
「NTTだけでブロードバンドゼロ地域を解消するという政府の目標を達成することは困難」で、それどころかNTTは、10年にはコストを勘案し、いまの固
定電話のユニバーサル・サービスを見直す可能性さえ、懇談会でほのめかしている。
こうした現状では、ソフトバンクの提案が、渡りに船どころか、何とかすが
りつきたい妙案に見えてきたとしても不思議ではないだろう。
*
光ファイバーを全世帯にいかにして張り巡らせるかについて政府が頭を痛めている一方で、儲からない光ファイバーに多額の投資をするよりも、無線のネット・アクセスにもっとエネルギーを注いだほうがいいのではないかという声も上がり始めている。
関連サイト
●総務省の「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会」。
●総務省の情報通信政策に関するポータルサイト』。会議や政策の動きが一元的にまとめられている。NHKやNTTが企業内でやっている基礎研究も、独立した組織が行なって、ほかの企業がもっと利用しやすくしたほうがいいのではないか、といったことが、
あちこちの会議で指摘され始めている。
●昨年11月に発表されたNTTグループの「中期経営戦略の推進について」。前年に発表された中期経営戦略では、2010年までに、3000万の光サービスを提供するとしており、1年経ってもその路線を踏襲している。また、グルーブ企業の事業の一体的運営の方向を打ち出した。
●1月19日にIT戦略本部が発表した「IT新改革戦略――いつでも、どこでも、誰でもITの恩恵を実感できる社会の実現」(PDFファイル)。「10年度までに光ファイバ等の整備を推進し、ブロードバンド・ゼロ地域を解消する」ことが目標として掲げられていて、NTTの中期経営戦略とは明らかな齟齬がある。
(週刊アスキー「仮想報道」Vol.431)
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