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2005.08.26

もうテレビはいらない?──国家プロジェクトの破綻

このままでは放送のデジタル化が失敗しかねないと
総務省も感じ始めたようだ。
その結果、テレビとネットの融合が本格的に始まるかもしれない

●大きな起爆力を秘めた方向転換

 先週号で取り上げたように、民放各局がまるで示し合わせたかのように相次いで、ネットでのテレビ番組のオンデマンド有料配信を始めることを発表した。それによってテレビとネットの融合が一歩進むかもしれないみたいなことを書いたけれど、実際のところ、すでに流した番組を有料で見せる程度で「テレビとネットの融合」というのは、ちゃんちゃらおかしい、というぐらいのものでしかない。これしきのことで、テレビのありようが大きく変わったりはしないだろう。
 ところが、7月29日に総務省が発表した、情報通信審議会の第2次中間答申どおりになれば、テレビとネットの関わりは根本的に変わるかもしれない。この答申は、パソコンが本格的にテレビを見る装置になり、放送と通信が融合していく可能性を感じさせる。
 昨年7月に出された第1次中間答申は、デジタルテレビ放送の電波が届きにくいところなど条件の悪い地域では、補完的に通信ネットワークを利用すべきだと提言していた。しかし、今年の第2次中間答申はもう一歩踏みこみ、光ファイバー等の通信インフラを「条件不利地域に限らず」、「積極的に活用すべき」だという言い方に変わった。一見、わずかの変化のようだが、実際のところ、この違いは大きい。
 電波の届きにくいところだけ通信インフラを使うということであれば、その影響は限定的だが、誰でもブロードバンドで地上波デジタルを見れるということになれば、地上波デジタルの主要な受信機がテレビではなく、パソコンに取って代わられる可能性さえ出てくる。
 すでにテレビパソコンが売り出され、パソコンでテレビを見ている人はいるけれど、まだそんなに多くはない。使われているほとんどのパソコンは、スイッチをつければテレビのようにただちに見れるわけではないし、リモコン操作ができるわけでもない。また、テレビは少し離れたところに置き、家族や友人などと見たりする。それにたいしパソコンは、手が届くぐらいの距離で、一人で画面を覗きこむのがふつうだ。テレビとパソコンの見方は違うと思っている人も多いだろう。
 しかし、ハイビジョンのデジタル放送を見るためには、テレビを買い換えるか専用チューナーを買いたすか、もしくはケーブルテレビに加入するといったことが必要だ。ところが、ブロードバンドにつながったパソコンがあれば、専用ソフトを組みこむだけでデジタル放送を見ることができるようになる。
 誰もがパソコンでインターネットにアクセスできるわけではないし、そもそもパソコンとテレビはまったく別の装置で、テレビはテレビ受像器でやっぱり見たい‥‥かもしれない。しかし、それは、いまはそう、というに過ぎないのではないか。
 テレビパソコンがテレビ同様スイッチを押せばすぐつき、さらにリモコンのボタンを押せばチャンネルをあわせられるようにもなっていて、いまのテレビと同じ利便性が得られたうえに、デジタルテレビ受信機よりももっと双方向的で、パソコンだから当然ながらハードディスク付き。録画や編集、再送信も容易で、いうまでもなくネットのほかのコンテンツにもアクセスできる。すでに放送済みの番組のコンテンツの再送信も受けられるし、どんどん増えているその他の動画配信も見れる。でも、テレビのほうは、テレビ放送ぐらいしか見れない。
 このようにテレビパソコンにはテレビ以上の利点があるわけで、ブロードバンド接続していれば地上波デジタルが見れるということになれば、はたしてどちらを買うだろうか。視聴者は、テレビだろうとパソコンだろうと、あるいは放送が送られてくるのが電波だろうとネットだろうと、安上がりに便利で快適にテレビ放送を見れればそれでいいはずだ。シングルなど若者層が自分の部屋に置くだけでなく、ファミリー層の中にも居間のテレビや2台目のテレビをテレビパソコンにしようという人は、いまよりもっと出てくるにちがいない。

