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2005.07.16

韓流ブームで浮かれている場合じゃない?──日韓共同歴史研究の「奇跡の報告書」

怒号が飛び交っているのが聞こえてくるような
日韓共同歴史研究の報告書が公開された。
参加者が、報告書の完成は奇跡だとまでいうその実情は?

●土台から揉めた共同研究

 6月10日、日韓両国の歴史の共同研究をした報告書や全体会議の記録が日韓2か国語に翻訳して公開された。
 ほとんどの会議の議事録は、報告内容や合意事項などが列挙されているにすぎない。しかし、最後の会議の記録だけは例外的になまなましい発言が載っていて、想像以上にハードな共同研究だったらしいことがうかがえる。
 この共同研究をした「日韓歴史共同研究委員会」は、歴史教科書問題をきっかけとして01年10月の日韓首脳会談を受けて設立されたものだ。02年5月に活動を始め、3年におよぶ共同研究のすえに報告書にまとめられた。古代、中近世史、近現代史と時代ごとに3分野に分かれて研究が進められ、報告書は、両国の学者がそれぞれのテーマごとに論文を書き、併載されている。
 日韓は戦争の歴史だった。4世紀の戦いの記録が碑文に残っているし、大和朝廷が派遣した軍隊と新羅や唐が戦った6世紀の「白村江の戦い」や、秀吉の朝鮮出兵などは、「そういえば歴史の教科書に載っていたっけ」と思い出す人も多いだろう。こうして戦いが続いてきたから、こちらから見るか、あちらから見るかで、同じ歴史的事件がまったく違って見える。
 ‥‥などという以前に、この委員会は、何のために共同研究をやるかでそもそも揉めたらしい。韓国側は、問題のもとになった歴史教科書を議論することを強く望んだが、日本側はそれに反対した。検定に合格した教科書を再チェックするようなことはできないし、歴史研究の目的からもはずれている、というのが日本側の立場だった。
 韓国側委員はその点を指して、「この委員会は発足当初から、当時の状況からは常識的にとうてい理解できない限界を抱えていた」とか「教科書の争点問題を直接あつかわないようにしたことは、誰もが容易に納得できないであろう」と、猛反発している。
 会議の記録の残し方についても揉めたようで、韓国側委員は、「歴史学者が争点を討議する場で、公的な記録を残してはならないと主張することがどうして可能なのか、私としてはいまでも理解できない」と抗議している。
 最後の会議の記録だけはなまなましい発言が載っているとはいえ、じつは両国の発言の量は日韓でまったく違っている。日本側の委員は、関係者への感謝や、成果があったことを短く語った言葉が載っているだけだ。それに対して、韓国側の委員の発言はかなり長く、いわばこれまでの不満をぶちまけた形になっている。こうした発言を残したい韓国側と、それに反対し続けた日本側の折衷案がこの最後の会議の記録なのだろう。
 韓国側委員の発言も、中近世史までと近現代史ではかなり違う。中近世史までの委員は、「日本側の委員の好意のおかげで諸問題を解決することができた」とか「委員会の発展の可能性を提示した」などと前向きの言葉も口にしているが、近現代史は意見が厳しく対立してそうとうに荒れたようで、雰囲気がまったく違う。
「各委員が無言のなかにも国家を代弁するかのような重圧感があり、相互にたいする批判とけん制の雰囲気が濃厚であった」そうで、通訳の問題で会議が中止されたこともあるという。通常の学術的な共同研究と大きく異なり、異様なムードのなか、相互不信をいかに克服しながら研究を進めていくかがまずたいへんだったようだ。韓国側の委員は、韓国史を研究するなら「韓国にたいする温かい愛情を前提としなければならない」と、日本の研究者にたいする不信の言葉ともとれる発言もしている。
 近現代史の韓国側委員の発言はみな手厳しい。「私に関して言えば、日本文化全般にたいしてもっていた偏見を払拭する一助となった」と言いつつ、「日本の伝統文化が保存されているのを見て驚く一方で、こうも自国の文化を愛護する民族が、なぜ隣国の文化にたいしては自国の文化にたいするのと同様の愛情をもてなかったのか不思議に思われた」と発言している。こうした記述を読むと、報告書ができたことは「奇跡に近い」という韓国側委員の発言も、けっして大げさではないことがわかる。

●日朝交渉を中断させたのはアメリカ政府?