●見通し不明の放送のデジタル化

 放送のデジタル化のためには、すでに多額の国家予算が使われ、放送局にも投資を強いてきた。しかし、ネットでハイビジョンのテレビ放送が見れるようになるんだったら、ほんとうにそうしたことは必要だったのだろうか。
 テレビを見れない地域があるのはまずいが、これからの時代、ブロードバンドのネットワークがないのもまずい。両方が必要だろう。光ファイバーの通信ネットワークを張り巡らせれば、両方の役に立つ。電波帯域があまれば、奪い合いになっている携帯電話や無線通信にそっくり使うこともできる。
 この中間答申は、多額のお金をかけて始めた放送のデジタル化はなんだったのかという疑問を呼び起こす。大胆な答申がよく出たものだと思うが、それは、鳴り物入りで進めてきた放送のデジタル化が困難なものになってきているからだ。この答申の46頁には、こうした方向性を打ち出した理由が書かれているが、第一番目に掲げられているのは、’11年のアナログ放送の停止までもう時間があまりない、ということである。
 この答申では、地上デジタル放送対応の受信機の世帯普及率が8・5パーセントしかないことも明かされている。答申の冒頭では、デジタル放送局の開局やデジタル受信機の出荷台数が増加していて「地上デジタル放送の進捗は現在のところ比較的順調」と書かれているけれど、「比較的順調」という言葉と裏腹に、「視聴者に対し、想定し得るあらゆる選択肢を用意することによって、地上デジタル放送の普及を加速・推進する必要性が高まっている」とも書かれている。
 6月に発表された総務省の調査によれば、デジタル放送開始後デジタルテレビを購入するという人は20パーセントしかいなくて、「放送開始後、様子を見て」とか「安くなったら」という人も多い。「故障するまでは購入しない」とか「当面購入しない」という人も(複数回答で)それぞれ20パーセント以上いる。’11年になってもデジタルテレビを見れない人が大量にいれば、アナログ放送を止められない。
 この総務省の調査で、停止の時期をはっきり知っている人がそもそも少ないことも明らかになった。アナログのテレビ放送が停止になることは66パーセントの人が知っているけれど、’11年に停止されると知っている人は9パーセントしかいない。73パーセントがいつ停止になるかわからないと答えている。’11年を意識して、テレビを買い換えるムードにはなっていないわけだ。
 その一方、ブロードバンドの契約数は今年3月末までで1951万、世帯普及率39・15パーセント。この数字は増加の一途だから、’11年にデジタルに完全移行するためには、ネットも利用できるようにすべきだという主張は、今後ますます説得力を増すだろう。
 とはいえ、テレビ番組をネットに「解放」してしまえば、デジタル対応テレビや専用チューナーを買う必要はなくなっていく。パソコンの普及でワープロ専用機が消滅してしまったのと同じことが、テレビ専用機とパソコンのあいだでも起こらないとはかぎらない。
 こんどの中間答申では、来年には、ネットでいまのアナログ放送なみの品質、’08年にはハイビジョンなみの品質の地上放送の再送信を開始することを提言している。
 これまで、ネットでは、いまのテレビ放送のようにリアルタイムで数千万人が見ることはできないと言われてきた。しかし、テレビ放送のネットでの送信にあたっては、ローカル局をつぶさないために、いまのテレビ放送のように「地域限定」することが条件になっている。数千万の視聴者を対象にしなければならないわけではないのだ。大都市などでも地域を分けて複数のサーバーから送信するなどの対処方法は可能ではないか。
 さらに技術的検討は必要だろうが、ネットでの地上波テレビ放送の送信がほんとうに始まれば、そのインパクトは、オンデマンドの有料配信などの比ではない。本格的な通信と放送の融合が始まるだろう。

   *

 '06年12月末でアナログ放送を停止することになっているアメリカも、デジタル放送受信機の世帯普及率は、「多く見積もっても14パーセント程度」だという。85パーセント普及しなければ延期ということになっており、延期の可能性が高い。

関連サイト
●7月29日に、総務省が発表した情報通信審議会の第2次中間答申「地上デジタル放送の利活用の在り方と普及に向けて行政の果たすべき役割」(http://www.soumu.go.jp/s-news/2005/pdf/050729_11_2.pdf)。IPマルチキャストによって地上波デジタルを視聴できるようにするという。IPインフラの活用を都市部に拡大してこそ、新たなビジネスモデルの可能性が拓かれると提唱している。
・33頁図表16の「テレビ放送の受信機の出荷状況」を見ると、アナログ受信機の割合が依然として大きいことがわかる。
・34頁図表17(「浸透度調査結果」)の右の図によると、アナログ放送停止の時期について’11年と正しく答えた人は9・2パーセントに過ぎず、73・9パーセントが「わからない」と答えている。
●6月14日に総務省が発表した「地上デジタルテレビジョン放送に関する浸透度調査の結果」(http://www.soumu.go.jp/s-news/2005/050614_2.html)。この調査によって、テレビ放送のデジタル化についての認識が十分に浸透していないことが明らかになり、新たな対策が必要になった‥‥とは総務省は認めたがらないのかもしれないが、現実にはそうだろう。

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