 日本側の委員は、韓国側ほど不満を露わにしていないので、韓国側委員の声ばかりが大きく響く。なぜこうした違いになったのか。推測だが、日本側委員は、衝突を明らかにするといよいよ不信感が高まると考えたのだろう。また、議論の詳細を公表することにしたら、それを読む両国民の反応が気になり、「国家代表」としてますます発言しなければならなくなる、とも思ったのではないか。日本的とも言えるこうした発想にたいして、不満や衝突をうやむやにせず、はっきりさせなければ気がすまない韓国の国民性との違いがこうした異様な記述の差となって表われたのだろう。この会議の発言の記録の違いそのものに日韓の国民性が見てとれるようで、研究の対象にすることもできそうだ。
 もっとも、報告書のほうは、学術的な批判の応酬になっている。併載されている両国の学者の論文のほとんどに相手国の委員の批評文が付いていて、日本側も忌憚のない意見を言っている。それに対してさらに執筆者が反論する形になっている。
 たとえば、90年代以降の日朝交渉をあつかった韓国側の「東北アジアにおける脱冷戦の環、朝日国交正常化交渉の歴史と限界」という論文は、日朝国交正常化交渉でつねに最終局面で決定的な意味を持ったのはアメリカ政府だと、細かい経緯をたどりながら説いている。北朝鮮が拉致を認めた首脳会談までとりあげていて、批評文を書いた日本側の研究者の小此木政夫慶応大学教授も「興味津々」だと書いている。しかしながら、小此木教授は、公開された外交文書や関係者の公正な証言を利用できない現状では、このような推論には危険性があると言い、「本論文の分析の一部はそうとうにジャーナリスティックであり、さらに一部は『陰謀説』と区別できない」と批判している。
 この論文は、拉致被害者の問題や日本の国内世論よりも、米朝間の安全保障のほうが日朝交渉を左右してきた、とまで言っていて、おもしろくはあった。この論文によれば、02年11月に、拉致被害者の問題で日本の世論が悪化したときも、日本の新聞の世論調査では、正常化賛成が57パーセント、反対が33パーセントと正常化賛成が多数派だった。それなのに、アメリカが批判的だったので、国交正常化交渉が中断されたと指摘している。日本は冷戦的な日米同盟重視の発想だが、日朝国交正常化によって日本の戦後処理の最後の課題が解決すれば、東北アジアに質的な変化が起こり、地域経済協力によって繁栄の道を進むことができる、と結論づけている。
 この論文の主張は、アメリカに厳しく北朝鮮に甘い、韓国の世論を反映しているともいえる。そのまま真に受けるわけにもいかないだろう。小此木教授も、冷戦終結によって安全保障の性格が変わり、日朝国交交渉を大きく拘束しているのは、米国の存在よりも、核兵器や長距離ミサイルなどの大量破壊兵器の拡散の問題のほうだと言っている。「米国の存在を過度に強調すれば、北朝鮮の大量破壊兵器開発が免責されかねない」と書いているが、マトを突いた指摘だろう。しかし、日朝国交正常化がたんなる二国間の政治問題ではなくて、東北アジア地域の経済発展に関係しているというこの論文の執筆者の都珍淳氏の意見は、少なくとも日本ではほとんど意識されていないことのように思われる。
 耳を澄ますと、怒号が聞こえてくるような共同研究だが、少なくとも、中国とのあいだで起こったように、怒号が飛び交うだけではすまず、石やガラス瓶がいきなり飛び始めるといったことになるよりは、ずっといい。

    *

  共同報告書を作成した韓国側の研究者は、「見解の違いがあまりにも大きく強固であった点に双方がともに驚いたのではないかと思う」と発言している。相手の国を研究している専門家でさえ「想定外」だったと言っているぐらいなのだから、日韓の一般の人の考えが大きく違っていても当然かもしれない。

関連サイト
●日韓国交正常化40周年を祝して作られたサイト「日韓友情年2005」(http://www.jkcf.or.jp/friendship2005/japanese/)。今年おこなわれるいろいろなイベントの案内が載っている。
●日韓文化交流基金のサイトに掲載された『日韓歴史共同報告書』(http://www.jkcf.or.jp/history/index.html)。小泉首相と2001年当時の金大中韓国大統領の首脳会談を契機に設立された日韓歴史共同研究委員会によって作成され、6月10日に公表された。
●東京新聞のサイトには、日韓の共同研究委員会メンバーのインタヴューが載っている(http://www.tokyo-np.co.jp/00/kakushin/20050611/mng_____kakushin000.shtml)。

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